台湾の国家科学技術委員会のWu Cheng-wen大臣は、TSMCの次世代2ナノメートル(nm)チップ製造プロセス技術について、2025年以降に友好国への技術移転が可能になる可能性を示唆した。この発言は、世界的な半導体製造の地政学的な展開において重要な意味を持つものとなっている。
TSMCの2025年以降の展開シナリオ
Wu Cheng-wen大臣は記者会見において、TSMCの次世代2nmチップ製造技術の海外展開について、具体的な時間軸を示した。同社が台湾で2025年から2nmチップの量産を開始した後、友好国への製造技術の移転が検討されることになる。この動きは、半導体製造における台湾の戦略的な立場を維持しながら、グローバルなサプライチェーンの強化を図る取り組みの一環として位置づけられている。
特に注目すべきは米国での展開計画である。TSMCは米国商務省から獲得した66億ドルのCHIPS法支援を活用し、アリゾナ州での製造能力を段階的に拡大する計画を進めている。第一段階として2025年上半期に4nmプロセスでの生産を開始し、その後2028年には2nmプロセス技術を導入する計画だ。ただし、台湾政府筋からは2029年から2030年への延期の可能性も示唆されており、技術移転の時期については柔軟な対応が予想される。
製造技術の海外移転に関する政府の姿勢について、Wu大臣は興味深い見解を示している。半導体製造には設計知的財産から製造材料まで、多岐にわたる技術要素が含まれており、その多くの分野で米国が依然としてリーダーシップを保持しているとの認識を示した。この発言は、台湾と友好国との間での技術協力が相互補完的な関係に基づくものであることを強調するものといえる。
グローバル展開と台湾の競争力維持
また、台湾政府は半導体産業の「空洞化」への懸念に対して、複数の観点から詳細な見解を示している。Wu Cheng-wen大臣は、TSMCの研究開発施設が全て台湾に位置していることを指摘し、これが同国の技術的優位性を保証する重要な要素であると強調した。同大臣は特に、TSMCが新しい製造ノードの展開を検討する際、必ず台湾での量産体制の確立を前提条件としている点に言及し、この方針が今後も継続されることを確認している。
台湾の競争力維持に関する戦略はさらに具体的な形で示されている。国家科学技術委員会と経済部は、台湾が最先端の製造プロセスと研究開発センターを保持するという基本姿勢で一致している。これは単なる政策表明ではなく、すでに次世代プロセスの研究開発が台湾で進められているという事実に裏付けられている。
特筆すべきは、台湾政府が掲げる「友好国との協力」という概念の具体的な実装方法である。この協力関係においては、製造技術の移転と現地での専門知識・開発支援が段階的に行われる。しかし、この過程で台湾は常に一世代先の技術開発を維持することで、技術的優位性を確保する戦略を採用している。これは、CHIPS法によって促進された米国での製造施設設立や、日本などでの展開においても一貫して適用されている原則である。
さらに、Wu大臣は半導体産業におけるグローバルなエコシステムの重要性についても言及している。台湾が製造技術で優位性を持つ一方で、米国は設計知的財産や製造材料など、多くの重要分野でリーダーシップを発揮している。この相互補完的な関係性の認識は、台湾の競争力維持戦略における重要な要素となっている。実際に、TSMCの海外展開案件において、研究開発センターの移転は含まれていない点がこの戦略を裏付けている。
米国での製造計画
TSMCのアリゾナ製造拠点計画は、米国のCHIPS法が目指す国内半導体製造能力の強化において、象徴的なプロジェクトとなっている。米国商務省は最近、TSMCに対して最大66億ドルの支援を確定し、同社のアリゾナ投資計画を本格的に後押しすることを決定した。
第1工場は当初2024年の生産開始を予定していたものの、現在は2025年上半期まで延期されている。この工場では4nmプロセス技術を用いた製造が行われ、主に比較的成熟した製品向けのチップ生産が想定されている。しかし、この計画にも課題が存在している。建設の遅延や予算超過に加え、労働力の確保においても問題が浮上している。特に、約500人の台湾人労働者を導入する決定は、現地労働者との軋轢を生み、差別に関する訴訟にまで発展している。
第2工場については、より野心的な計画が示されている。2028年からの稼働開始を目指し、次世代ナノシート・トランジスタを採用した2nmプロセス技術での生産を計画している。これは当初の3nmプロセス計画からの進化を示すものであり、TSMCの技術移転に対する積極的な姿勢を反映している。
さらに第3工場では、2020年代末までに2nmないしはそれ以上に先進的なプロセスでの生産開始を予定している。この計画は、米国内での最先端半導体製造能力の確立という長期的な展望を示すものである。ただし、台湾の製造拠点と比較すると、アリゾナの工場群は3年から5年の技術的な遅れを想定している点は注目に値する。これは台湾の技術的優位性を維持しつつ、グローバルなサプライチェーンの強化を図るという戦略的なバランスを反映したものといえる。
また、コスト面での課題も浮上している。米国での製造コストは台湾と比較して高くなる可能性が指摘されており、これはAppleなどの主要顧客の調達戦略に影響を与える可能性がある。当初の計画では米国製チップの積極的な採用を表明していたAppleだが、コスト増加によって調達量が当初の想定を下回る可能性も示唆されている。
Xenospectrum’s Take
TSMCの2nmプロセス技術の海外展開に関する今回の発表は、グローバルな半導体サプライチェーンの再編成における重要な転換点となる可能性を秘めている。しかし、この野心的な計画には複数の課題が存在する。アリゾナ工場での建設遅延や予算超過、労働力の確保における問題など、すでに表面化している諸問題は、2nm技術の展開においてもリスク要因となりうる。また、台湾が研究開発の中心地としての地位を維持しつつ、製造技術の海外移転を進めるという微妙なバランス維持も求められる。皮肉なことに、地政学的な緊張を緩和するはずのこの計画が、新たな形での技術依存関係を生み出す可能性も否定できない。
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