米国が、27年間途絶えていた安定同位体の大規模濃縮を再開した。米エネルギー省(DOE)傘下のオークリッジ国立研究所(ORNL)は、2025年に完成した安定同位体生産施設(SIPF)でキセノン129(Xe-129)を生産している。施設費は2,700万ドル。肺の換気状態をMRIで映す医療用途から始まり、旧在庫と海外供給に支えられてきた米国の同位体供給網を国内に引き戻す。
ただし、今回戻ったのはXe-129を大量に濃縮する能力だ。多様な元素を扱う大規模施設は、まだ建設中である。DOEは総事業費を3億2,500万ドルと見積もり、電磁分離装置の一部を2028会計年度初頭から運転へ移す予定だ。米国が取り戻しつつあるのは一つの製品ではない。必要な同位体を量と純度に応じて作り分ける製造基盤である。
1998年に止まった生産を、Xe-129でつなぎ直す
安定同位体は放射性崩壊を起こさない。ただし同じ元素でも中性子数が異なれば、医療画像や量子技術、半導体研究で特有の働きを見せる。用途に合う同位体を自然界の存在比より高く濃縮しないと、装置や医薬品の原料として使えないことがある。わずかな質量差を分ける設備が、供給網の入口になっている。
オークリッジでは、マンハッタン計画で開発された巨大な電磁分離装置「カルトロン」が1945年から1998年までに230種を超える安定同位体を生産した。運転停止後もDOEの国立安定同位体リポジトリが在庫を供給してきたが、一部は減少または枯渇した。足りない品目は海外から調達する状態が続いた。
SIPFはこの空白を埋める最初の量産設備だ。2025年春に完成し、ガス遠心分離機を連ねたカスケードでXe-129を濃縮する。ORNLによると、カルトロン停止後にこれほどの規模で安定同位体を濃縮した例は米国内になかった。7年をかけた施設整備によって、試作や研究量ではなく、継続供給を前提とする生産へ移った。
再開の範囲は明確だ。現時点のSIPFはXe-129に最適化された生産ラインであり、あらゆる安定同位体を国内で量産できるわけではない。多品目化を担うのは、DOEが次に建設する安定同位体生産研究センター(SIPRC)である。
大量生産の遠心分離と、小回りの利く電磁分離
ORNLは二つの分離方式を組み合わせる。SIPFで稼働したガス遠心同位体分離(GCIS)は、同位体を含む気体を高速回転させ、質量差によって濃度を少しずつ変える方式だ。1台で得られる差は小さいため、複数の遠心分離機を段階的につなぐ。適切な気体原料を作れる元素であれば、低コストで大量生産しやすい。
弱点は品目の切り替えにある。ORNLは、GCISを別の同位体へ切り替えるには年単位を要し得ると説明する。設備と運転条件を特定品目へ深く最適化するためだ。需要が大きく、長期に生産するXe-129のような品目に向いている。
一方、電磁同位体分離(EMIS)の役割は違う。元素を気化して正の電荷を与え、イオンビームを磁場へ通すと、重い同位体と軽い同位体は異なる半径で曲がる。軌道の先に回収部を置けば、ほぼ周期表全体から目的の同位体を分けられる。生産量はミリグラムからグラム級だが、数週間で対象元素を切り替えられる。
第3世代EMISは、旧カルトロンより運転の自由度が高い。カルトロンはイッテルビウムの偶数質量側と奇数質量側を別々に分離していたが、新型機は一度の運転で複数の同位体を同時に回収できる。各装置も独立しており、医療用イッテルビウムと保安用途のニッケルを並行して作れる。自動化によって、巨大設備を多数の要員で動かしたカルトロンより労務負担も抑えられる見通しだ。
つまり、二方式は量と柔軟性を分担している。GCISで原料を予備濃縮してからEMISへ渡せば、電磁分離の処理量を増やし、必要な装置数を減らせる。米国の計画は単一の新型機に賭けるのではなく、大量品と少量多品種を別の工程で受け持つ設計になっている。
Xe-129は肺を放射線なしで可視化する
最初の量産品にXe-129が選ばれた背景には、医療現場で既に用途が成立していることがある。Xe-129は非放射性の安定同位体だ。原子核の向きをそろえる「過偏極」を施したガスを患者が吸入すると、通常のMRIでは信号を得にくい肺の空気空間を描き出せる。
米食品医薬品局(FDA)は2022年12月、過偏極Xe-129製剤XENOVIEWを承認した。対象は成人と12歳以上の小児における肺換気の評価である。患者は撮影直前にガスを吸い、息を止める。放射性のXe-133を用いるシンチグラフィーと異なり、電離放射線を使わずに、肺のどの領域へ空気が届いているかをMRIで評価できる。
ここでは濃縮材の供給が、診断装置の利用可能性を左右する。自然界のキセノンには複数の同位体が混在しており、MRI信号に使うXe-129の比率を高める工程が必要になる。SIPFの価値は新しい撮影法を発明したことではない。承認済みの技術を支える原料を、米国内で継続生産できる設備に移した点にある。
EMIS側では、イッテルビウム176が放射性医薬品ルテチウム177の原料となる。第3世代機が同時に回収する別のイッテルビウム同位体は、量子メモリー研究へ回せる。需要が大きい品目をGCISで作り、少量でも高い純度が要る医療・量子・核物理向け材料をEMISで補う。同じ施設群から異なる市場へ供給する構成になっている。
3億2,500万ドルの次段は2033年まで続く
DOEの2027会計年度予算資料によると、SIPRCは約6万4,000平方フィートの施設に複数のEMIS、GCISカスケード、同位体ガスの試験設備を置く。総事業費の点推定は3億2,500万ドルで、予備的な範囲は1億8,700万〜3億3,800万ドル。施設・EMIS部分だけで2億3,150万ドルの基準額が設定されている。
工程は三つのサブプロジェクトに分かれる。施設とEMISは建設が進み、DOEは2028会計年度初頭から運転への移行を支援する。施設・EMIS部分の完了目標は2030会計年度第4四半期だ。GCISカスケードは2033会計年度第3四半期、同位体ガスの試験設備は2032会計年度第2四半期を予定している。
工程には未確定部分が残る。DOEはGCISと試験設備の技術、費用、日程を再検証するとしており、全体の予定も暫定と明記した。2028年は全面完成ではなく、最初のEMIS群を運転へ移す節目である。
供給安全保障の課題も残っている。DOEはロシアを多くの安定同位体の主要生産国、中国を急速に台頭する供給国とみなす。SIPFの稼働で米国はXe-129の一経路を国内に戻したが、多品目の海外依存を減らせるかはSIPRCの完成と実際の生産キャンペーンにかかっている。2028年から確認すべき数字は、設置台数より、どの同位体をどれだけの純度と量で顧客へ出荷できたかだ。