ゲーム配信プラットフォームの巨人Valveが、Valveが水面下で大きな動きを見せている。同社が米国特許商標庁(USPTO)に「STEAM FRAME」なる新たな商標を出願したことが明らかになったのだ。そしてこれが同社の次世代ゲーム機を示唆する物ではないかと多くの憶測を呼んでいる。携帯ゲーミングPC「Steam Deck」で市場に革命を起こしたValveが次に狙うのは何か。この謎めいた名称は、噂が先行するリビング向け据え置き型コンソール「Fremont」を指すのか、それとも次世代VRヘッドセット「Deckard」の正式名称なのか。あるいは、我々の想像をはるかに超える、新たなエコシステムの幕開けを告げるものなのだろうか。本稿では、散在する情報から「Steam Frame」が持つ戦略的重要性と、それがゲーム業界に与えるであろうインパクトを見ていきたい。

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突如現れた「STEAM FRAME」:商標登録が明かすValveの野心

2025年9月2日、Valve Corporationは「STEAM FRAME」という名称で2つの商標を出願した。 この動きが単なる憶測の域を超えて注目されるのは、その申請内容が極めて具体的かつ示唆に富んでいるからだ。

USPTOに提出された2つの申請内容

一つ目の申請(シリアル番号: 99370861)は、その用途を「レクリエーション用ゲームをプレイするためのコンピュータゲームコンソール(computer game consoles for recreational game playing)」および「ビデオゲームコンソール」「ビデオゲーム用コントローラー」と明確に規定している。 これは、Valveがテレビに接続して遊ぶ、いわゆる据え置き型ゲーム機市場への再挑戦を真剣に検討していることを強く示唆する、これ以上ないほど直接的な証拠と言えるだろう。

一方で、二つ目の申請(シリアル番号: 99370857)は、より広範なカテゴリをカバーしている。「コンピュータハードウェア」という大きな枠組みの中で、「音声、映像、データ、テキスト、マルチメディアコンテンツの再生、処理、ストリーミングのためのコンピュータハードウェアおよびソフトウェア」といった内容が記されている。 興味深いことに、この記述はValveが2019年に発売したVRヘッドセット「Valve Index」の商標申請内容と完全に一致する。 この事実が、「Steam Frame」がVRデバイスである可能性という、もう一つの大きな潮流を生み出しているのだ。

なぜこのタイミングなのか?Steam Deck成功後の次の一手

この商標登録のタイミングは、決して偶然ではない。Valveは「Steam Deck」によって、「PCゲームの膨大なライブラリを、いつでもどこでも楽しめる」という新たな価値を市場に提示し、大成功を収めた。この成功は、かつて「Steam Machine」で味わった苦い失敗を完全に払拭し、同社にハードウェアメーカーとしての確固たる自信とノウハウをもたらした。

Steam Deckの成功は、単に携帯ゲーム機市場に新たな選択肢を加えただけではない。それは、PCとコンソールの間にあった壁を打ち壊し、Linuxベースの互換レイヤー「Proton」によって、これまでWindowsの独壇場であったPCゲームエコシステムを解放する、壮大な実験の成功でもあった。

Valveはこの成功体験をテコに、次なる領域へとその版図を広げようとしている。「STEAM FRAME」の商標登録は、その野心の現れに他ならない。携帯機で確立したコンセプトを、今度はかつて敗北を喫したリビングルームへと持ち込もうとしているのではないか。それが現在、最も有力視されているシナリオである。

最有力候補か?据え置きコンソール「Fremont」の影

「STEAM FRAME」が据え置き型コンソールであると仮定した場合、その正体は以前から噂されている開発コードネーム「Fremont」である可能性が極めて高い。 このFremontは、単なる噂の存在ではなく、その性能の一端を示す具体的な証拠も浮上している。

Geekbenchに現れた性能の片鱗

2025年8月、ベンチマークソフト「Geekbench」のデータベースに、「Valve Fremont」と名指しされたデバイスのテスト結果が出現した。 その内容は、業界関係者を驚かせるのに十分なものだった。

  • CPU: AMDのカスタムチップ(”AMD Custom CPU 1772″)を搭載。これは「Hawk Point 2」ファミリーに属し、最新の「Zen 4」アーキテクチャを採用した6コア/12スレッドのプロセッサであると見られている。
  • GPU: ベンチマークでは、CPU内蔵GPUが無効化され、代わりにデスクトップ向けのディスクリートGPU「Radeon RX 7600」が検出された。
  • パフォーマンス: 計測されたCPU性能は、Steam Deck OLEDに搭載されている「Van Gogh」APU(Zen 2アーキテクチャ)と比較して、シングルコア、マルチコア共に約2倍という圧倒的なスコアを記録した。これはIntelのデスクトップ向けCPU「Core i3-13100F」に匹敵する性能であり、Fremontが単なるSteam Deckの据え置き版ではなく、ミドルレンジのゲーミングPCに相当する本格的な性能を目指していることを示している。

このスペックから見えてくるのは、Steam Deckが携帯性を優先して性能と消費電力のバランスを取ったのに対し、Fremontはリビングの大画面で快適なゲーム体験を提供するために、より高いパフォーマンスを追求しているという明確な設計思想だ。Radeon RX 7600の搭載は、現行世代のゲームをフルHD解像度で高フレームレート、あるいはそれ以上の解像度で安定して動作させる能力を持つことを意味する。

「Steam Machine」の悪夢は繰り返されるのか?

しかし、Valveがリビングルームを目指すと聞いたとき、多くの古参ゲーマーの脳裏には、2015年の悪夢「Steam Machine」がよぎるだろう。サードパーティが製造した多様なPCを「SteamOS」で統一し、コンソールのようにリビングで使わせようとしたこの壮大な構想は、OSのゲーム互換性の低さ、価格設定の失敗、そしてコンセプトの曖昧さから、市場に受け入れられることなく静かに消えていった。

では、Valveは同じ過ちを繰り返すのだろうか? 筆者はそうは考えない。Steam Deckの成功が、その答えだ。

  1. 「Proton」による互換性の革命: Steam Machine時代に最大の障壁だったLinuxでのゲーム動作は、Valveが開発を主導する互換レイヤー「Proton」によって劇的に改善された。今や数万タイトルものWindows向けゲームが、簡単な設定、あるいは設定不要でSteamOS上で動作する。このソフトウェア基盤こそが、Fremontの成功を支える最大の柱となる。
  2. ハードとソフトの垂直統合: Steam DeckでValveは、ハードウェアの設計からOS、ストアまでを一気通貫で手掛けることの強みを証明した。この垂直統合モデルは、最適化されたユーザー体験を提供し、Apple製品にも通じる魅力となっている。Fremontもまた、このモデルを踏襲するはずだ。
  3. 明確な価値提案: Fremontが提供する価値は極めてシンプルだ。「あなたがSteamで所有している膨大なゲームライブラリを、そのままリビングのテレビで、高性能なコンソール体験として楽しめる」。これは、PlayStation 5やXbox Series X/Sにはない、絶対的な強みである。ユーザーは新たなハードのためにゲームを買い直す必要がない。このオープンなエコシステムこそが、競合に対する最大の差別化要因となる。

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もう一つの可能性:次世代VRヘッドセット「Deckard」

一方で、「STEAM FRAME」がVRデバイス、すなわちコードネーム「Deckard」を指すという説も根強い。 その根拠は、前述の通り、商標申請の記述がValve Indexと同一である点にある。

商標の記述とSteamVR内のコードが示すヒント

Valve Indexの商標と同一の広範な「コンピュータハードウェア」という記述は、Valveがこの名称をVRヘッドセットのような、単なるゲームコンソールに留まらないデバイスに使用する可能性を示唆している。

さらに、この説を補強するのが、熱心なファンによるデータマイニングの結果だ。SteamVRのベータ版コード内から、「overlays」(VR空間内に表示される2Dウィンドウ)という機能の名称が「frames」へと変更されていることが発見されたという報告がある。 これは、「Steam Frame」という製品名とのローンチに合わせた変更ではないか、という憶測を呼んでいる。

スタンドアロンか、PCストリーミング特化か?

現在のVR市場は、Meta社のQuestシリーズがスタンドアロン型デバイスとして圧倒的なシェアを誇っている。もしValveがこの市場に再び本格参入するのであれば、どのようなアプローチを取るのかが注目される。

過去のValve関係者の発言からは、PCのパワフルな処理能力を活かした高品質なVR体験を、ワイヤレスで実現することに強い関心があることが窺える。 このことから、Deckardは、Questのようにデバイス単体で完結するスタンドアロン型を目指すのではなく、PCからの高品質なゲームストリーミングに特化した、よりスリムで快適なデバイスになる可能性がある。それは、PC VRの最高峰体験を提供した『Half-Life: Alyx』の精神的後継機を生み出すための、最適なハードウェアとなるかもしれない。

「STEAM FRAME」は単一デバイスにあらず?プラットフォーム構想の可能性

ここまでコンソール説とVR説、二つの可能性を見てきたが、もう一つ、より大きな視点からの考察も可能だ。「STEAM FRAME」とは、特定のデバイス名ではなく、Valveが展開する複数のハードウェア群を束ねる新たなプラットフォーム、あるいはブランド名なのではないかという可能性である。

コンソールとしての「Fremont」、VRヘッドセットとしての「Deckard」、そしてそれらに関連する新型コントローラーや周辺機器。これら全てが「STEAM FRAME」ファミリーとして展開されるというシナリオも十分に考えられる。 それは、PCゲームという核を中心に、携帯機、リビング、そしてVR空間へとシームレスに体験を拡張していく、Valveの壮大なエコシステム構想の現れなのかもしれない。

そして、この構想を成功に導くために不可欠なのが、キラーコンテンツの存在だ。業界では、Valveが水面下で『Half-Life』シリーズの新作(コードネーム: HLX)を開発しているという噂が絶えない。 『Half-Life: Alyx』がVRの歴史を変えたように、この謎の新作が「Steam Frame」のローンチに合わせて投入され、ハードウェアの魅力を最大限に引き出す起爆剤となる可能性は、決してゼロではないだろう。

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Valveはゲーム業界の何を「再構築(Reframe)」しようとしているのか

「STEAM FRAME」という名称は、単なる製品名以上に示唆的だ。Frameには「枠組み」や「構造」といった意味がある。Valveはこの新たなハードウェアを通じて、既存のゲーム業界の「枠組み」そのものを再構築しようとしているのではないだろうか。

Steam Deckが携帯ゲーム機とPCの境界線を曖昧にしたように、「STEAM FRAME」は据え置きコンソールとPCの境界線をさらに破壊する可能性を秘めている。それは、PlayStationやXboxのような「壁に囲まれた庭」、すなわちクローズドなエコシステムに対する、PCゲームという巨大でオープンなプラットフォームからの挑戦状だ。

最終的に「STEAM FRAME」がどのような製品として我々の前に姿を現すのか、現時点では断定できない。しかし、この商標登録という一つの事実から見えてくるのは、ハードウェア事業への本格的なコミットメントと、PCゲーム体験をあらゆる場所、あらゆる形態でユーザーに届けようとするValveの揺るぎないビジョンである。PCゲームの巨人は、次なる10年を見据えた壮大な一手を打とうとしているのだ。


Sources