かつて「Linuxでゲーム」と言えば、一部の熱狂的なユーザーや開発者のための、ニッチで困難な挑戦と見なされることが多かった。しかし、時代は変わった。Valveの携帯型ゲーミングPC「Steam Deck」の登場が大きな転換点となったことは間違いないが、それだけが理由ではないようだ。2025年5月のSteamハードウェア&ソフトウェア調査によると、Linuxユーザーのシェアは過去最高の2.69%に達し、この数字の背後には、Linuxゲーミングエコシステムの広がりと成熟を示す興味深い動きが見られる。
Linuxゲーミング、ついに無視できない勢力へ – Steamシェア2.69%の衝撃
Valveが毎月公開するSteamハードウェア&ソフトウェア調査。2025年5月分のデータは、Linuxゲーマーにとってまさに朗報と言えるだろう。Linuxを使用するSteamユーザーの割合が2.69%に到達したのだ。この数字は、前月(2025年4月)から0.42ポイント増という、顕著な伸びを示している。

「たった2.69%か」と、確かに数字だけで見れば他のOSと比較すると見劣りする。だが、この数値は、Linuxゲーミング市場における歴史的なマイルストーンだ。1年前の2024年5月時点でのLinuxシェアは2.32%、さらに遡って2023年5月にはわずか1.47%だった。この2年間でシェアがほぼ倍増した計算になる。
さらに重要なのは、Steam全体のユーザーベースが拡大し続けているという事実だ。つまり、2.69%という割合が示すLinuxゲーマーの「絶対数」は、過去最大規模に達している可能性が極めて高い。もはやLinuxでのゲーミングは、単なる「実験」や「マイナーな選択肢」ではなく、確実に成長しつつある市場として認識すべき段階に来ていると言えるのではないだろうか。
ちなみに、同調査におけるWindowsのシェアは95.45%、macOSは1.85%となっている。依然としてWindowsが圧倒的であることに変わりはないが、Linuxの着実な成長は注目に値する。
立役者はSteam Deckだけではない – 多様化するLinuxゲーミング環境
このLinuxシェア躍進の最大の貢献者が、ValveのSteam Deckであることは衆目の一致するところだろう。Arch Linuxベースの独自OS「SteamOS Holo」を搭載したSteam Deckは、多くのゲーマーにLinux環境での快適なゲーミング体験を提供し、Linuxゲーミングの門戸を大きく開いた。
しかし、この物語はそれほど単純ではない。驚くべきことに、Steamを利用するLinuxユーザー全体に占めるSteamOS Holoの割合は、30.95%(2025年5月時点)であり、これは前月の33.78%から減少し、さらに1年前の2024年5月時点の45.34%からは大幅な低下となっている。この数値はSteamOSにとって過去2年間で最低水準に近い可能性を指摘している。
これは何を意味するのだろうか? Steam Deckの売上が鈍化したということだろうか? 必ずしもそうとは言えない。むしろ、SteamOS以外のLinuxディストリビューションでSteamを利用するユーザーが増加している、つまりLinuxゲーミング環境が多様化していると解釈するのが自然だろう。
実際に、Steamの調査データ(Linuxプラットフォーム詳細)を見ると、その傾向は明らかだ。
- SteamOS Holo (64 bit): 30.95% (-2.83%)
- Arch Linux (64 bit): 10.09% (+0.64%)
- Linux Mint 22.1 (64 bit): 7.76% (+1.56%)
- Freedesktop SDK 24.08 (Flatpak runtime) (64 bit): 7.42% (+1.01%)
- Ubuntu Core 22 (64 bit): 4.63% (+0.01%)
Arch LinuxやLinux Mintといった汎用ディストリビューションが着実にシェアを伸ばしている。特にLinux Mintの躍進は目覚ましい。Freedesktop SDK(Flatpakランタイム)の増加も、コンテナ化されたアプリケーションとしてのSteam利用が広がっていることを示唆しているのかもしれない。
Steam DeckがLinuxゲーミングの起爆剤となったことは間違いないが、その成功体験が他のLinuxディストリビューションユーザーにも「Linuxでゲームができる」という自信を与え、実際に試す人々が増えている。あるいは、Steam DeckでLinuxゲーミングに触れたユーザーが、よりカスタマイズ性の高いデスクトップLinux環境へとステップアップしている可能性も考えられるだろう。
なぜ今、Linuxでゲームなのか? – 躍進を支える技術的背景
Linuxゲーミングがここまで成長できた背景には、いくつかの重要な技術的進歩がある。
1. Protonの成熟: Windowsゲームの壁を越えて
Valveが開発を主導する互換レイヤー「Proton」の存在は計り知れないほど大きい。Protonは、Wineをベースに、Windows向けに作られたゲームをLinux上で動作させるための技術だ。DirectXをVulkanに変換するDXVKなどのコンポーネントを含み、近年その互換性とパフォーマンスは劇的に向上している。更に、Protonの度重なるアップデートにより、多くのゲームでWindowsネイティブ版と遜色ない、あるいは場合によってはそれを上回るパフォーマンスを発揮することさえある。これにより、開発者がLinux版を正式にリリースしていないタイトルでも、多くの人気ゲームがLinuxでプレイ可能になった。
2. グラフィックドライバの進化とオープンソースの力
特にAMDのグラフィックドライバ環境は、Linuxゲーミングにとって大きな追い風となっている。AMDはRadeon GPU向けのオープンソースドライバに積極的にコミットしており、これがカーネルに統合されることで、ユーザーは比較的容易に最新のサポートと高いパフォーマンスを得られるようになった。Phoronixの調査によると、Linuxゲーマーの間ではAMD製GPUの人気が非常に高く、これはSteam Deckに搭載されているカスタムAPUの影響だけでなく、このオープンソースドライバの品質と安定性によるところも大きいだろう。Intelも統合GPUおよびArcディスクリートGPU向けのオープンソースドライバ開発に力を入れている。
3. カーネルレベルでの改善とコミュニティの熱意
Linuxカーネル自体のゲーミング関連機能も継続的に改善されている。スケジューラの改良や、特定のハードウェアサポートの強化などが、よりスムーズなゲーミング体験に貢献している。そして何よりも、Linuxコミュニティ全体の熱意と貢献が、このエコシステムを支えている。
4. ハードウェアの選択肢: AMDの優位性
Phoronixが報じているように、Steam上のLinuxゲーマーの間では、CPUにおいてもAMDがIntelを上回るシェア(AMD 68.77%)を占めている。これは、前述のGPUドライバとの親和性や、Steam Deckの影響、そしてデスクトップ向けRyzenプロセッサのコストパフォーマンスの高さなどが理由として考えられる。
Windows一強時代は終わるのか? – Linuxゲーミングの未来展望
LinuxのSteamシェア2.69%という数字は、確かに大きな進歩だ。しかし、95%以上を占めるWindowsの牙城を崩すには、まだ道半ばと言えるだろう。アンチチートシステムへの対応が不十分で一部のオンラインマルチプレイヤーゲームが動作しない問題や、最新AAAタイトルのLinuxへの最適化が遅れるケースなど、課題も依然として存在する。
それでも、この流れは加速こそすれ、後退することはないのではないだろうか。Steam Deckの成功は、他のPCメーカーにも影響を与え、Linuxベースのゲーミングデバイスが登場する可能性を示唆している。Protonのさらなる進化は、より多くのWindowsゲームをLinuxで快適にプレイ可能にするだろう。そして何より、Linuxでゲームをプレイするという選択肢が、開発者とユーザー双方にとってより身近なものになりつつある。
かつて「Linuxでのゲーミングは茨の道」と揶揄された時代は終わりを告げ、今やLinuxは、PCゲーミングにおける現実的で魅力的な選択肢の一つとして、その地位を確立しつつある。この勢いが今後どこまで続くのか、筆者も非常に興味深い展開だと感じている。あなたのゲーミング環境に、Linuxという選択肢を加えてみるのも、面白いかもしれない。
Sources