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世界初の「量子雨」現象を観測 ― 超低温原子ガスに現れる古典液体の振る舞い

Y Kobayashi

2025年4月21日

イタリアとスペインの研究者チームが、超低温に冷却された原子ガスの中で、量子的な液滴が分裂し「量子雨」のように降り注ぐ現象を世界で初めて観測した。この発見は、奇妙な量子の世界と我々の日常的な物理現象を結びつけるものであり、量子液体の理解を深め、将来の量子技術への応用も期待される。

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量子世界の雫:量子液滴とその分裂

窓ガラスを雨粒が伝う光景は、誰もが目にしたことがあるだろう。液体が丸い形を保とうとする力、すなわち表面張力によって、水滴は合体したり分裂したりしながら重力に引かれていく。この振る舞いは、古典的な流体力学における「プラトー・レイリー不安定性」として知られている。

今回、研究者たちが観測したのは、この現象の量子版とも言える現象である。舞台となったのは、絶対零度に近い極低温まで冷却されたカリウム41(⁴¹K)とルビジウム87(⁸⁷Rb)の原子が混ざり合ったガスだ。このような極限状態では、原子は個性を失い、量子力学の法則に従う「量子液体」のような振る舞いを見せることがある。特に、原子間に働く引力と、量子ゆらぎに起因する斥力(リー・フアン・ヤン補正として知られる効果)が釣り合うことで、「量子液滴」と呼ばれる自己束縛的な原子の塊が形成される。

フィレンツェにあるイタリア国立光学研究所(CNR-INO)を中心とする研究チームは、この量子液滴のダイナミクスを詳細に調べた。まず、レーザー光を用いて作られた細い管のような「導波路」の中に量子液滴を閉じ込める。次に、原子間の引力を急激に強める操作を行うと、量子液滴はまず導波路に沿って細長く引き伸ばされ、まるでフィラメント(細い糸)のような形状になる。そして、このフィラメントがある一定の長さ(臨界長)を超えると、不安定になり、複数の小さな量子液滴へと分裂する様子が観測されたのである。研究者たちは、この現象を「量子雨(Quantum Rain)」と表現した。

「これは、量子液滴が表面張力のような効果によって分裂する様子を捉えたものです」と、論文の筆頭著者であるCNR-INOのLuca Cavicchioli氏は語る。

古典物理との響き合い:量子的な毛管不安定性

液体が細い流れ(ジェット)になったときに、表面張力の働きによって表面積を最小化しようとし、結果として液滴へと分裂する現象は「毛管不安定性」と呼ばれ、古典的なプラトー・レイリー不安定性の一例である。インクジェットプリンターや自然界での雨粒の形成など、我々の身の回りでも広く見られる現象だ。

今回の実験結果は、この毛管不安定性が、超流動ヘリウムのような特殊な量子液体だけでなく、希薄な原子ガスという、より風変わりな系でも起こることを初めて実証したものである。

フィレンツェ大学の研究者であり、本研究の共著者でもあるChiara Fort氏は、「実験と数値シミュレーションを組み合わせることで、量子液滴の分裂ダイナミクスを毛管不安定性として説明することができました」と述べている。「プラトー・レイリー不安定性は古典的な液体では一般的な現象であり、超流動ヘリウムでも観測されていましたが、原子ガスで観測されたのはこれが初めてです」。

研究チームは、原子間の相互作用の強さや、全体の原子数を変化させることで、分裂後に生成される量子液滴の数が変わることも確認した。具体的には、相互作用が弱い(引力が強い)ほど、また原子数が多いほど、フィラメントはより長く伸びてから分裂し、結果として生成される液滴の数が増加する傾向が見られた。この振る舞いは、グロス・ピタエフスキー(GP)方程式を用いた数値シミュレーションの結果とも非常によく一致しており、観測された現象が量子的な毛管不安定性であることの強力な証拠となっている。

実験の詳細を記した論文によれば、研究チームはまず相互作用のない状態(a₁₂ ≈ 0)で原子ガスを準備し、その後、相互作用を強く引力的(a₁₂ < 0)な領域へと急激に変化させた。これにより、量子液滴は非平衡な状態に置かれ、圧縮と伸長を繰り返す運動(特に導波路の軸方向)が励起される。この伸長運動がある臨界点を超えると、前述の分裂が引き起こされるのだ(Fig. 1参照)。

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未知なる量子液体への探求と未来への展望

今回の「量子雨」の観測は、量子液体というエキゾチックな物質相の基本的な性質、特にその「表面張力」に相当する効果について、新たな知見をもたらすものである。日常的な物理現象と量子の世界の間に、また一つ興味深い架け橋が架けられたと言えるだろう。

さらに、この研究は基礎科学的な興味にとどまらない。Cavicchioli氏は、「我々の測定は、この特異な液体相の理解を深めるだけでなく、将来の量子技術への応用に向けて、量子液滴のアレイ(配列)を作成できる可能性も示しています」と、その応用への期待を語る。量子液滴を精密に制御し、配列させる技術は、新しいタイプの量子センサーや量子シミュレーションへの道を開くかもしれない。

研究者たちは今後、量子液滴の表面での振動(表面モード)の研究や、液滴が分裂・合体する際の量子的な効果、さらには複数の液滴が相互作用する際のコヒーレンス(量子的な波としての性質の揃い具合)など、より詳細な探求を進めていくことが期待される。


論文

参考文献

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