全米経済研究所(NBER)が2026年2月に公開した大規模調査が、テクノロジー業界に冷水を浴びせている。米国・英国・ドイツ・オーストラリアの約6,000人のCEO、CFO、その他の経営幹部を対象としたこの調査は、AIが企業の生産性にも雇用にもほとんど影響を与えていないという、投資家やベンダーにとって不都合な現実を数字で突きつけているのだ。回答者の約90%が、過去3年間でAIが雇用に影響を与えなかったと答え、89%が生産性(従業員あたりの売上高)にも変化がなかったと報告している。

Apollo Global ManagementのチーフエコノミストTorsten Slok氏は、この状況を40年前の著名な経済学的観察になぞらえた。

「AIはあらゆるところに存在しているが、マクロ経済データには現れていない」

これはノーベル経済学賞受賞者Robert Solowが1987年にNew York Times Book Reviewで記した一文の現代版である。「コンピュータの時代はどこにでも見えるが、生産性統計には見えない」。Solowのこの指摘は「生産性パラドックス」として知られるようになり、今日のAIブームにおいて再び注目を集めている。

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数字が語る「期待と現実」のギャップ

NBER調査の詳細を見ると、AIの普及自体は着実に進行しているようだ。回答企業の平均69%が何らかの形でAIを使用しており、75%が今後3年以内に導入を予定している。典型的な用途は「大規模言語モデルを用いたテキスト生成」が最多で、次いで「ビジュアルコンテンツ制作」「機械学習によるデータ処理」が続く。

ところが、利用時間は驚くほど限定的だ。経営幹部がAIに費やす時間は週あたりわずか約1.5時間にすぎず、回答者の25%は職場でAIを一切使用していないと答えた。テクノロジー企業が何千億ドルもの資金を投じて開発したツールが、実際の業務では1日あたり数十分しか使われていないという事実は、導入と活用の間に深い溝が存在することを物語っている。

この結果はNBER単独の発見ではない。PwCが4,500人以上のビジネスリーダーを対象に実施した調査では、半数以上が売上増加もコスト削減も実現していないと回答した。Deloitteの調査でも、74%の組織がAIによる収益拡大を期待している一方、実際にそれを達成したのはわずか20%にとどまる。英国政府のある部門がMicrosoftのM365 Copilotを試用した結果も「生産性向上なし」であり、一部のタスクは加速したものの、別のタスクでは逆に作業が妨げられた。

期待だけが先行する構造的な問題

興味深いのは、AIの実績がこれほど乏しいにもかかわらず、経営者たちの将来への期待は依然として高いという点だ。NBER調査の回答者たちは、今後3年間でAIが生産性を約1.4%向上させ、生産量を0.8%増加させると予測している。同時に、雇用は0.7%減少すると見込んでおり、NBERはこれが4カ国全体で約175万人の雇用に影響する可能性があると試算した。

この「現在の実績はゼロだが、将来は大きい」という構図は、企業のAI支出を正当化し続けるためのナラティブとして機能している面がある。ノッティンガム大学の経済学者でNBER論文の共著者であるGregory Thwaites氏は、この状況を端的に表現した。「答えは明確に『まだ(yet)』である。なぜなら、経営者たちは過去3年よりも今後3年の方が大きな効果があると期待しているからだ」。

一方で、従業員と経営者の間で見通しに乖離が生じている点も見逃せない。経営者が雇用削減を予測しているのに対し、従業員側は今後3年間でむしろ雇用が0.5%増加すると見込んでいる。この認識の差は、AIがもたらす変化への準備が組織内で統一されていないことを示唆している。

ManpowerGroupが19カ国の約14,000人の労働者を対象に行った2026年版Global Talent Barometerも、現場レベルの温度感を映し出している。AIの定期利用は2025年に13%増加したが、テクノロジーの有用性に対する信頼感は18%も低下した。ツールに触れる頻度が上がるほど、その限界を肌で感じる人が増えている構図である。

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Solowのパラドックスは繰り返されるのか

1987年にSolowが指摘した生産性パラドックスには、重要な後日談がある。1970〜80年代のIT投資が停滞期を経た後、1990年代半ばから2000年代前半にかけて生産性は急上昇した。Brookings Institutionの分析によれば、1995年から2005年の間に生産性成長率は1.5%上昇しており、数十年に及ぶ低迷の後に「収穫期」が到来したのである。

AIでも同様のパターンが再現される可能性を指摘する声は少なくない。スタンフォード大学のデジタル経済ラボ所長でもある経済学者Erik Brynjolfsson氏は、Financial Timesへの寄稿で、すでにその転換が始まっている兆候を指摘した。2025年第4四半期のGDPが3.7%増で推移している一方、雇用増加は18万1,000人に下方修正されたという事実――GDP成長と雇用成長の「デカップリング」(乖離)――は、労働投入量が減少しているにもかかわらず経済が拡大していることを意味し、生産性の急上昇を示唆するものである。Brynjolfsson自身の分析では、2025年の米国の生産性は2.7%上昇しており、これをAI投資のリターンが顕在化し始めた証拠と見なしている。

元PimcoのCEOで経済学者のMohamed El-Erianも、雇用成長とGDP成長の乖離がAI導入の結果として起きている可能性を指摘しており、1990年代のオフィスオートメーション期に類似した現象が進行中だと分析している。

Slokはこの先のAI生産性を「J字カーブ」で説明している。導入初期にはパフォーマンスと成果が一時的に低下し、その後に指数関数的な急上昇が起きるというモデルである。ただしSlokは、1980年代のIT時代とは根本的に異なるダイナミクスが存在することにも言及した。当時のIT分野ではイノベーターが競合製品が登場するまで独占的な価格決定力を持っていたが、現在のAI市場では大規模言語モデル間の「熾烈な競争」が価格を急速に押し下げている。この構造的な違いは、AI時代の生産性パラドックスがIT時代とは異なるかたちで、異なるスピードで解消される可能性を示唆している。

テック企業の「ポジショントーク」とのずれ

NBER調査やSlokの分析が「マクロ経済にAIの影響は見えない」と結論づける一方で、テック企業の幹部たちは正反対のメッセージを発信し続けている。MicrosoftのAI部門を率いるMustafa Suleymanは2026年2月、「パソコンの前に座って行う仕事」のほとんどが1年から18カ月以内にAIによって完全自動化されると発言した。会計、法務、マーケティング、プロジェクトマネジメントがその対象だとしている。

その一方で、MicrosoftのAI at Work部門を統括するJared Spataroは、CopilotのROI(投資収益率)を示すことに苦慮していると認めている。知識労働の多くがトップラインやボトムラインの数字に直接変換できないことがその理由である。同じ社内でROIの証明に苦しむ幹部と、全面的な自動化を予告する幹部が並存している状況は、テック業界の主張がデータに裏付けられていない現実を端的に示している。

Lenovoは欧州・中東の企業がAI導入を加速させており、調査対象の94%が投資に対するポジティブなリターンを期待していると発表した。Gartnerの最新調査では、顧客サービスリーダーの91%が経営陣からAI導入の圧力を受けており、80%近くの企業がルーティン業務の自動化を見込んでエージェントの配置転換を計画している。だが、「期待している」と「実現している」の間には、NBER調査が示すとおり、依然として巨大な断絶が横たわっている。

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「価値創造はプロダクトではなく実装にある」

この生産性パラドックスから抜け出す鍵について、Slok氏は示唆に富む指摘をしている。「マクロの視点から見れば、価値創造はプロダクトそのものではなく、生成AIがさまざまなセクターでどのように使われ、実装されるかにかかっている」。

この指摘は、現在のAI議論における根本的な視点のずれを浮かび上がらせる。テック企業はモデルの性能向上と機能追加に注力し、投資家はインフラ整備に資金を投じ続けている。Stanford HAI AI Index Report 2025によれば、2024年のAI投資は2,500億ドルを超えた。しかし、数千億ドルの投資が生産性として回収されるかどうかは、最終的に導入企業がAIをどこまで業務プロセスの中核に組み込めるかにかかっている。

Microsoft ResearchのポストドクトラルリサーチャーであるLindsey Raymond氏は、2025年12月に自身のコーディング作業で生産性の「劇的な変化」を体感したと語っている。この個人レベルの体験と、マクロ経済データに現れない現実とのギャップは、AI生産性がミクロでは確認できてもマクロでは計測困難であるという、この技術特有の測定問題を浮き彫りにしている。

IBMのCHRO(最高人事責任者)であるNickle LaMoreauxが若手採用を3倍に増やすと発表したことも、この文脈で読み解くべきである。AIが一部のタスクを自動化できるとしても、初級レベルの人材を削減すれば、将来のミドルマネジメント層が枯渇し、リーダーシップパイプラインが危機に瀕する。テクノロジーの能力と組織の持続可能性は、別の次元の問題なのである。

2024年のMIT研究がAI使用で労働者のパフォーマンスが40%近く向上し得ると主張したことを考えると、理論的ポテンシャルと企業の現実との乖離はむしろ拡大している。ノーベル経済学賞受賞者のDaron Acemoglu氏による2024年の研究は、今後10年間の生産性向上をより控えめな0.5%と見積もった。「10年で0.5%を軽視すべきではない。ゼロよりはましだ」とAcemoglu氏は述べている。「だが、業界やテックジャーナリズムが約束してきたものと比べると、率直に言って期待はずれである」。

Solowのパラドックスが最終的に解消されたように、AIもいずれ「収穫期」を迎える可能性はある。だが現時点では、2,500億ドル超の投資と週1.5時間の利用実態との間のコントラストが、テクノロジー史上最大の賭けの行方を不透明なものにしている。


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