集微網(JW Insights)は8月12日、味の素が中国本土の顧客へABFの供給量を30%削減すると通知したと報じた。記事は「サプライチェーンの最新情報」を根拠にするが、対象期間や契約条件、製品グレード、顧客別の数量は記しておらず、味の素や顧客の記名コメントもない。味の素は6月30日の説明資料で、サプライチェーン全体の供給体制に懸念はないとしていた。
両者は直ちに矛盾しない。全体の生産能力や在庫、委託工程に余力があっても、地域、顧客、品種ごとの出荷配分は変更できるからだ。実際に変更したかは確認されていないが、味の素が発売以来95%超のシェアを維持すると説明するABFである以上、「30%」という数字だけを追っても影響は分からない。どこへ、どの等級を配分するかが生産への波及を左右する。
「30%」の対象は公表されていない
集微網の報道でいう30%は、中国本土向けの供給量を減らす比率として示された値である。中国のABF需要、世界供給、味の素の売上高、生産能力がそれぞれ30%減るという意味ではない。削減が新規注文に関わるのか、既存契約の出荷時期を指すのかも分からない。
味の素の6月30日付資料は、ABFについてFY26初から好調だと説明し、供給体制はサプライチェーン全体で懸念がないとしていた。一方で、同資料は中国向けの出荷数量や顧客別配分を開示していない。全体見通しと地域別の削減は別の命題であり、今回の報道を確定させるには味の素側の回答か、対象顧客による確認が必要になる。
| 主張 | 現在確認できる状態 | まだ分からないこと |
|---|---|---|
| 中国本土向け供給を30%削減 | 集微網が8月12日に報道 | 対象期間、品種、顧客、理由 |
| ABFのシェアは95%超 | 味の素が6月30日の資料で説明 | 中国向け販売量と顧客別配分 |
| 供給体制に懸念なし | 味の素が同じ資料で説明 | 地域別の配分を維持するか |
| 中国の生産への影響 | 未確認 | 顧客在庫、納期、代替材の認証状況 |
同じ30%でも、新規注文の受け付けを絞る場合と、既存契約の出荷を減らす場合では影響の出方が違う。特定の高性能品だけが対象なら、数量の比率以上に代替が難しくなることもあり得る。反対に、顧客が在庫を持っていれば生産への波及は遅れる。現時点でいずれかを選べる材料はない。
「断供」や制裁といった言葉で扱える段階ではない。報道には削減理由も記されておらず、中国のAIチップ生産が30%減ると結び付ける根拠もない。
AI基板は約70mm角から約100mm角へ大きくなる
ABF(Ajinomoto Build-up Film)は、ロジックIC向けパッケージ基板で層と層の間に入る絶縁フィルムだ。味の素によれば、PC、ネットワーク/サーバー、AI、ゲーム向けのCPU、GPU、ASICに使われる。レーザーでビアを開け、表面へ銅を直接めっきできるため、ナノメートル級のチップ端子とミリメートル級の基板端子の間を、多層の微細配線でつなぐ。
AI向けの需要を考えるうえで、材料の使用量はチップ数だけで決まらない。味の素の図では、パッケージ基板は2023年頃に約70mm角、表裏それぞれ約9層だったものが、2026年には約100mm角、表裏それぞれ約11層へ進む。2031年以降には約120mm角、表裏それぞれ約13層になる予想も掲げる。合計層数は図から断定できないが、面積と両面の層数がともに増えれば、1パッケージに使う材料も増える方向に働く。
出発点との差はさらに大きい。1999年の発売時を示す同じ図では、パソコン向け基板のABF層は表裏それぞれ約3層である。2026年の図示は各面で約11層に増え、基板の一辺も約100mmまで伸びた。AI向けではCPU、GPU、ASICの各パッケージにABFが使われ、1個当たりの基板の面積と層数の増加が材料需要を押し上げる。
ABFはエポキシ樹脂、硬化剤、無機微粒子フィラーを組み合わせた熱硬化フィルムである。フィルムには、微細なビア加工に加え、積層後の工程で必要な性質も求められる。パッケージが大きくなり配線層が増えるほど、材料を選び直す際には加工性と信頼性を同時に確認する作業が重くなる。
ABFは基板そのものではない。味の素が供給する層間絶縁材を、基板メーカーが加工してFC-BGAなどのパッケージ基板にする。供給が逼迫するかどうかは、フィルム単体の生産量ではなく、その後の加工工程も含めて判断しなければならない。
95%超のシェアは認証済みの工程に支えられる
味の素はABFを1999年に発売して以来、95%超のシェアを維持していると説明する。この値は第三者の市場調査ではなく同社の説明だが、同社が顧客ごとに材料をカスタマイズし、開発初期から性能と価格をすり合わせるとしている点は重要だ。別の膜へ置き換える作業は、化学組成が似ているかだけでは済まない。
基板メーカーは、ラミネート、レーザー加工、銅配線を自社工程に合わせる。さらに反りや湿気を含む信頼性も評価する。味の素は工程を再現する設備を競争力として挙げており、既存の材料と同等の認証を得るには、こうした工程を通す必要がある。
味の素の開発設備は、真空ラミネートで材料を埋め込み、CO2レーザーでビアを開け、露光を経て配線を形成し、信頼性と基板の反りを測るところまで顧客工程をたどる。研究室で配合が成立しても、顧客の装置条件で同じ加工結果を出し、量産品のばらつきを抑えなければ採用には進めない。新しい膜を短期間で同量へ置き換えにくい理由は、材料の処方と製造工程が一体で認証される点にある。
ABFを含むファンクショナルマテリアルズ事業は、FY25に売上高が前年の125%、事業利益率が50%超だった。ただし、これはABF単品の売上や利益率ではない。この数字は高付加価値品を増やした材料事業の収益性を示す。基板メーカーが採用済みの材料や供給元を短期間で切り替えにくいのは、顧客別の共同開発と工程認証があるためである。
中国側にも材料開発の動きはある。上海証券取引所に提出された華正新材の資料は、CBF積層絶縁膜を算力チップ、VCM、PMICなどの先端パッケージ向け製品として掲げる。ただし同社が2026年の戦略として示すのは、性能を重点的に引き上げ、改良を続けることだ。量産認証、歩留まり、継続的な供給能力をこの資料だけで確認することはできない。
自社生産と委託工程をまたぐ供給網
味の素はABFの原料となるワニスを自社で生産する一方、フィルムへの塗工・裁断、倉庫保管、出荷は外部に委託している。したがって供給力は、ワニス工場の能力だけで決まらない。委託工程と物流まで動いて初めて、顧客へ材料が届く。
同社は2025年、約100億円を投じた群馬新工場を本格稼働させた。2023年から2030年までのABF向け投資枠は250億円である。これとは別に、岐阜県可児市で計画する第三拠点は2028年に着工し、2032年の稼働を予定する。用地取得額は約12億円で、群馬工場と同程度の生産能力を想定するという。
ただし、岐阜拠点はまだ稼働しておらず、絶対的な生産能力も中国向け配分も公表されていない。2030年以降の需要とBCPに備える増産計画は中長期の供給余力に関わるが、足元で地域別・顧客別・品種別に何が割り当てられるかを答えるものではない。
中国の代替材料は正式認証を示せるか
味の素は次世代パッケージへの対応として、ABFの進化と新規コア材料・工程材料を併記している。同社の計画では、ABFの改良とパッケージ構造の変化が並行して進む。新しいコア材料を採用することと、積層用の絶縁材料を置き換えることは同じではない。
今回の報道を検証する手掛かりは明確だ。味の素が削減の実施を認め、対象期間と品種、顧客への割当理由を公表するか。顧客側で納期や在庫の変化が確認されるか。そして中国の代替膜が、正式な量産認証と継続供給を示せるかである。供給の総量よりも、認証済みの材料をどの工程へ回せるかが、先端パッケージの現場では先に効く。



