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Alice & Bob、5000万ドルをかけパリに研究施設を開設

Y Kobayashi

2025年5月11日

量子コンピューティングという、次世代の計算パラダイムを巡る覇権争いが世界中で激化する中、フランスの量子スタートアップAlice & Bobが、パリに5000万ドル(約78億円)規模の最先端量子研究所を建設すると発表した。この野心的な一手は、同社が誇る独自技術「猫量子ビット(cat qubit)」のさらなる進化と、量子コンピュータの実用化に向けた製品開発を加速させるものだ。巨額のシリーズB資金調達にも成功し、量子技術の未来を担う欧州の新たな拠点として、その動向に世界中の注目が集まっている。

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パリに誕生する量子技術の新たな聖地、Alice & Bobが5000万ドル規模の研究所建設を発表

Alice & Bobがパリに建設する新研究所は、同社の量子コンピューティング技術開発における新たな中核拠点となる。 投資額は5000万ドルにのぼり、これは同社が最近調達したシリーズBラウンドの資金1億300万ドル(約160億円)の一部が充てられる。

この4,000平方メートルに及ぶ広大な施設には、研究所機能のみならず、将来的には、先進的な量子プロセッシングユニット(QPU)のプロトタイピングを可能にするナノファブリケーションクリーンルームも併設される計画だ。 Alice & Bobの次世代量子チップシリーズである「Lithium」「Beryllium」、そして最終目標である「Graphene」の開発は、ここから生み出されることになる。

同社のCEO、Théau Peronnin氏は、「我々の最先端の製品開発ラボは、フランスの量子インフラの礎石となり、欧州で産業規模の技術を構築する方法の青写真となるでしょう」と語る。 研究段階から商用化へと舵を切る同社にとって、この研究所は実際のクライアントやエンドユーザーがテストできる技術を生み出すための重要なステップとなる。

技術的野心の中核を担うパートナーシップ:Quantum MachinesとBlueforsの役割

この野心的なプロジェクトを支えるのが、量子技術分野で世界をリードする2つの企業、Quantum MachinesBlueforsだ。 イスラエルのQuantum Machinesは、量子コンピュータのハードウェアとソフトウェアプラットフォームを提供し、実用的な量子コンピュータの実現を加速することを目指している。 彼らのハイブリッド制御ソリューションは、Alice & Bobの量子チップの実験を効率化し、開発サイクルを短縮する上で不可欠な役割を担う。

一方、フィンランドのBlueforsは、極低温システム製造の専門企業だ。 量子ビットがその繊細な量子状態を維持するためには、絶対零度に近い極低温環境が不可欠であり、Blueforsの希釈冷凍機はその厳しい要求に応える。新研究所には、20台のBluefors製希釈冷凍機を収容するクライオスタットファームが設けられる予定だ。

Quantum Machinesの共同創業者兼CEOであるItamar Sivan博士は、「このラボは最も革新的なプロジェクトの一つとして際立っています。Alice & Bobのハードウェア効率の高いアプローチは、実用規模の量子エラー訂正に必要なリソースを劇的に削減できる可能性を秘めた、フォールトトレラント量子コンピューティングへのユニークな道筋を生み出します」と期待を寄せる。

Blueforsの最高技術責任者、David Gunnarson氏は、「Alice & Bobのハードウェア効率の良い猫量子ビットは、より安定し効率的な量子システムをサポートするBlueforsの極低温ソリューションにとって非常に興味深い応用例です」とコメントしている。

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「猫量子ビット」が開く未来:エラー耐性と効率性を両立する革新的アプローチ

Alice & Bobの技術戦略の核心にあるのが、「猫量子ビット(cat qubit)」と呼ばれる独自の量子ビットアーキテクチャだ。 量子コンピュータ開発における最大の課題の一つは、量子ビットが非常に壊れやすく、計算中にエラー(ノイズ)が発生しやすいことである。このエラーをいかに抑え、訂正するかが実用化への鍵を握る。

Alice & Bobによれば、彼らの猫量子ビットは、量子エラーの主要な一種である「ビットフリップエラー」を原理的に抑制するように設計されているという。 これにより、エラー訂正に必要な追加の量子ビット数を大幅に削減でき、追加のエラー訂正量子ビットは、残る「位相フリップエラー」への対処に集中できるため、より効率的なエラー訂正が可能になるとしている。

このアプローチは、競合他社と比較して、より少ない物理的フットプリント、少ないハードウェア、そして少ないエネルギー資源で、より強力なフォールトトレラント(誤り耐性のある)量子コンピュータを実現する道を開くかもしれない。 Alice & Bobは、この猫量子ビットのみを用いて量子コンピュータを開発している世界で唯一の企業であると主張している。

興味深いことに、2025年2月にはAmazonも猫量子ビットアーキテクチャに基づく「Ocelot」チップを発表しているが、Alice & Bobが「専門的に(exclusively)」この技術に注力している点が、その独自性を際立たせていると言えるだろう。この独自のアプローチが、量子コンピューティングのスケールアップとコスト削減という長年の課題に対する画期的な解決策となるか、注目される。

2030年を見据えたロードマップ:100論理量子ビット「Graphene」への期待

Alice & Bobのロードマップは明確だ。新研究所で開発される次世代量子チップシリーズ「Lithium」「Beryllium」は、最終目標である「Graphene」へと繋がる重要な布石となる。 Grapheneは、2030年までに100論理量子ビットの実現を目指す大規模量子コンピュータだ。

ここで重要なのは「論理量子ビット」という概念だ。現在の量子コンピュータで扱われる「物理量子ビット」はノイズに弱く不安定なため、多数の物理量子ビットを用いてエラー訂正を行い、ようやく1つの安定した「論理量子ビット」を構成する。つまり、100論理量子ビットという目標は、エラー耐性を備えた実質的に計算に使える量子ビットが100個あることを意味し、これは非常に野心的な目標と言える。

このGrapheneが実現すれば、現在のスーパーコンピュータでも解けないような複雑な問題、例えば新薬開発、材料科学、金融モデリング、最適化問題など、様々な分野でブレークスルーをもたらす可能性を秘めている。研究所内には、このGrapheneを設置するための専用エリアも確保される予定だ。

研究から実用化へ、フランス発の世界的挑戦

Alice & BobのCEO、Théau Peronnin氏は、「当社が純粋な研究から商用化へと焦点を移す中で、このラボはAlice & Bobが実際のクライアントやエンドユーザーによってテストできる技術を創造することを可能にします」と述べ、実用化への強い意志を示している。

この動きは、投資家からも高く評価されている。フランスの公的投資銀行Bpifranceの投資ディレクター、François Charbonnier氏は、「この施設はフランスの量子産業にとって大きな節目となります。Alice & Bobは、加速する量子チップ開発サイクルをパリに根付かせることで、現実世界のブレークスルーを実現するリーダーとして、自社そしてヨーロッパを位置づけています」と語る。

この新研究所の設立は、単に一企業の成長戦略に留まらず、フランス、そして欧州全体の量子技術における国際的な地位向上に貢献するものとして期待されている。共通のワークショップやブレインストーミングのためのエリアも設けられ、学際的な交流を促進することも目指しているという。

Alice & Bobの挑戦が量子コンピューティング業界に投じる一石

Alice & Bobによるこの大胆な投資と研究施設の建設は、量子コンピューティングの実用化に向けた競争が新たなフェーズに入ったことを象徴している。特に、彼らが採用する「猫量子ビット」というアプローチは、量子エラー訂正という長年の課題に対する有望な解決策の一つとして、業界から大きな注目を集めている。

従来の量子ビットと比較して、エラー耐性に優れ、必要な量子ビット数を削減できる可能性があるという利点は、量子コンピュータの規模拡大とコスト低減に直結する。もしAlice & Bobがこの技術で先行し、実証に成功すれば、量子コンピューティングの実現に向けたロードマップを大きく書き換えるインパクトを持つだろう。

もちろん、道のりは平坦ではない。猫量子ビットが理論通りの性能を発揮できるか、そしてそれを大規模システムへとスケールアップできるかは、これからの実証にかかっている。しかし、Quantum MachinesやBlueforsといった強力なパートナーとの連携、そして潤沢な資金調達は、その挑戦を後押しするだろう。

このパリの新研究所は、単なるハードウェア開発の場に留まらず、フランスを量子技術研究開発の世界的ハブへと押し上げる起爆剤となる可能性も秘めている。2030年に予定される100論理量子ビットマシン「Graphene」の登場は、量子コンピューティングが真に実用的なツールとなる未来を予感させてくれそうだ。


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