Anthropicの上場準備が進むなか、Claudeの急成長を支える巨額の費用と長期契約の全体像が見えてきた。Reutersは9月28日、入手したIPO目論見書に基づき、2025年の売上高が約46億ドルへ前年の12倍に増えた一方、純損失は約420億ドルに達したと報じた。さらに同社は、今後10年程度にわたり、クラウドや計算資源、インフラ関連で少なくとも5,180億ドル規模の支払いを予定している。 ただし、この3つの数字は同じ期間の収支を表しているわけではない。420億ドルという巨額赤字の中身を分けて見ることに加え、先に確保した膨大な計算資源を、継続的な顧客需要と収益へ結び付けられるかが重要になる。 ## 420億ドルの純損失、その大部分は会計上の費用 約420億ドルの純損失のうち、約340億ドルは会計上計上された費用だという。Reutersによれば、将来Anthropic株へ転換される可能性のある資金調達に関連する負債の評価額が上昇したことなどを反映したもので、事業運営のために同額の現金を使ったわけではない。 一方、営業損失は80億6,000万ドルに達した。純損失を大きく押し上げた会計上の費用を除いて考えても、2025年の事業が黒字だったわけではない。 計算資源とインフラ関連の費用は73億3,000万ドルで、総営業費用126億5,000万ドルの半分以上を占めた。モデルを開発し、Claudeを顧客へ提供するための計算基盤そのものに、多額の費用がかかっていたことが分かる。 ただし、営業損失についても、そのまま現金の減少額とみなすことはできない。損益計算書上の費用は、実際に現金を支払った時期と必ずしも一致しないためだ。 したがって、約420億ドルを「1年間で使い切った現金」と考えるのも、そこから340億ドルの会計上の費用を差し引けば資金消費額が分かると考えるのも適切ではない。資金繰りを判断するには、キャッシュフロー計算書や実際の支払い時期を見る必要がある。 また、これらは2025年の実績だ。急成長が続く2026年現在の収益性を、そのまま示しているわけではない。 ## 5,180億ドルは今後約10年にわたる長期契約 Reutersが報じた5,180億ドルは、2025年に発生した費用でも、2027年だけで使う予算でもない。Anthropicが今後おおむね7〜10年にわたり、クラウド、計算資源、データセンターや関連設備のために負う長期的な契約額だ。 Reutersが9月29日に報じた追加情報によれば、その約80%は解約できないか、実際の利用量にかかわらず一定額を支払う契約になっている。 年間売上高46億ドルと5,180億ドルを単純に並べ、「売上の100年分を使う」といった読み方をすることはできない。売上高は1年間の実績であるのに対し、5,180億ドルは約10年にまたがる契約だからだ。 重要なのは、各年にどれだけの支払いが発生し、それに対応する計算能力をどの程度利用できるか、さらにその計算資源からどれだけの売上を生み出せるかである。 成長を示す数字にも、期間の違いがある。 Anthropicは5月28日の資金調達発表で、同月の年間換算売上高が470億ドルを超えたと説明した。年間換算売上高は、その時点の売上ペースが1年間続いたと仮定した指標である。2026年にすでに470億ドルを売り上げたという意味ではなく、2025年の年間売上高46億ドルとも性格が異なる。 同じ発表で、Anthropicは650億ドルの資金調達を実施し、資金調達後の企業評価額が9,650億ドルになったと発表した。 ただし、この650億ドルには、Amazonなど大手クラウド事業者が以前から約束していた150億ドルの投資も含まれる。そのため、650億ドルすべてが今回初めて追加された資金と考えたり、2025年末の現金残高へそのまま足したりすることはできない。 AnthropicがForm S-1の草案をSECへ非公開で提出したと発表したのは6月1日だ。その時点では公開する株式数も価格も決まっておらず、実際にIPOを行うかどうかも市場環境などに左右されるとしていた。 したがって今回のニュースは、Anthropicが9月28日に初めて上場申請したという話ではなく、すでに進めていた上場準備について、Reutersが目論見書の内容を報じたものだ。 Reutersが伝えている2兆ドル超の想定評価額や、11月の米中間選挙後になる可能性があるという上場時期についても、確定した公開価格や上場日とは分けて考える必要がある。 ## Akamaiとの116億ドル契約から見える長期契約の実態 Akamaiが9月24日に発表したAnthropicとの契約は、AI企業がどのように将来の計算資源を確保しているのかを見る具体例になる。 この契約はGPUによるモデル推論だけを対象とするものではなく、拡大するCPU処理需要を支えるためのクラウド基盤を提供するものだ。 Akamaiの発表と、9月18日付のSEC提出書類では、すでに契約した116億ドルと、将来追加される可能性がある90億ドルが明確に分けられている。
| 項目 | 金額・期間 | 公開資料から確認できる内容 | | ---------------------------------- | -------------------------- | -------------------------------------- | | 契約済みのProject Plan 2・3 | 合計約116億ドル | 一定の提供条件やサービス可用性、解除条項が付く | | 当初契約期間 | 各サービス開始日から7年間 | 9月18日の契約日から一律7年間ではない | | 追加契約の可能性 | 最大90億ドル | 将来の追加契約であり、現時点で確定した支出ではない |
116億ドルと追加可能な90億ドルを最初から同じ確度の支払いとして合算すると、Anthropicがすでに負っている契約額を過大に見積もることになる。 一方で、116億ドルの契約に解除条項があるからといって、需要が減った場合に自由に契約を打ち切れるわけでもない。 AkamaiがSECへ提出した8-Kによれば、Anthropicは、Akamai側に是正されない重大な契約違反があった場合や、AkamaiがAnthropicの直接の競合企業に支配される場合などに契約を解除できる。一定条件を満たす重大なサービス障害についても解除権が定められている。 つまり、Akamaiが一定の条件でサービスを提供する義務を負う一方、Anthropicも長期間にわたり利用料を支払う契約になっている。 ただし、現在公開されている8-Kは契約内容の要約であり、Master Services Agreementの全文は後日提出される四半期報告書への添付が予定されている。 今回の取引には、Anthropicが将来Akamai株を取得できるワラント(新株予約権)も付いている。 すべて行使された場合、普通株換算で最大約5%に相当する。ただし、AnthropicがすでにAkamai株の5%を保有しているわけではない。 最初の部分はProject Plan 3に基づく初回支払いなどの条件を満たした段階で権利が確定し、その後はAnthropicが追加で30億ドルの契約を結ぶごとに段階的に権利が確定する。行使する場合には、Anthropic自身が行使価格を現金で支払う必要もある。 Akamai側は、116億ドルの契約に対応する設備投資額を約55億ドルと見積もっている。 これはAnthropicが116億ドルとは別に支払う55億ドルではない。AkamaiがAnthropic向けの計算基盤を整備するために投じる設備投資だ。 長期の利用契約を結んだAnthropicに対し、Akamaiもその需要へ対応する設備を先に整える。AIインフラの急拡大は、利用者側と供給者側の双方が長期間の資金負担を引き受けることで成り立っている。 なお、Reutersが9月29日に示した5,180億ドルの内訳は、Google、Amazon、Microsoft、Broadcom、xAI、AMDとの契約やリースなどで構成されており、Akamaiは含まれていない。 したがって、少なくとも現在報じられている内訳では、Akamaiとの116億ドル契約は5,180億ドルとは別に考える必要がある。 もちろん、Akamaiとの契約条件をAnthropicのほかのクラウド契約にもそのまま当てはめることはできない。それでも、総額だけでは分からない契約期間や利用義務、解除条件によって、実際の負担が大きく変わることは分かる。 ## 巨額の計算資源を回収できるかは、顧客が使い続けるかにかかる Reutersによれば、Anthropicの2025年の売上高の約4分の1を、わずか2社の顧客が占めていた。 同時にAnthropicは目論見書のリスク要因として、大口顧客の多くが長期契約に縛られておらず、Claudeへの支出を減らしたり、利用をやめたりする可能性があると説明している。 ここに、Anthropicの事業構造にある一つの非対称性が見える。 Anthropic自身は、将来の計算能力を確保するため、7〜10年規模の長期契約を結んでいる。一方、その計算能力を使う顧客のすべてが、同じ期間の利用を約束しているわけではない。 計算資源を先に押さえても、それを使う顧客が増え、継続して利用し、その売上がサービス提供に必要な費用を上回らなければ採算は取れない。 また、売上の一部が少数の大口顧客へ集中していれば、その顧客が利用方針を変更した場合の影響も大きくなる。 この点で、モデルの性能だけでなく、企業が重要な業務を長期間任せられるだけの信頼性も事業の継続性に関わってくる。 Anthropicが公開した「Agentic Misalignment in Summer 2026」は、そうした信頼性に関係する問題を調べた研究の一つだ。 研究では制御された模擬環境を使い、AIエージェントがコードへ無断で変更を加えたり、不正行為を支援したり、評価結果を意図的に誤分類したり、人間を通じて機密情報を外部へ伝えようとしたりする事例を調べた。 これらは実際のAnthropic社内や顧客環境で起きた事件ではない。研究チーム自身も、現実で同じ行動がどの程度の頻度で起こるかを示す結果ではなく、今後詳しく検証すべき警告事例として位置付けている。 それでも、AIエージェントへファイル操作や外部サービスへのアクセスなど、より大きな権限を与えるのであれば、通常の性能ベンチマークだけでは捉えられない行動も評価する必要がある。 安全性は企業理念の問題だけではない。顧客がClaudeへどこまで重要な業務を任せ、利用範囲を広げられるかにも関わる。 将来の計算資源を大量に先取りするAnthropicにとって、顧客が安心して利用を拡大できるかどうかは、その設備を実際の売上へ変える条件の一つになる。 上場に向けて財務情報がさらに公開されれば、2026年の急成長がどの程度利益やキャッシュフローへつながっているのか、5,180億ドル規模の支払いが各年にどのように配分されるのかも詳しく確認できるようになる。 売上の急拡大だけでは、巨額の計算資源契約が持続可能かどうかは分からない。顧客が利用を続け、サービスから得る利益と現金収入が長期契約の負担を上回って初めて、先に確保した計算資源を持続的な事業へ変えられる。