カリフォルニア大学サンディエゴ校(UC San Diego)は2026年9月25日、光の照射方法を工夫することで、これまでより厚く積層した磁性膜の磁化を反転させる研究成果を発表した。白金(Pt)とコバルト(Co)を9組重ねた膜でも、円偏光の回転方向に依存せず磁化を反転できたという。
磁気記録を高密度・高速化するうえで、材料の組成だけでなく、光をどのように照射するかも重要な設計要素になることを示した成果だ。
ただし、実験では磁化を反転させるために光パルスを繰り返し照射している。使用したレーザーのパルス幅が120フェムト秒だからといって、そのままメモリの書き込み時間が120フェムト秒になるわけではない。
光を強く集めると、なぜ厚い磁性膜でも反転できるのか
Muhammad Waleed Khalid氏、Abdoulaye Ndao氏、Eric E. Fullerton氏らによる論文は、9月15日に『Nature Communications』で査読済み論文として公開された。
研究対象は、厚さ0.7nmの白金と0.6nmのコバルトを交互に積層した薄膜だ。論文では、このPt/Coの2層を1組として、その繰り返し回数をNで表している。
N=9とは「Pt/Coの組を9回積層した」という意味であり、下地層や保護膜などを含めた金属層全体が9層という意味ではない。
磁気記録では、磁化の向きに情報の0と1を対応させる。
光によって磁化の向きを変える「全光磁化反転」は、書き換え時に外部磁場を必要としないことから、光回路と磁気メモリを組み合わせる技術として研究されてきた。
ただし、単に光を照射すれば、照らした領域全体の磁化が必ず同じ方向へそろうわけではない。
磁性膜の内部には、磁化が同じ方向を向いた「磁区」が存在する。従来のPt/Co多層膜を使った研究では、比較的薄い膜に円偏光を照射し、右回りと左回りで生じるわずかな光吸収の違いを利用して、磁区の境界である磁壁を動かす方法が主に研究されてきた。
ところが積層数を増やすと、膜の内部で安定しやすい磁区の大きさも変化する。その結果、光を照射した領域に複数の磁区が残りやすくなり、領域全体を一方向へ反転させることが難しくなる。
研究チームは今回、場所によって偏光状態を変化させた「円偏光ベクトルビーム」を対物レンズで強く集光した。
光の波長そのものを短くしたわけではない。照射する範囲を小さくするとともに、その範囲内で光のエネルギーがどのように分布するかを制御した。
研究チームによると、小さな領域を急速に加熱すると、磁化が一定方向を保とうとする力が弱まり、反転した磁区が生じやすくなる。
さらに光パルスを繰り返し照射すると、その磁区が成長する。周囲の照射されていない領域が作る磁場も、冷却後の磁化状態を安定させる方向に働くという。
十分に小さな領域へ光を集めた場合には、円偏光の右回り・左回りによる吸収差よりも、こうした加熱と周囲の磁場による作用が磁化反転を大きく左右すると研究チームは考えている。
つまり、光を強く集める効果は、単に書き込み領域を小さくすることだけではない。磁区が生まれ、成長し、最終的な磁化状態が決まる過程そのものを変化させる。
その結果、同じ材料でも条件によって、円偏光の回転方向に依存する磁化反転と、回転方向に依存しない磁化反転を使い分けられることが示された。
光スポットを0.96µmまで絞ると反転の仕方が変化
Pt/Coを3組積層した膜では、光スポットの直径を1.92µmから0.96µmまで変えて比較した。
大きなスポットでは、右回りと左回りの円偏光で最終的な磁化方向が変わった。一方、スポット径を約1.36µm以下まで小さくすると、この違いがなくなり、どちらの円偏光でも同じ向きへ反転するようになった。
ここでいうスポット径は、光強度が中心の最大値から1/e²まで低下する位置を基準に定義されている。
0.96µmは960nmに相当するが、これはメモリの1ビットの大きさや、隣り合うビットを配置できる最小間隔を示した数字ではない。
論文の図3と図4が示しているのは、光をどこまで集光するかと磁性膜の積層構造によって、磁化反転の仕方が変化するという関係だ。
| Pt/Coの繰り返し数N | 論文で確認された磁化反転 |
|---|---|
| 1〜2組 | 円偏光の回転方向に強く依存 |
| 3組 | 光スポットを小さくすると、回転方向に依存しない反転へ移行 |
| 4組 | 試したスポット径では、回転方向に依存しない反転を確認 |
| 5〜9組 | 波長程度まで集光すると反転。大きなスポットでは複数の磁区が残る |
| 10組以上の領域 | 縞状の磁区が残り、一様な反転が難しくなると著者らは説明 |
ただし、この表を読む際には測定条件の違いに注意が必要だ。
図4でN=1〜9を比較した実験では、集光性能を示す開口数(NA)を0.80に固定している。一方、スポット径そのものへの依存性は図3など別の実験で調べられている。
したがって、表は複数の実験結果をまとめたものであり、すべての積層数をまったく同じスポット径で比較した結果ではない。
また、膜を厚くすれば際限なく同じ方法で反転できるわけでもない。
磁気メモリでは、記録した磁化を長期間安定して保持することと、必要なときだけ確実に反転させることの両立が必要になる。
今回の成果は、これまでより厚いPt/Co多層膜でも光による磁化反転が可能になる条件を示したものだ。ただし、磁化の保持時間そのものが延びたことを実測した研究ではない。
120フェムト秒のレーザーでも、書き込みが120フェムト秒で終わるわけではない
実験に使われたレーザーは波長800nm、パルス幅120フェムト秒で、繰り返し周波数は1kHzだった。
つまり、非常に短い光パルスを1秒間に1,000回照射する設定だ。
Pt/Coを3組積層した膜でスポット径を比較した実験では、試料を毎秒1µmの速度で動かし、同じ周辺領域へ十分な数の光パルスが重なるようにしている。
120フェムト秒の光パルスを使ったことと、120フェムト秒で磁気情報を書き終えたことはまったく別である。
著者らは、今回のPt/Co膜では単発の光パルスだけで磁化を確実に反転させる現象を確認していない。
複数のパルスを照射することで反転した磁区が生まれ、それが徐々に成長する過程によって最終的な磁化状態が決まると説明している。
したがって、レーザーのパルス幅だけを基にメモリの書き込み速度を計算すると、磁区が形成・成長するために必要な時間を無視することになる。
実験で使われた試料の走査速度についても、将来の記憶装置の速度上限を示すものではない。
今回は、どの条件で磁化反転が起きるのかを観察するために設定された実験条件だ。
実際に高速メモリとして利用できるかを判断するには、狙った領域を確実に反転させるまでに何回のパルスが必要なのか、それぞれのパルスをどの間隔で照射できるのかを含めて、1回の書き込みに必要な総時間を測る必要がある。
大学の発表では、光による磁化反転によって、外部磁場を使う方式より「1,000倍以上」の高速化が可能になるとの研究者の見積もりも紹介されている。
ただし、今回の実験装置を使ってメモリ全体の読み書き性能を測定し、実際に1,000倍の高速化を達成したという意味ではない。
将来的な高速化の可能性と、今回実証された磁性材料の反転現象は分けて考える必要がある。
「外部磁場を使わない」という表現にも注意が必要だ。
論文の方法欄によると、実験開始前には永久磁石を使って試料全体の磁化を上向きまたは下向きにそろえている。その状態から光によって磁化を反転させた。
また、磁化反転の仕組みには、照射領域の周囲にある磁性膜が生み出す磁場も関与すると考えられている。
つまり、磁場の作用そのものが完全に不要になったわけではなく、磁化を書き換える際に外部磁場を印加する必要がないという意味である。
実用的なメモリには、光源の小型化と書き込み性能の検証が必要
同じ研究チームは2024年4月の『Physical Review B』でも、Co/Pt薄膜と光の相互作用を研究している。
その実験では、磁化反転を主に左右するのは偏光に伴う光のスピン角運動量であり、光の渦に関係する軌道角運動量の向きや大きさによる影響は小さいと報告していた。
今回の研究は、その結論を否定するものではない。
光をどこまで集光するか、Pt/Coを何層積み重ねるかといった条件を変えることで、熱や周囲の磁場による作用がより強く現れることを示したものと考えられる。
つまり、磁性材料そのものだけでなく、「どのような光を、どのように照射するか」も磁化反転を制御する重要な設計要素になる。
円偏光の回転方向への依存を減らすことができれば、磁化を書き換えるための光学系を単純化できる可能性もある。
ただし、今回の実験でも光の偏光分布や焦点を精密に制御している。どのようなレーザーを照射しても同じ磁化反転が起きるという意味ではない。
実用化に向けた大きな課題の一つが光源だ。
UC San Diegoは、今回使った専用の超高速レーザーをそのままコンピューターチップへ組み込むのは難しいと説明している。
研究チームは今後、電子回路へ組み込みやすいレーザーでも同様の磁化反転が起きる材料を探すとともに、光を数百nm程度までさらに小さく集められる光学構造を研究するという。
数百nmという値は、今回実現したものではなく、今後の研究目標だ。
磁気メモリとして評価するには、光学系を小型化するだけでも足りない。
必要な数の光パルスで狙った場所を確実に反転できるか。同じ場所を繰り返し書き換えても性能が劣化しないか。書き込んだ磁化状態を十分な期間保持できるか。隣接する記録領域へ影響を与えずに書き込めるか。
さらに消費エネルギーについても、磁性膜が吸収した光エネルギーだけでなく、レーザーや光学系を含むシステム全体で評価する必要がある。
こうした条件がそろって初めて、今回示された磁性膜と光学系の組み合わせを、記録密度や書き込み速度、消費電力を既存技術と比較できる実用的なメモリ技術として評価できるようになる。



