マックスプランク量子光学研究所のHendrik Hegels氏らが、リュードベリ励起を利用して、光で作る「シュレーディンガーの猫」をこれまでより大きくする実験を報告した。光の重ね合わせ状態を別の光子の偏光ともつれさせた状態で、猫状態の大きさを表す指標は、従来の1.4に対して、検出損失を補正した後で2.4に達したという。

成果は2026年9月23日に公開された未査読のプレプリントである。研究チームは「世界記録」と位置付けているが、対象となるのは、光の猫状態と別の量子ビットをもつれさせた特定の「ハイブリッドもつれ状態」に限られる。

この記録を理解するには、そもそも何を「猫の大きさ」として測っているのか、そして大きくした後も量子的な性質が残っていることをどう確かめたのかを分けて見る必要がある。

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何の「世界記録」なのか

今回作られたのは、光の異なる状態を重ね合わせた「猫状態」と、別の光子が持つ偏光の量子ビットを組み合わせた「ハイブリッドもつれ状態」だ。

前者は光の振幅という連続的な値を使い、後者は水平偏光と垂直偏光のような離散的な状態を使う。異なる方式で量子情報を表す二つの系を組み合わせているため、「ハイブリッド」と呼ばれる。

「シュレーディンガーの猫」の生と死に相当するのは、位相の異なる二つの光の状態だ。

レーザー光を理想化した「コヒーレント状態」について、互いに異なる二つの状態を量子的に重ね合わせる。研究チームは、この二つの状態がどれだけ離れているかを基に猫状態の大きさを定義している。二つを区別しやすくなるほど、「より大きな猫」とみなす考え方だ。

これは、原子の数や物体の質量を競う記録ではない。

論文の定義では、二つの光状態の振幅差の半分をαとし、その2乗をサイズ指標としている。左右対称な理想的な猫状態では、この値は各成分に含まれる平均光子数に対応する。

ただし、この「大きさ」は光が実際の空間をどれだけ離れて進んだかを表す距離ではない。光の量子状態を表現する空間の中で、二つの状態がどれだけ離れているかを示す指標である。

また、今回の2.4は、あらゆる光の猫状態の中で最大という意味でもない。

Hegels氏らが論文の序論でまとめた先行研究では、別の量子ビットともつれていない単独の光猫状態では、すでにサイズ指標3.1が報告されている。

一方、今回と同じように、光の猫状態を別の量子ビットともつれさせたハイブリッド状態では、これまで単一原子と光共振器を使った実験による1.4が最大だった。

今回の2.4が記録とされるのは、「大きな光の重ね合わせを作る」と同時に、「別の量子ビットとのもつれも保つ」という条件を満たした状態を比較しているためだ。

こうしたハイブリッド状態は、異なる方式で量子情報を扱う光量子計算や量子通信をつなぐ資源としても研究されている。二つの光状態を十分に区別できる大きさまで広げながら、量子的なつながりを維持することが今回の研究の狙いにある。

一つの光子を原子に保存し、後から来る光の位相を変える

実験では、共振器の中に置いた冷却原子の集団と、役割の異なる二つの光を使う。

最初に入るのが「制御光子」、その後から送られるのが猫状態を作るための「標的光」だ。共振器は光を内部で何度も往復させ、原子と強く相互作用させるための装置である。

制御光子は、偏光によって二つの経路へ分けられる。

一方の成分は共振器を通り、原子集団の「リュードベリ励起」として一時的に保存される。もう一方は光ファイバーを通って共振器を迂回する。

制御光子を偏光の重ね合わせ状態にしておけば、「原子集団に励起が保存されている状態」と「保存されていない状態」そのものも量子的な重ね合わせになる。

リュードベリ状態とは、原子の電子を非常に高いエネルギー状態まで励起した状態を指す。

リュードベリ状態になった原子は周囲の原子と強く相互作用し、近くで別のリュードベリ励起が起こりにくくなる。この現象が「リュードベリ遮断」だ。

研究チームは、この効果を、補助光によって原子と光の相互作用を制御する「電磁誘起透明化」と組み合わせた。

その結果、制御光子が原子集団に保存されているかどうかによって、その後から来る標的光に対する原子の応答が変化する。

標的光を共振器で反射させると、保存された制御光子の有無に応じて位相が変わる。

その後、原子集団に保存していた制御光子を再び光として取り出し、共振器を迂回した成分と合流させる。すると、標的光の異なる状態と、制御光子の偏光との間にもつれが生まれる。

さらに、制御光子の偏光を特定の方法で測定し、その結果に対応するデータだけを選び出すことで、標的光だけを取り出した猫状態も得られる。

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光の状態を再構成し、量子性ともつれを確認

研究チームは、標的光の入力振幅を6段階に変えて実験し、測定データから光の量子状態を再構成した。

このように、多数の測定結果から量子状態全体を推定する手法を「量子状態トモグラフィー」と呼ぶ。

標的光の測定には、基準となるレーザー光と重ね合わせて光の振幅や位相を調べるホモダイン検出を使った。制御光子の偏光については6種類の測定条件を用意し、それぞれの結果に応じてデータを分類した。

各サイズ、各偏光条件について、典型的には約4万回分の測定データを集めている。

状態の再構成では、検出器がすべての光を捉えられるわけではないという問題もある。

論文によると、検出系全体での有効な光損失は21%だった。今回の最大値2.4は、この検出損失を補正したうえで求めた値である。

したがって、「サイズ2.4」という数字は、実際に検出器へ届いたデータをそのまま計算した値ではなく、検出器で失われた光を補正した結果として読む必要がある。

一方、量子的な性質そのものは、損失補正を行っていない測定データからも確認された。

研究チームが再構成した6種類の「奇数猫状態」のウィグナー関数には、いずれも負の値を取る領域が現れた。

ウィグナー関数は量子状態を表現する方法の一つで、古典的な確率分布とは異なり、量子特有の状態では負の値を取ることがある。

この負の領域は、単なる古典的な光の混合では説明できない「非古典性」が残っていることを示す重要な指標だ。

さらに、標的光と制御光子の間にもつれが残っていることも調べた。

最大サイズ2.4では、検出損失を補正した後のベル状態忠実度が51.2±0.4%となり、もつれが存在することを示す基準となる50%を上回った。

ベル状態忠実度は、実際に作った状態が、理想的な最大もつれ状態にどれだけ近いかを表す指標である。

つまり、ウィグナー関数の負の領域は光そのものの非古典性を確認し、ベル状態忠実度は標的光と制御光子の間にもつれが残っていることを確認する。二つは異なる量子的性質を測っている。

これらの結果は、実際に装置で光を操作し、測定して得られたものだ。

一方、誤差の見積もりには、再構成した量子状態を基に100組の模擬データを生成する計算も利用された。

論文は、報告されている平均値そのものを模擬データから作ったわけではないと明記している。実際の実験結果と、誤差を評価するためのシミュレーションは区別されている。

猫状態を大きくすると、光子損失の影響も大きくなる

猫状態を大きくするうえで大きな問題になるのが光子の損失だ。

光子が失われると、単に光が弱くなるだけではない。重ね合わせを構成する二つの状態のうち、どちらだったのかを推測できる情報が周囲の環境へ漏れることがある。

すると、二つの状態の間に保たれていた量子的な位相関係が失われる。これがデコヒーレンスである。

今回の方式には、光子が失われても、どちらの状態だったのかという情報が環境へ漏れにくくなるよう実験条件を調整できる利点があるという。

それでも実際の装置には複数の制約が残った。

研究チームは、リュードベリ遮断が完全ではないことや、原子と光が相互作用できる時間が限られているために応答が広がることなどが、性能を制限していると分析している。

さらに、標的光そのものが原子の追加励起を妨げる「自己遮断」も、理論モデルと実際の測定結果が一致しない原因の一つになった可能性がある。

ただし、現在の理論モデルだけですべてのずれを説明できたわけではない。

猫状態をさらに大きくしようとすると、十分な測定データを集めること自体も難しくなる。

補足資料では、標的光に含まれる光子数が増えるにつれて原子の損失が増え、保存していた制御光子を再び取り出す効率も低下したと報告されている。

原子が失われる理由について研究チームは、自然放出された光による反動で原子が加熱され、捕捉装置から抜け出すためではないかと考えている。

ただし、これは観測された現象に対する原因の推定であり、直接確認された機構ではない。

原子が失われるたびに実験系を準備し直す必要があるため、その頻度が増えれば、大量の測定データを集める速度も低下する。

研究チームは改善策として、標的光のパルスを長くすること、原子集団をより小さな領域に閉じ込めること、レーザーの位相ノイズを減らすことなどを挙げている。

こうした制約を改善できれば、さらに大きな猫状態を作れる可能性があるという。ただし、今回の実験でその将来のサイズまで実証したわけではない。

論文はHegels氏らによるarXiv:2609.27983として公開されており、現時点では査読を受けていない。

独立した研究チームによる追試もまだ確認されていないため、「量子と古典の境界を突き止めた」といった意味にまで広げて受け取ることはできない。

今後重要になるのは、猫状態をさらに大きくすると同時に、もつれの質を保ち、同じ状態を安定して繰り返し作って測定できるかどうかだ。

そこまで実現できれば、今回のハイブリッド猫状態は、光量子計算や量子通信で実際に利用できる量子資源へ一歩近づくことになる。