半導体露光装置最大手のASMLが、EUV(極端紫外線)とDUV(深紫外線)の双方で値上げに動き、主要顧客のTSMCが抵抗している。The Informationが2026年7月15日、4人の関係者の話として報じた。同じ日にASMLのRoger Dassen最高財務責任者(CFO)も、強い需要を背景に価格決定力が改善したと決算説明で認めている。AI向け先端ロジックとDRAMの設備投資が加速するなか、装置不足が価格交渉へ移り始めた。

争点は、報じられた10%という数字より広い。DUVは旧世代チップのために残る装置ではなく、先端チップでも大量に使われる。ASMLとTSMCの攻防は、AI需要が生んだ希少性の利益を装置メーカー、ファウンドリー、チップ設計会社の誰が取るのかを映している。

AD

10%という数字の確定範囲

The Informationによると、ASMLはTSMCとEUVシステムの値上げを協議したほか、ここ数週間で中国の半導体メーカーを含む一部顧客にDUVを10%引き上げる計画を伝えた。TSMCはEUVとDUVの両方で受け入れを拒んでいるという。ASMLとTSMCは報道にコメントしていない。

Reutersはさらに、中国の一部顧客が比較的旧世代のDUV製品群で10%の引き上げに同意したと報じた。ただし、対象となる型番と顧客数は分からず、地域別の条件や発効日も示されていない。「ASMLの全DUVが一律10%上がる」と受け取るのは早い。

ASMLによる価格調整そのものは初めてではない。同社は2022年の年次報告書で、供給網とインフレによる異例のコスト増を顧客と分担し、2023年に相応の補償を得る考えを示した。現在も受注額には、顧客が書面で認めたインフレ調整分が含まれる。

今回の違いは、コスト補償より需要の強さが前面に出たことだ。Dassenはアナリスト向け説明で、現在は以前より価格を通しやすく、今後も価格を引き上げる余地が十分にあると語った。顧客との協議は進行中であり、10%が契約済みの標準価格になったわけではない。それでもASMLが値上げを公の場で示唆できる環境には変わった。

DUVは成熟ノード専用ではない

DUVを一つの旧技術として扱うと、値上げの射程を見誤る。ASMLのDUV製品群には、先端ロジックやDRAMの量産に使うArF液浸式と、ArF dry、KrF、i-lineの乾式装置がある。EUVが最も細かな配線層を担うチップでも、それ以外の層にはDUVを使う。露光装置は世代交代で丸ごと置き換わるのではなく、層の難しさに応じて併用される。

露光方式 主な役割 値上げが先に効く場所
EUV 先端ロジックやDRAMのクリティカル層 N2・N3などの新工場、先端DRAM
DUV液浸 先端ロジック・メモリの高精度層、複数回露光 先端工場の設備投資とウェハー当たり工程費
DUV乾式 先端チップの非クリティカル層、成熟・特殊プロセス 自動車、産業、IoT向けの200mm300mm工場

売上規模もEUVの脇役ではない。ASMLの2025年DUVシステム売上は120億ユーロで279台、うち47%が液浸式だった。EUVは116億ユーロで48台である。機種構成が大きく違うため一台当たり価格の単純比較はできないが、DUVがASMLの量販事業を支えていることは明白だ。

成熟プロセスへの影響は乾式DUVから現れやすい。ASMLは200mm300mmの双方へ装置を供給し、IoT、自動車、産業向け需要や、老朽化した既設装置の更新を用途に挙げている。一方、液浸DUVの価格が上がれば、N2やN3、先端DRAMの工場も無関係ではいられない。先端工場の新設・増強でも、EUVと併用する液浸DUVが必要になるためだ。

AD

2027年へ向けて積み上がる受注

ASMLが値上げに動く背景には、急速に強まった受注と供給能力の不足がある。2026年第2四半期の売上高は93億2650万ユーロ、粗利益率は54.0%、純利益は29億1760万ユーロだった。通期売上高見通しは、4月時点の360億400億ユーロから430億450億ユーロへ引き上げられた。粗利益率見通しも51〜53%から54〜56%へ上がっている。

四半期のシステム売上65億6480万ユーロのうち、EUVは38億ユーロ、EUV以外は28億ユーロだった。既設装置の保守と機能追加を含むInstalled Base Managementも27億6170万ユーロを売り上げた。なお、当四半期の粗利益率が上振れた主因は既設装置向けの高採算部品であり、報道された値上げの効果ではない。

供給計画を見ると、価格交渉の強さが分かる。ASMLは2026年にLow-NA EUVを約65台、DUV液浸装置を約130台出荷する見通しだ。2027年には両方の能力を約30%増やし、2028年にさらに約30%増やせるか調べている。Low-NA EUVの2027年分は受注でほぼ埋まり、2028年分も相当数を受注済みである。

DUV側も緩んでいない。2026年のEUV以外のシステム売上は前年比約25%増、Installed Base Managementは30%超の増収を見込む。新造装置が足りなければ、顧客は既設機の生産性を上げるアップグレードへ向かう。ASMLは過去30年に販売した装置の95%がなお稼働中としており、新造と延命の両方から収益を得られる。

TSMCが拒むのは最大560億ドル投資の採算

TSMCにとって装置価格は、2026年だけの購入費では終わらない。同社は2026年の設備投資を520億560億ドルの上限寄りと見込み、70〜80%を先端プロセスへ配分する。2025年の409億ドルから大きく増えるうえ、N2では月産1000枚の能力を造る費用がN3より大幅に高く、A14ではさらに上がると説明している。

購入した露光装置は資産として複数年にわたり減価償却される。TSMCはN2の立ち上げを主因に、2026年の減価償却費が前年比で10%台後半増えると見込む。米国や日本など海外工場の立ち上げも、粗利益率を初期に2〜3ポイント、後期には3〜4ポイント押し下げる。ASMLの価格が上がれば、TSMCはその負担を長期間抱えることになる。

一方で、ASMLも大口顧客を無視できない。2025年の最大顧客はASML売上高の23.9%、77億9670万ユーロを占めた。ASMLは社名を開示していないが、Reuters BreakingviewsはTSMCである可能性が高いと分析する。EUVに量産用の直接代替はなくても、買い手が少数の巨大企業に集中するため、ASMLは独占企業のように一方的な価格を押し付けられない。

DUVでは交渉材料が少し増える。NikonはArF液浸からKrF、i-lineまで製品を持ち、2026年5月には複数の主要半導体メーカーから新しいArF装置への具体的な引き合いがあると説明した。ただし、露光装置は購入価格だけで選べない。既設機と正確に重ね合わせられるか、必要な処理能力を出せるかが先に問われる。保守網とアップグレードまで含む総保有コストが切り替えを決める。TSMCの抵抗は代替装置への即時移行より、長期契約と発注量を使った条件交渉とみるのが自然だ。

AD

値上げ後に動く装置延命とウェハー価格

装置価格が10%上がっても、GPUやスマートフォンが同じ割合で値上がりするわけではない。露光装置の費用は複数年、多数のウェハー、さらに一枚のウェハー上に取れる多数のチップへ分散される。歩留まりと工場稼働率に加え、材料や電力の費用もウェハー原価を動かす。海外生産の比率と製品構成も効く。最初に変わるのは、新造装置とアップグレードのどちらを選ぶか、古い装置を何年使うかという設備運用である。

それでも、コスト圧力はサプライチェーンを下っていく。Culpiumは2026年6月、TSMCが7nm以降の先端プロセス顧客へ値上げを伝え、顧客や製品によって概ね5〜10%の範囲にあると報じた。TSMCは同媒体に対し、価格戦略は投機的ではなく長期的であり、顧客へ自社の価値を販売すると回答している。ASMLへの抵抗とTSMC顧客への値上げは矛盾というより、AI需要が生んだ利益を各社が自社側へ残そうとする同じ交渉の表裏である。

中国市場では別の力も働く。ASMLは2026年の中国向け売上を全社の約20%と見込むが、輸出規制によりEUVと最先端DUVを販売できない。比較的旧世代のDUVを必要とする中国顧客が10%を受け入れたとのReuters報道が正しければ、規制で狭まった選択肢もASMLの交渉力を支えている可能性がある。ただし、中国メーカーが国内装置への切り替えを早めれば、その力は長続きしない。

交渉の結果は、ASMLが対象機種と新価格を示すか、TSMCが発注時期や装置構成を変えるまで確定しない。判断材料になるのは、2027年の30%能力増強後も受注が埋まるか、ASMLの粗利益率が54〜56%の見通しを超えるか、TSMCが減価償却の増加をウェハー価格と生産性で吸収できるかである。DUVの10%が中国の一部顧客から世界へ広がれば、AI投資の価格上昇は先端EUVの外側まで定着したと判断できる。