人間の心臓は1日に約10万回、生涯にわたって拍動を続けている。この絶え間ない運動を電力に変換できれば、ペースメーカーなどの埋め込み型医療機器が抱える電池寿命の問題を軽減できる可能性がある。現在の埋め込み型機器の多くは化学電池に依存しており、電池の消耗に伴う交換手術は患者の身体的負担や感染リスク、医療費の増加につながる。

この課題に対し、マサチューセッツ大学アマースト校(UMass Amherst)のJun Yao准教授、博士課程のSiqi Wang氏らは、コネチカット大学と共同で、心筋細胞の拍動から電気を取り出す新しい発電素子を開発した。従来のように臓器の表面へ発電装置を貼り付けるのではなく、微細な圧電素子を組み込んだ超薄型メッシュの中で心筋細胞を培養し、組織と一体化させる仕組みだ。研究成果は学術誌『Science Advances』の2026年10月号(Vol. 12, Issue 41、DOI: 10.1126/sciadv.aei5963)に掲載された。

最大の特徴は、圧電材料そのものを改良するのではなく、素子の構造を工夫することで発電性能を大幅に高めた点にある。ただし、今回の成果はヒト由来の培養心筋細胞を使った体外実験(in vitro)による概念実証であり、生体内での動作やペースメーカーの電池代替が実証されたわけではない。

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臓器の表面に貼るのではなく、心筋組織と一体化する発電メッシュ

 

心臓の拍動や呼吸に伴う運動を電力に変える「エネルギーハーベスティング」は、埋め込み型医療機器の電源として研究が続けられてきた。しかし、従来の圧電型発電装置には、生体組織との硬さの違いという問題がある。一般的な発電パッチは、高分子フィルムなどの支持基板に圧電材料や電極を形成し、心臓や筋肉の表面へ貼り付ける構造を採用している。柔らかい生体組織に対して人工材料が硬すぎると、組織の自然な動きを妨げるだけでなく、発電に必要な変形を十分に取り出せない。

もう一つの問題は、装置の体積を発電に効率よく利用できないことだ。表面貼付型の装置では、組織との接触部分が限られ、内部で生じる変形を十分に圧電素子へ伝えられない。また、発電に直接寄与しない支持基板が装置全体の体積の大部分を占めるため、単位体積あたりの出力が低くなりやすい。装置を薄くすれば柔軟性は高まるものの、今度は圧電材料に十分な歪みを与えることが難しくなる。

研究チームが考案したのは、微小な圧電素子を多孔質の網目構造に分散配置する「バイオハイブリッドメッシュハーベスター」だ。メッシュは電気回路の支持体であると同時に、細胞が接着して組織を形成するための足場(スキャフォールド)としても機能する。心筋細胞は網目の隙間へ入り込み、細い配線を包み込むように成長するため、メッシュが組織の内部に取り込まれた状態になる。これにより、細胞の収縮を圧電素子の曲げ変形へ直接伝えながら、発電に寄与しない基板の体積を減らせる。

従来の装置が生体組織の表面から運動を受け取っていたのに対し、今回のメッシュは組織の内部で運動を受け取る。この構造によって、柔軟性と発電性能を両立させようというのが研究の基本的な考え方だ。

厚さわずか3.7μm、心筋細胞が取り込める柔軟な構造

研究チームが作製したメッシュは、縦7mm、横8mmの領域に、圧電材料であるチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)の微小リボンを16行×4列に配置した構造を持つ。個々のPZT素子は幅約50μm、長さ約470μmで、長軸方向に隣接する4つを直列接続して発電ユニットを構成する。PZTは機械的な変形を電荷へ変換できる圧電セラミックスで、センサーやアクチュエータなどにも広く利用されている材料だ。

メッシュを構成する配線リボンの幅は約20μm、厚さはわずか3.7μmに抑えられている。基本構造は、下層の厚さ1.5μmのポリイミド(PI)、中央の白金(Pt)薄膜配線、上層の厚さ2μmのSU-8絶縁保護層を組み合わせたものだ。この薄さによって、配線リボンの曲げ剛性は約 となり、生体組織の変形に追従できる柔軟性を備える。さらに、網目の配置を工夫することで、心筋の収縮に伴って特定の方向へ曲がりやすい構造にしている。

PZT薄膜はゾルゲル法によって形成され、150℃の環境で150kV/cmの直流電界を加えるポーリング処理によって、圧電特性を発揮できる状態に整えられた。研究チームは細胞を使う前に、メッシュから切り出した1行×9列の試験用アレイに機械的な変形を加え、発電性能を確認している。約0.1%の歪みを与えた座屈試験では、各PZT素子から平均 の開放電圧パルスが得られ、素子間のばらつきも小さかった。

製造後のメッシュは、シリコン基板との間に設けたゲルマニウムの犠牲層を過酸化水素水溶液で溶解除去することで、基板から切り離された。その後、洗浄・滅菌を行い、ポリ-D-リシンやマトリゲルで表面を処理して、心筋細胞が接着しやすい状態にした。こうして、厚さ数μmの柔軟なメッシュを生体組織と統合する準備が整った。

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培養心筋の拍動で発電を確認、初期設計では出力が不足

研究チームは、ヒト胚性幹細胞から分化させた心筋細胞(hESC-CMs)をメッシュ上で培養した。分化後10〜12日目の細胞を使用しており、細胞はメッシュの表面に接着した後、網目の隙間を通って上面や側面、下面へと広がっていった。培養が進むにつれて細胞同士が結合して層状の組織を形成し、組織の収縮力によって培養皿から部分的に剥がれ、メッシュを内部に取り込んだ自立型の複合組織へと変化した。

共焦点レーザー走査顕微鏡による三次元観察でも、メッシュが単に細胞の表面へ付着しているのではなく、心筋組織に包み込まれていることが確認された。培養した組織は0.3〜0.5Hzの周波数で自発的に拍動し、その動きに合わせてメッシュも周期的に曲がった。代表的な5つの発電ユニットを測定したところ、心筋の拍動と同期した電圧パルスが得られ、細胞の機械的な運動を圧電効果によって電気へ変換できることが確認された。

ただし、最初のメッシュ設計では出力が十分ではなかった。厚さ3.7μmの均一な構造で測定した電圧振幅は、平均約1.4mVにとどまった。これは機械的な座屈試験で得られた約0.49Vと比べて大幅に小さい値だった。

原因の一つは測定系の寄生容量にある。微小な圧電素子は発生する電荷が少なく、ケーブルや測定器の入力部分が持つ静電容量によって、観測される電圧が低下する。研究チームが寄生容量の影響を補正したところ、素子本来の開放電圧は約9mVと推定された。しかし、それでも機械試験の値には大きく及ばない。

そこで研究チームは、心筋組織の曲率変化を画像解析で測定し、多層複合ビーム理論を使ってPZT層に加わる歪みを推定した。その結果、心筋の拍動によって発生していた平均歪みは約 (0.00064%)にすぎないことが分かった。これは座屈試験で加えた約 $10^{-3}$(0.1%)より2桁以上小さい。つまり、細胞の拍動はメッシュを曲げていたものの、圧電材料そのものを十分に変形させられていなかった。

中立面の位置を変えるだけで、出力電圧が最大80倍に

研究チームは出力不足を解決するため、圧電材料に使う力を増やすのではなく、同じ曲げ変形からより大きな歪みを取り出す方法を検討した。その鍵となったのが、複数の材料を積層した構造に存在する「中立面(structural neutral plane)」の位置だ。

薄い板や梁が曲がるとき、その内部には長手方向に伸びも縮みもしない中立面が存在する。中立面から離れた位置ほど曲げによる引張・圧縮歪みが大きくなり、単純な曲げモデルでは、歪み と曲率 、中立面からの距離 $y$ の関係は次の式で表される。

この関係から、圧電層と中立面の距離を広げれば、同じ曲率でも圧電材料により大きな歪みを与えられることが分かる。しかし、メッシュ全体を厚くすると曲げ剛性も高くなり、柔らかい心筋組織がメッシュを十分に変形させられなくなる。一般に梁の曲げ剛性は厚みの3乗に比例するため、単純な厚膜化では逆効果になりかねない。

そこで採用されたのが、発電部分だけを厚くする「局所構造工学(local structural engineering)」だ。研究チームは配線部分の厚さを3.7μmに保ちながら、PZT素子の上にあるSU-8保護層だけを局所的に約8.5μmまで厚くした。これにより、メッシュ全体の柔軟性を維持しつつ、発電部分では中立面をPZT層の中心から離し、曲げ歪みを増幅できる構造にした。

この変更によって、心筋拍動時にPZT層へ加わる平均歪みの理論値は約 に達した。局所厚膜化を行わない場合の曲率から求めた理論値(約 )の3倍以上であり、初期メッシュで推定された約 と比べても10倍以上に相当する。

発電性能にも大きな改善が見られた。測定器で直接観測された電圧振幅は、初期設計の約1.4mVから30〜50mVに上昇した。寄生容量の影響を補正した開放電圧の推定値は450〜750mVとなり、初期設計の約9mVに対して約50〜80倍に達した。1回の拍動で得られるエネルギーは約7pJ(ピコジュール)と算出された。

主要な測定結果を整理すると、次のようになる。なお、歪みの実測値・推定値と電圧の測定条件はそれぞれ異なり、ベンチトップ試験と培養組織を使った試験を同一条件として比較することはできない。

評価条件 PZT層の歪み 電圧振幅 特徴
初期メッシュ 約 実測約1.4mV、校正後推定約9mV 柔軟だが圧電層に十分な歪みが伝わらない
局所構造工学メッシュ 約 (理論値) 実測30〜50mV、校正後推定450〜750mV 中立面の位置を調整し、局所的な歪みを増幅
ベンチトップ座屈試験 約 $10^{-3}$ 平均 $0.49\pm0.011$ V 外部装置で比較的大きな変形を加えた機械試験

さらに研究チームは、改良後のメッシュが体積あたり10μW/cm³を超える実効出力密度を達成したと報告している。従来の表面貼付型エネルギーハーベスターの多くは1μW/cm³未満とされており、10倍を超える水準に相当する。なお、μW/cm³は単位体積あたりの電力を表すため、厳密には「エネルギー密度」ではなく「体積出力密度(体積電力密度)」と呼ぶのが適切だ。

今回の改善は、新しい圧電材料の開発によるものではない。使用したPZT薄膜のエネルギー変換効率は約3.5%とされており、材料自体に特別な性能向上があったわけではない。従来の構造では発電に寄与しない厚い支持基板が体積の大部分を占めていたが、研究チームはこれを多孔質メッシュに置き換えた。さらに、中立面の位置を局所的に制御することで、細胞が生み出す小さな変形を効率よく圧電素子へ伝えられるようにした。材料の性能ではなく、構造と力学的な設計によって出力密度を高めた点が、今回の研究の重要な成果である。

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実用化には鉛の安全性と絶対出力の向上が不可欠

今回の成果は、生体組織と一体化した発電素子の可能性を示したものだが、ペースメーカーなどの医療機器を動かすには、なお大きな課題が残されている。特に重要なのが、鉛を含む圧電材料の安全性と、実際に取り出せる電力の絶対量だ。

まず、今回使用したPZTには有害な鉛(Pb)が含まれている。鉛が体内へ漏れ出せば神経系や臓器に悪影響を及ぼすおそれがあるため、長期間体内に埋め込む医療機器では厳格な安全性の確認が必要になる。研究チームは、ポリイミドとSU-8による高分子絶縁層で素子を保護し、細胞培養液の中で2か月以上にわたって安定した電気絶縁性を維持できることを確認した。また、生細胞と死細胞を識別する染色試験では、メッシュ上で培養された心筋細胞が、通常の培養条件と同等の高い生存率と代謝活性を示した。

ただし、これらの結果が保証するのは、あくまで体外培養環境での短中期的な適合性である。生体内では体液への長期曝露に加え、拍動による繰り返し変形や免疫反応など、より厳しい条件にさらされる。数年から数十年にわたる使用を想定した場合、数μmの高分子被覆に微細な亀裂や欠陥が生じず、鉛を確実に封じ込め続けられるかを検証しなければならない。将来的には、ニオブ酸カリウムナトリウム(KNN)など、鉛を含まない圧電材料への置き換えも重要な研究課題となる。

もう一つの大きな課題が、発電量そのものの不足だ。体積出力密度は10μW/cm³を超えたものの、単一の発電ユニットから取り出せるエネルギーは、1回の拍動あたり約7pJにとどまる。これは微小な素子の体積で規格化した出力密度が高くても、装置全体として得られる電力がまだ非常に小さいことを意味する。一般的なペースメーカーの連続動作には数μWから数十μW程度の電力が必要とされ、今回の素子単体の出力との間には大きな隔たりがある。研究チームも、外部の医療機器を発電素子だけで駆動する実証までは行っていない。

さらに、今回はメッシュ内の複数の発電ユニットを個別に測定しており、アレイ全体の電力をまとめて取り出す回路は実装していない。心筋組織では電気的な興奮が伝わるにつれて各部位が時間差を伴って収縮するため、発電ユニットごとに電圧パルスの位相がずれる可能性がある。将来的に多数の素子を組み合わせるには、各ユニットの出力を整流・統合し、蓄電素子へ効率よく送るパワーマネジメント回路との統合が必要になる。

研究チームは、出力を拡大する方法としてメッシュの三次元積層も想定している。超薄型で柔軟な構造を生かし、複数のメッシュ層を組織内に配置できれば、平面方向の設置面積を大きく増やさずに発電量を高められる可能性がある。また、今回使用した培養心筋組織は厚さ数十μm程度だったのに対し、実際の心臓壁は数mmから1cm以上の厚みを持つ。将来、こうした厚い組織と安全に一体化できれば、より大きな力学的変形を利用できる可能性もある。ただし、積層による出力向上や生体内での長期動作は、現時点では実証されていない。

今回の研究が示したのは、発電素子を臓器の表面に貼り付けるのではなく、生体組織の内部に組み込み、その自然な運動から電力を取り出すという新たな設計手法だ。従来の圧電材料を使いながら、支持構造の削減と中立面の制御によって出力密度を大幅に高めたことには、工学的な意義がある。

一方、今回の技術が電池不要の埋め込み型医療機器につながるかどうかは、今後の検証次第だ。動物を使った生体内実験で組織との一体化を維持できるか、繰り返し変形に耐えながら有害物質の漏出を防げるか、そして実際の医療機器を動かせるだけの電力を安定して取り出せるか。これらの課題を解決できるかが、研究室での概念実証から医療応用へ進むための鍵となる。