低価格帯のスマートフォンが、静かに選択肢を減らしつつある。新興国市場を支えてきた400ドル以下のモデルで値上げや仕様据え置きの動きが相次ぎ、「以前より選べる機種が少なくなった」という体感を持つ読者も多いはずだ。背景にあるのは、AIデータセンター向け需要に押されたメモリ価格の急騰である。

Omdiaが2026年7月7日公開のブログで示した予測は、この体感を具体的な数字に置き換える。400ドル以下の機種は2026年に前年比22%超落ち込み、400ドル超の機種は逆に5.7%伸びるという。市場全体が12%縮小する中で、価格帯ごとに明暗が分かれる二極化が進行している。

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400ドル以下は22%減、400ドル超は5.7%増という溝

同じ市場が12%縮む中で、価格帯によってこれほど明暗が分かれる予測は珍しい。この落ち込みの重みは、複数の調査会社が独立に同じ方向を示している点にある。IDCは2026年2月26日発表で、世界出荷を11.2億台、前年比12.9%減とし、「統計開始以来最大の落ち込み」になると分析した。平均販売価格(ASP、Average Selling Price)も前年比14%増の523ドルに達するとみる。

IDCのFrancisco Jeronimoは、この状況を一時的な逼迫ではなく「津波のような衝撃」だと表現した。Counterpoint自身も予測を段階的に下方修正しており、2025年12月時点(GSMArenaが報じた)の2.1%減から、2026年2月に12.4%減、2026年5月には13.9%減(10.8億台)まで悲観度を強めている。Omdia、IDC、Counterpointの数字は算出時期も算出主体も異なり単純合算はできないが、いずれも過去に例のない下げ幅を示す点で一致している。

400ドルという線引きの重みは、部材コストの内訳に表れる。Omdiaの分析によれば、2026年1〜3月期(1Q26)時点でメモリがBOM(部材コスト、Bill of Materials)に占める比率は、400ドル以下の機種で約60%99ドル以下の機種では64%を超えるという。この比率は2025年7〜9月期(3Q25)からの半年でほぼ倍増し、400ドル超の機種でも100%超上昇した。原価に占めるメモリの比重がここまで跳ね上がれば、価格転嫁するか性能を落として耐えるかの二択しか残らない。

AIがスマホ向けメモリを奪う仕組み

生成AIの学習や推論を支えるデータセンターは、HBM(広帯域メモリ、High Bandwidth Memory)や高性能サーバー向けDRAM(データを一時的に保持する半導体メモリ)を大量に必要とする。半導体メーカーの製造ラインは有限であり、Samsung、SK hynix、Micronはウェハー投入量の配分を、単価が高く長期契約で確保しやすいHBMやサーバー向けにシフトさせている。この結果、スマートフォン向けの汎用DRAMやNAND(電源を切ってもデータを保持するフラッシュメモリ)に回る生産能力が実質的に減り、需給が逼迫する構造になっている。

TrendForceが2026年7月3日発表した予測では、2026年7〜9月期(3Q26)の汎用(Conventional)DRAM契約価格は前四半期比13〜18%上昇、NAND契約価格は10〜15%上昇する見通しだ。この上昇率は2026年1〜2四半期に記録した58〜95%という急騰に比べれば鈍化しているものの、上昇自体は3四半期連続で続く計算になる。大幅な能力増強は2027年後半から2028年より前には見込みにくいとの分析もあり、当面はメモリメーカーが供給の配分先を選べる状態が続く。

配分の優先順位が低いのが、まさに400ドル以下のスマートフォン向けメモリだ。高価格帯の機種はメモリ搭載量を増やしてでも性能を維持する体力があるが、低価格帯の機種はもともと薄い利幅をメモリ高騰がそのまま食いつぶす。Zaker Li(Omdia Principal Analyst, Mobile Devices)は、メモリ価格の上昇が今後数四半期にわたり続くにつれ、状況はさらに悪化すると分析している。

スマートフォン1台の中では、DRAMは動作中のデータを一時的に扱う作業用メモリ(いわゆるRAM)として、NANDは電源を切っても写真やアプリを保持するストレージとして、それぞれ別の役割で搭載されている。今回はその両方が同時に値上がりしており、1台あたりのコスト増が二重に効いてくる点が、過去の高騰局面と比べても厳しい。

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2016〜2018年のDRAM高騰と何が違うのか

メモリ価格の急騰は今回が初めてではない。業界の値動きを振り返る分析では、2016年6月から2018年1月にかけてDRAM価格が約3倍に跳ね上がった局面が指摘されている。当時はPC・スマートフォン・サーバー向け需要が重なる一方でウェハー生産能力の増強が追いつかず、メモリメーカーが大型ファブへの投資を積み増した結果、2019年には価格が沈静化に転じた。

2016〜2018年はスマホやPCという「増設すれば追いつける」需要だったのに対し、現在はAIデータセンターというメモリメーカー自身が汎用品の増産を急ぐ動機を持たない需要が牽引している。HBMやサーバー向けDRAMは利益率が高く、メーカーにとって汎用DRAMの増産よりHBMラインへの投資を優先する合理性がある。需要の主体がスマートフォン自身から離れた点に、今回のサイクルの厄介さがある。業界分析が示す「2027年後半から2028年より前には大幅増産を見込みにくい」という時間軸は、前回サイクルの沈静化までにかかった期間とほぼ同等か、それ以上の長さになる可能性を示す。

双方の時間軸を重ねると、Omdiaが示す「今後数四半期での悪化」と「2027年後半以降にならないと大幅増産を見込みにくい」という業界分析の間には、1年以上の空白がある。この期間はメーカーが価格転嫁で耐えるか、機種数を減らすかの選択を迫られる期間そのものだ。22%という減少幅は、その選択の結果を先取りした数字だと読める。

恩恵を受ける企業、締め出される企業

Samsung、SK hynix、Micronは、AI向け需要への出荷を優先しながらスマホ向けメモリでも値上げを進められる立場にある。供給が絞られるほど交渉力が増すこの構図は、価格転嫁力を持つ側にとって利益拡大の局面そのものだ。AppleやSamsung Electronicsの端末事業も、もともと400ドル超の価格帯を主戦場とするため、市場が高価格帯にシフトする5.7%成長の恩恵をそのまま受け取れる。

一方、Transsion、Xiaomi、OPPO、vivo、Honorといった新興国市場向けブランドは、薄利のビジネスモデルそのものが揺らぐ。Omdiaは、これらのメーカーが薄利を維持するため小売価格の引き上げに動いていると指摘する。Counterpointの分析でも、ローエンド機種のBOMコストは2025年初来25%上昇し、ミッドレンジの15%、ハイエンドの10%を大きく上回る。GSMArenaが伝えたところによれば、Counterpointのアナリスト、Yang Wangは、低価格帯では大幅な値上げは持続可能ではないと指摘したという。値上げの余地が乏しい価格帯ほど、コスト増をそのまま利益の目減りとして受け止めるしかない。

同じ構図は日本の市場にも及ぶとみられる。arrows WeやAQUOS wishのような国内向け低価格ラインも、海外ブランドと同じ世界共通のメモリ供給網を使う以上、コスト上昇と無縁ではいられない。AQUOS R11の約5万円値上げ、Xperia 1 VIIIの約3万円値上げは、日本でもミッド〜ハイエンド帯で価格転嫁がすでに始まっている実例だ。IDCの当初シナリオでも世界全体で平均8%程度の値上げが見込まれるとされており、その後の予測がASP14%増(523ドル)まで上振れしたことを踏まえれば、日本の消費者にとっても遠い市場の話ではない水準にある。

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6.4万円ラインの攻防と供給拡大までの距離

400ドルという基準は、2026年7月3日時点のドル円相場(161円台)で換算するとおおよそ6.4万円に相当する。日本のキャリア店頭で言えば、エントリー〜ローミッドの価格帯そのものであり、TranssionやXiaomiが直面する22%減という数字は対岸の市場の話ではない。

メモリ価格の上昇は、需要が一巡すれば収まる循環的な現象として語られてきた。しかし今回牽引しているのはAIデータセンターであり、メモリメーカーにとってはスマホ向け汎用品よりHBMやサーバー向けの方が利益率が高い。増産の優先順位がスマホの低価格帯に戻ってくる保証はなく、2027年後半から2028年より前には大幅増産を見込みにくいとされる時期まで、400ドル以下の機種は退場を迫られる側に立たされ続ける。

コスト吸収の手段はすでに動き出している。Omdiaは、ハイエンド機で有機ELパネルを消費電力の低いLTPO方式からLTPS方式(低温ポリシリコン方式、部材コストの低い旧世代のパネル技術)に戻すことで1台あたり3〜5ドル600ドル超の機種でSoC(スマートフォンの中核となるプロセッサーチップ)の世代を1つ据え置くことでSoC自体の調達コストを30〜40%抑える動きを挙げている。こうした値上げ以外の設計側の工夫がどこまで低価格帯にも波及するかが、22%という減少幅がさらに広がるか、それとも下げ止まるかを左右する分かれ目になる。