テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

Microsoftも支援したBuilder.aiが破産:15億ドル評価のAI企業が実は700人の手動コーディングだった全貌

Y Kobayashi

2025年6月4日6:15AM

AI技術を活用した自動アプリ開発を謳い、Microsoftやカタールのソブリンファンドから5億ドル以上を調達したユニコーン企業Builder.aiが、実際には700人以上のインド人エンジニアによる手動コーディングで運営されていたことが発覚し、2025年5月に破産申請に追い込まれた。評価額15億ドルから一転しての崩壊は、AI業界で横行する「AIウォッシング」の深刻さを浮き彫りにしている。

スポンサーリンク

Builder.aiの華麗なる虚構:「AIがピザを注文するように簡単にアプリを作る」

Builder.aiは2016年にEngineer.aiとして設立され、「Natasha」と名付けられたAIシステムが顧客の要望を聞き取り、数日から数週間で完全に機能するアプリケーションを自動生成すると宣伝していた。創業者のSachin Dev Duggal氏は自らを「Chief Wizard(チーフ・ウィザード)」と称し、「ソフトウェア開発の民主化」を掲げて投資家を魅了した。

同社のマーケティング資料では、NatashaがWebコードを理解し、どこをクリックすべきか、何を入力すべきかを自律的に判断する「ディープラーニングモデル」を使用していると説明。長期短期記憶(LSTM)、自然言語処理、強化学習を組み合わせた最先端のAI技術により、人間の介入なしにアプリ開発が可能だと主張していた。

この革新的なビジョンに惹かれ、2023年にはMicrosoftが4億4500万ドルを投資。カタールのソブリンファンドQIAやCoatue、Forerunner Venturesなどの著名VCも出資し、総額5億ドル以上の資金調達に成功。評価額は15億ドルに達し、英国発のAIユニコーンとして注目を集めた。

暴かれた実態:インドの秘密オフィスと700人のエンジニア軍団

しかし、華やかな表舞台の裏では、まったく異なる現実が進行していた。Bloombergの調査報道によると、Builder.aiはインドのノイダとバンガロールに秘密のオフィスを構え、700人以上のエンジニアを雇用。彼らが実際にコーディング作業を行っていたのだ。

元バンガロールのエンジニアは「私たちは自分の居場所を絶対に明かさず、インド英語のフレーズを使わないよう指示されていました」と証言。更新のタイミングも英国の営業時間に合わせ、あたかもロンドンのAIが処理しているかのように偽装していた。

内部のSlackメッセージでは、幹部が「ポジショニングは我々の独自AIに焦点を当てるべきだ。人的労働はストーリーの一部ではない」と指示。投資家向け資料では「人間労働の可視性を最小限に」するよう従業員に命じていた。

さらに衝撃的なのは、同社が宣伝していた「AIによる自動化」の実態である。プラットフォームの応答は事前に用意されたテンプレートに基づき、インドのエンジニアたちが顧客の要望に合わせてカスタマイズしていただけだった。つまり、革新的なAI技術など存在せず、従来のオフショア開発を「AI」という看板で包装していたに過ぎなかった。

財務不正の発覚:売上300%水増しと循環取引スキーム

技術的な偽装だけでなく、Builder.aiは財務面でも深刻な不正を行っていた。2025年4月、Bloombergはインドのソーシャルメディア企業VerSe Innovationとの間で2021年から2024年にかけて行われた循環取引スキームを暴露した

両社は数百万ドルに上るほぼ同一の請求書を交換し、実際には提供されていないサービスの対価として支払いを行っていた。この手法により、Builder.aiの売上高は最大300%も水増しされていた。監査の結果、2024年の実際の売上高はわずか5500万ドルで、投資家に報告されていた2億2000万ドルとは大きくかけ離れていた。

債権者のViola Creditは財務不正を発見後、Builder.aiの口座から3700万ドルを差し押さえ。同社には制限付き資金500万ドルしか残されていなかった。さらに、AmazonとMicrosoftへのクラウドサービス料金として、それぞれ8500万ドルと3000万ドルの未払い債務が発覚した。

崩壊への道:大量解雇と破産申請

2025年2月、創業者のDuggal氏はCEOを辞任し、ドバイへ移住。後任のManpreet Ratia氏は就任早々、全従業員の約80%にあたる1000人の大量解雇を実施した。そして5月20日、従業員への電話会議で破産申請を発表。「歴史的な課題と過去の決定から回復することができなかった」と説明した。

現在、米国司法省南部ニューヨーク地区検事局が証券詐欺の疑いで財務記録と顧客リストを召喚。SECも投資家への虚偽説明について調査を進めている。ChatGPTの登場以降、AI分野で最大規模のスタートアップ破綻となった。

スポンサーリンク

Nate事件が示すAIウォッシングの構造的問題

Builder.aiの崩壊と時を同じくして、もう一つのAIウォッシング事件が明るみに出た。AIショッピングアプリ「Nate」の創業者Albert Saniger氏が、2025年4月に詐欺罪で起訴されたのだ。

Nateは2018年の設立以来、「AIがあらゆるeコマースサイトでワンクリック購入を実現する」と宣伝。ユーザーが商品を選んで「購入」をタップすれば、AIがサイズ選択から決済、配送先情報の入力まですべて自動で処理すると謳っていた。

Saniger氏は投資家に対し、Nateが「カスタムビルドのディープラーニングモデル」を使用し、「ニューラルネットワークが何をすべきか決定する」と説明。処理能力は1日最大1万件、成功率は93〜97%と豪語していた。この技術力を背景に、CoatueやForerunner Venturesなどから5000万ドル以上の資金調達に成功した。

「自動化率は実質0%」という衝撃の事実

しかし米司法省の調査で明らかになった実態は驚くべきものだった。Nateの自動化率は「実質的に0%」。すべての取引は、フィリピンとルーマニアの数百人の請負業者によって手動で処理されていた。

Saniger氏は従業員に対し、手動チームの存在について他の従業員とさえ話さないよう指示。請負業者にはソーシャルメディアからNateへの言及を削除させ、自動化率を示す社内ダッシュボードへのアクセスも「企業秘密」を理由に制限していた。

特に悪質だったのは、投資家がNateアプリを試用する際には、フィリピンの請負業者に優先的に処理させ、最高のパフォーマンスを体験できるよう操作していたことだ。2022年6月にThe Informationが人力依存を報じた後も、Saniger氏は虚偽の説明を続けていた。

結局、Nateは機能するAIを開発できず、2023年1月頃に資金が枯渇。投資家は「ほぼ全損失」を被った。Saniger氏は証券詐欺罪と通信詐欺罪で起訴され、有罪となれば最高で懲役20年の刑が科される可能性がある。

AIウォッシングの系譜:繰り返される「人力AI」の歴史

Builder.aiとNateの事件は氷山の一角に過ぎない。AI業界では同様の「AIウォッシング」が繰り返し発生している。

Presto Automationは、ファストフードのドライブスルー向けAI音声注文システムを提供すると謳っていたが、2023年のSEC提出書類で注文の約73%がフィリピンなどの遠隔地のオペレーターによって支援されていたことを認めた。

EvenUpは法律技術分野のAIユニコーン企業とされていたが、Business Insiderの報道により、請求書作成などの作業の多くを人間が行っていたことが判明した。

これらの事例に共通するのは、労働集約的な作業を低賃金国の労働者にアウトソースし、それを「AI」として販売するビジネスモデルだ。投資家のAIへの過剰な期待と、技術的な検証の甘さが、このような詐欺的行為を可能にしている。

なぜAIウォッシングは起きるのか

AIウォッシングが横行する背景には、複数の構造的要因がある。

第一に、真のAI開発の困難さと高コストだ。自然言語処理や画像認識などの特定タスクでは大きな進歩があったものの、人間のような汎用的な判断力を持つAIの実現は依然として困難である。特に、個別のビジネスロジックを理解し、複雑な意思決定を行うAIの開発には膨大な時間と資金が必要となる。

第二に、投資家側の問題がある。AI分野への投資競争が過熱する中、技術的なデューデリジェンスが不十分なまま投資判断が下されるケースが少なくない。「AI」というバズワードに惑わされ、実際の技術検証を怠る投資家の存在が、詐欺的なスタートアップに付け入る隙を与えている。

第三に、スタートアップ文化の負の側面だ。「Fake it till you make it(成功するまで偽れ)」という考え方が、時に倫理的な境界線を越えさせる。初期段階で人力に頼ることは必ずしも悪いことではないが、それを隠蔽し、存在しない技術があるかのように偽ることは明らかな詐欺行為である。

スポンサーリンク

AIウォッシング時代の教訓:透明性と検証可能性の重要性

Builder.aiとNateの崩壊は、AI業界全体に重要な教訓を突きつけている。

投資家にとっては、技術的なデューデリジェンスの徹底が不可欠だ。単にデモを見るだけでなく、実際のシステムアーキテクチャや処理フローを詳細に検証する必要がある。特に、人的リソースの関与度合いや、自動化率の定量的な測定は必須項目となるだろう。

企業側には、技術の現状について透明性を持つことが求められる。多くのAI企業が初期段階で人力に頼ることは現実的なアプローチだが、それを隠蔽するのではなく、ロードマップとして明確に示すべきだ。「現在は人力が70%だが、3年後には20%まで削減する」といった具体的な計画を投資家と共有することが、健全な成長につながる。

規制当局も動き始めている。米国ではSECがAIウォッシングの取り締まりを強化し、EUでもAI規制法の中で虚偽表示への罰則が検討されている。日本でも、消費者庁がAI表示に関するガイドライン策定を進めている。

真のAI革新に向けて

AIウォッシングの横行は、短期的にはAI業界全体の信頼性を損なう。しかし、これらの事件を教訓として、より健全で持続可能なAI開発のエコシステムが構築される可能性もある。

重要なのは、AIを万能の解決策として過大評価するのではなく、現実的な期待値を持つことだ。現在のAI技術には明確な限界があり、多くの場面で人間の判断や創造性が不可欠である。この現実を受け入れた上で、AIと人間が協働する最適な形を模索することが、真のイノベーションにつながるはずだ。

Builder.aiの15億ドル評価からの転落は、AIバブルの終わりの始まりかもしれない。しかし、それは同時に、より成熟したAI産業の幕開けでもある。虚飾を排し、実質的な価値創造に焦点を当てる企業こそが、次の時代をリードしていくことになるだろう。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

「Microsoftも支援したBuilder.aiが破産:15億ドル評価のAI企業が実は700人の手動コーディングだった全貌」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: Builder.ai破綻の真相:700人のインドエンジニアが「AI」を偽装、Microsoft出資の4億4500万ドル調達企業が破産 - ファンキーサイト

コメントする