カナダは2026年10月30日、モントリオールで開催されたEU・カナダ首脳会議で、欧州高性能計算共同事業体(EuroHPC JU)の39番目の参加国となった。カナダのMark Carney首相は、欧州初のエクサスケール級スーパーコンピューター「JUPITER」を利用できることを参加の成果として強調した。しかし、EuroHPC JUの利用規定を確認すると、今回の参加によって新たに開かれるのは、JUPITERよりもAIファクトリーやAIギガファクトリーの計算資源である可能性が高い。2020年より後に調達されたスーパーコンピューターの利用規定には、以前からHorizon Europeの準参加国も対象として含まれており、カナダは2024年から同プログラムに準参加しているためだ。ただし、カナダが実際に利用できる計算資源の規模は、今後明らかになる拠出額や利用時間の配分によって決まる。
カナダが39番目の参加国に、首相は「6か月の計算が1日で終わる」と強調
今回の首脳会議では、EUとカナダが包括的な協力関係を強化するため、「未来のための同盟(Alliance for the Future)」を打ち出した。その一環として、カナダはEuroHPC JUへの参加を決めた。EuroHPC JUは、EUと参加国が資金を拠出し、スーパーコンピューターやAI計算基盤を共同で調達・運用する組織である。首脳会議の共同声明では、今回の参加を高性能計算分野での協力を強化する一歩と位置づけており、欧州委員会も、カナダが他の参加国と同様に欧州の高性能計算(HPC)、AI、量子コンピューティングの計算資源を利用できるようになると説明している。
Carney首相は首脳会議後の演説で、カナダの研究者にとって今回の参加は「JUPITERへのアクセス」を意味すると述べた。さらに、カナダ最大の研究用スーパーコンピューターで6か月を要する計算を、JUPITERなら1日で終えられると説明した。ただし、比較対象としたカナダ側のシステム名や計算内容、性能評価の条件は示されていない。そのため、「6か月が1日になる」という数値は首相の発言として捉えるべきであり、一般的な計算性能の比較結果として扱うことはできない。
カナダより前にEuroHPC JUへ参加した非EU諸国には、英国、アルバニア、モルドバ、スイスがある。スイスは2025年11月11日に38番目の参加国となり、カナダがこれに続いた。ただし、スイスとアルバニアの利用者は、EuroHPC JUに正式参加する以前から、Horizon 2020の準参加国として欧州のスーパーコンピューターを利用できていた。つまり、EuroHPC JUへの正式参加と、その計算資源を利用する資格の取得は、必ずしも同時に起こるわけではない。
JUPITERは参加前から利用可能だった可能性、AIギガファクトリーとの違い

EuroHPC JUが整備するスーパーコンピューターの計算資源は、そのすべてが一般公募によって割り当てられるわけではない。利用規定によると、EuroHPC JUが管理するEU配分の利用時間は、ペタスケール級システムでは総容量の35%、プレエクサスケール級とエクサスケール級では最大50%となっている。この利用時間が公募を通じて研究機関や企業に配分され、現時点では無料で利用できる。したがって、カナダの研究者がJUPITERを利用できるかどうかを判断するには、カナダがEU配分の利用資格を満たしているかを確認する必要がある。
その利用資格は、スーパーコンピューターの調達時期によって異なる。2020年より後に調達されたシステムについて、利用規定はEU加盟国、EuroHPC JU参加国、またはDigital Europe ProgrammeやHorizon Europeの準参加国に拠点を置く研究者や企業を、EU配分の対象としている。重要なのは、EuroHPC JUの正式な参加国でなくても、関連するEUの研究・デジタル政策プログラムに準参加していれば、利用資格を得られる仕組みがあることだ。
JUPITERの調達契約が結ばれたのは2023年10月で、2025年6月の世界スーパーコンピューター性能ランキング「TOP500」に初めて登場し、4位に入った。したがって、2020年より後に調達されたシステムの利用規定が適用される。一方、カナダは2024年7月3日に、Horizon Europeの第2の柱(Pillar II)に限定した準参加協定に署名している。利用規定の文言をそのまま解釈すれば、カナダの研究者や企業は、今回EuroHPC JUへ正式参加する以前からJUPITERの利用資格を持っていたことになる。
一方、AI計算基盤については、利用資格の条件がサービスや公募によって異なる。AIファクトリーのFAQでは、科学研究向けの公募に応募できる対象を、EU加盟国またはHorizon 2020の準参加国に拠点を置く研究機関や企業と説明している。しかし、実際の公募規約では、2020年より後に調達されたスーパーコンピューターについて、Digital Europe ProgrammeやHorizon Europeの準参加国に拠点を置く組織も対象としている。このため、AIファクトリーの科学研究向け計算資源についても、カナダの研究者は正式参加前から利用資格を持っていた可能性がある。
公開されている産業向けの公募規約にも、2020年より後に調達されたシステムではHorizon Europe準参加国の組織を対象とする条件がある。この点を踏まえると、AIファクトリーへのアクセスが今回初めて認められたと断定することはできない。これに対して、AIギガファクトリーの公募文では、AIファクトリーとともに、EuroHPC JUの参加国に居住する公的機関や民間利用者へAI計算資源と関連サービスを提供すると説明されている。さらに、AIギガファクトリーの利用時間はEuroHPC JUと一部の参加国が共同で調達する仕組みとなっている。
こうした規定を比較すると、カナダの正式参加によって利用資格が新たに広がる可能性が最も高いのは、AIギガファクトリーの計算資源だと考えられる。ただし、カナダのHorizon Europeへの準参加はPillar IIに限定されており、この形態がEuroHPC JUの利用規定でいう「準参加国」に該当するかは明記されていない。AIファクトリーのFAQが今後改訂されるかどうかも不明である。さらに、AIギガファクトリー自体がまだ選定前の段階にあり、カナダ向けの利用時間も決まっていないため、現時点では利用資格の可能性と実際の計算資源の確保を区別する必要がある。
JUPITERの計算性能はカナダの登録システム合計の約6.5倍
JUPITERの性能規模を把握するため、2026年6月のTOP500の数値を比較すると、JUPITER BoosterのHPL実効性能は1,000.00ペタFLOPSに達している。一方、同じランキングに登録されたカナダ国内の17システムの合計は153.01ペタFLOPSだった。両者を比較すると、JUPITER Booster単体の性能は、カナダ国内の登録システムの合計に対して約6.54倍、すなわち約6.5倍となる。ただし、これはHPLベンチマークの実効性能を比較したものであり、Carney首相が述べた「6か月の計算が1日で終わる」という説明を裏付けるものではない。
同じTOP500では、日本国内の44システムのHPL実効性能の合計が1,517.87ペタFLOPSとなっており、JUPITER Booster単体の約1.5倍に相当する。日本はEuroHPC JUの参加国ではないものの、欧州との高性能計算分野での協力を進めている。2025年6月11日には、EuroHPC JUと理化学研究所計算科学研究センター(R-CCS)が、HANAMIプロジェクトの枠組みで欧州の研究者によるスーパーコンピューター「富岳」の利用を可能にするため、意向書に署名した。正式な参加国でなくても、個別の協力枠組みを通じて計算資源を相互利用する道があることを示す事例だ。
ただし、TOP500の数値は、各国が保有する計算資源の全体像を示すものではない。HPL実効性能はAIモデルの学習や推論における性能と一致せず、ランキングに登録されていない商用GPUクラスターなども集計には含まれない。また、カナダの研究者がJUPITERを利用できるとしても、システムの総容量を自由に使えるわけではない。エクサスケール級システムでは最大50%のEU配分が公募対象となり、その利用時間を他の参加国や準参加国の研究者・企業と分け合うことになる。
実際にカナダがどれだけの計算資源を確保できるかを判断するための情報は、まだ公表されていない。欧州委員会のニュース、EUとカナダの共同声明、カナダ首相府の背景資料、EuroHPC JUの告知のいずれも、カナダの拠出額や利用時間の配分、利用開始日について具体的な数字を示していない。そのため、今回の参加をもって、カナダの研究者が一定量の計算資源を新たに確保したと判断することはできない。
AIギガファクトリーの公募は2026年7月30日に始まり、2027年初めに最大7か所が選定される予定だ。計算資源の利用時間はEuroHPC JUと一部の参加国が共同調達するため、カナダがこの枠組みに加わるかどうかが重要になる。仮に共同調達に参加した場合でも、カナダ向けに配分される利用時間や条件が公表されるまでは、研究者や企業が実際に利用できる規模を見積もることは難しい。
2027年初めの選定が焦点、カナダの計算資源はどこまで増えるのか
今回の参加によって新たに開かれるのは主にAIギガファクトリーの計算資源だという見方には、重要な留保がある。最大の問題は、カナダのHorizon Europeへの準参加がPillar IIに限定されている点だ。もしEuroHPC JUの利用規定において、この限定的な準参加が対象として認められていなかったのであれば、カナダの研究者は正式参加前にはJUPITERの利用資格を持っていなかったことになる。その場合、今回の参加によってJUPITERへのアクセスも新たに認められたことになり、Carney首相の説明は規定上も妥当なものとなる。
欧州委員会はカナダについて、2024年からHorizon Europeに準参加していると説明しており、準参加の範囲による利用資格の違いには触れていない。そのため、カナダが以前からEuroHPC JUの利用資格を満たしていたという解釈も成り立つが、Pillar IIに限定した準参加が具体的にどう扱われるかを確認できる文書は示されていない。この点が明確になるまでは、JUPITERへのアクセスが以前から認められていたのか、それとも今回の参加によって初めて可能になったのかを断定できない。
一方、AIギガファクトリーについても、正式参加によって直ちに計算資源が確保されるわけではない。公募文では、施設の立地はEU加盟国とされ、公的資金はEUと加盟国が拠出する仕組みになっている。また、利用時間の共同調達に参加するのは一部の参加国とされており、すべての参加国が同じ規模の利用時間を得られるとは限らない。カナダが共同調達に加わらない場合や、拠出額が小さい場合には、実際に利用できる計算資源が限られる可能性がある。
欧州との協力が、カナダのAI計算基盤の強化にどの程度つながるかについても慎重な見方がある。カーネギー国際平和財団のAnton Leicht氏は、Politicoの取材に対し、計算資源をめぐる協力はAI分野で中堅国同士が短期的に取り組める分かりやすい手段の一つだと評価する一方、現状では米国への実質的な依存を「ほとんど減らさない」と指摘した。米国がギガワット級の大規模計算クラスターを構築し続けるなか、計算資源の大幅な増設を伴わない協力だけでは、依存関係を大きく変えることは難しいという見方だ。
カナダ政府も、海外との連携とは別に国内のAI計算基盤の整備を進めている。2026年4月15日には、公的な大型AI向けスーパーコンピューターを整備するAI主権計算インフラ計画(SCIP)の公募を開始した。したがって、EuroHPC JUへの参加によって新たに何を利用できるようになるかという問題と、カナダの計算資源全体がどれだけ増え、米国への依存がどの程度低下するかという問題は、分けて考える必要がある。
今回の参加による実質的な効果を判断するには、今後公表される3つの情報が重要になる。第一に、EuroHPC JUまたはカナダ政府が、正式参加前のカナダの研究者に2020年より後に調達されたスーパーコンピューターの利用資格があったかどうかを明示することだ。以前は応募資格がなかったと確認されれば、今回の参加で新たに利用可能となった対象にはJUPITERも含まれることになる。
第二に、2027年初めのAIギガファクトリー選定で、カナダが利用時間の共同調達に参加するか、カナダの居住者向けの配分が設定されるかという点だ。共同調達への参加も配分も確認されなければ、今回の参加によってAIギガファクトリーの計算資源を新たに確保できるという見方は弱まる。第三に、カナダの拠出額がどの程度になるかも重要であり、ゼロまたは象徴的な金額にとどまる場合には、実質的な利用拡大の効果は限定的になる可能性がある。
当面の焦点は、2027年初めのAIギガファクトリー選定結果と、カナダの拠出額および利用時間の配分が明らかになるかどうかだ。カナダが共同調達に参加し、具体的な利用枠を確保できれば、国内のSCIPによって整備する計算基盤に加え、欧州のAI計算資源も研究開発や産業利用の選択肢となる。ただし、その実際の価値を判断するには、正式参加という制度上の地位だけでなく、利用できる計算量と条件を確認する必要がある。
