中国・成都で開催された半導体業界の主要イベント「ICCAD-Expo 2025」において、中国の国産GPUメーカーである象帝先(Xiang Dixian)が、同社の最新鋭GPU「伏羲(Fuxi)A0」を披露した。この発表が業界内で注目を集めている最大の理由は、これが英国Imagination Technologies社の高性能GPU IPである「DXD」アーキテクチャを採用し、かつ「量産」に到達した世界初の製品であると謳われている点にある。

NVIDIAやAMDといった米国勢が支配するGPU市場において、中国独自のサプライチェーン構築は国家的な課題となっている。その中で、モバイルGPUの覇者であったImaginationの技術をデスクトップおよび産業向けに転用し、実用段階に乗せたという事実は、様々な面で大きな意味を持つ出来事だ。

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独自アーキテクチャの結実:Imagination DXDと「伏羲」の融合

今回発表された「伏羲A0」は、象帝先が以前から開発を進めてきた国産GPUの最新イテレーションである。その核心にあるのは、モバイルグラフィックスの分野で長年「PowerVR」として名を馳せたImagination Technologiesの技術だ。

モバイルからデスクトップへ:DXDアーキテクチャの真価

Imagination Technologiesは、AppleのiPhone向けGPUを提供していたことでも知られる英国のIPベンダーである。同社は近年、モバイル向けだけでなく、デスクトップPCやデータセンター、クラウドゲーミング市場への再参入を狙っており、その戦略的製品が「DXD」アーキテクチャである。

象帝先が採用したこのDXD IPは、以下の特徴を持つとされる。

  • 5nmプロセス製造: 微細化プロセスを採用することで、電力効率とトランジスタ密度を高めている。
  • ハードウェアレイトレーシング: 現代のグラフィックス処理に不可欠な光線追跡技術をハードウェアレベルでサポート。
  • 超解像技術(Super Resolution): AIやアルゴリズムを用いたアップスケーリング技術により、フレームレートと画質の両立を図る。

ICCADでの発表によれば、伏羲A0は前世代の製品と比較して「総合的なレンダリング性能が2倍以上」に向上しているという。これは、単なるクロックアップではなく、アーキテクチャの刷新による効率化が寄与していると考えられる。

スペックから読み解くポテンシャル

報道および公開資料から判明している、あるいは推測される主なスペックは以下の通りだ。

  • GPUコア: Imagination DXD-72-2304(推測)
  • メモリ: 12GB VRAM(GDDR6の可能性が高いが詳細は未公表)
  • 演算性能: 約160 TFLOPS(半精度またはAI演算を含む数値の可能性があり、単精度のFP32とは区別が必要)
  • APIサポート: Vulkan 1.3, OpenGL 4.6, OpenCL 3.0, DirectX 11 (Feature Level 11_0)

ここで特筆すべきは、VRAM容量が12GB確保されている点だ。これは現在のミドルレンジクラスのGPUとして標準的な容量であり、高解像度テクスチャを扱うゲームや、メモリ帯域を要求する産業用アプリケーションを意識した設計であることが窺える。

「ゲーム」と「産業」の狭間:ターゲット市場の戦略的選択

「中国製GPUで最新ゲームは動くのか?」
これは多くのテック愛好家が抱く疑問であろう。今回のICCADでの展示と報道からは、象帝先の極めて現実的かつ戦略的なポジショニングが見て取れる。

『黒神話:悟空』動作の真偽と実用性

一部の報道では、伏羲A0が中国の大ヒットゲーム『黒神話:悟空(Black Myth: Wukong)』をレイトレーシング有効化状態で平均35fps程度で動作させるデモを行ったと伝えられている。また、象帝先自身も「技術的な基礎を備えている」と言及している。

しかし、ここで注意が必要なのはAPIのサポート状況だ。伏羲A0はDirectX 12(特にUltimate)をサポートしておらず、DirectX 11_0までの対応にとどまっているとされる。現代のAAAタイトルの多く、特に『黒神話:悟空』のような最新タイトルはDirectX 12に最適化されているため、これが事実であれば、DX11モードでの動作か、あるいはVulkanラッパーなどを介した動作である可能性がある。

「ゲームが動く」ことと「ゲーミングGPUとして競争力がある」ことは同義ではない。35fpsという数値は、プレイアブルではあるものの、NVIDIAのRTXシリーズと比較すればエントリーレベルの性能だ。したがって、象帝先がコンシューマーゲーミング市場で即座にシェアを奪うとは考えにくい。

真の主戦場:デジタルツインと産業用ビジュアライゼーション

ICCADでの展示において、象帝先が最も力を入れていたのはゲームではなく、Lenovo New Vision(聯想新視界)との提携による産業用ソリューションのデモであった。

会場では、Lenovo New Visionの「Z-Engine 3Dレンダリングプラットフォーム」が伏羲A0上で動作し、スマートシティや工場監視などの大規模な3Dデジタルツインのレンダリングをリアルタイムで行う様子が披露された。

筆者はこの動きを以下のように分析する。

  1. ドライバの成熟度: ゲーミングGPU市場は、数多あるゲームタイトルごとの最適化(Game Ready Driver)が勝敗を分ける。新興メーカーにとってこの壁は極めて高い。
  2. B2Bの確実な需要: 一方で、産業用アプリケーションやデジタルツインは、特定のエンジン(この場合はZ-Engine)やAPI(OpenGL/Vulkan)に最適化すれば実用可能であり、中国国内の「信創(情報技術応用革新)」政策による官公庁・国営企業からの買い支えも期待できる。
  3. エコシステムの構築: Lenovoという巨大ハードウェアベンダーとの協業は、単体GPUカードとしての販売だけでなく、ワークステーションへのプリインストールという販路を開拓する大きな足掛かりとなる。

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「A0」と「B0」:AI時代を見据えた製品ロードマップ

興味深いことに、象帝先の戦略はグラフィックスだけに留まらない。報道によれば、「伏羲」シリーズには今回展示されたレンダリング特化の「A0」に加え、「B0」というバリアントが存在するという。

AI PCへの布石

「B0」は、GPUとNPU(Neural Processing Unit)を異種混合(ヘテロジニアス)で融合させた設計となっており、FP8(8ビット浮動小数点)データの精度をサポートするとされている。これは明らかに、推論処理や生成AIのモデル(例:DeepSeek R1 7Bなど)をエッジデバイス側で動作させる「AI PC」市場を意識したものだ。

現在、IntelのCore UltraやAMDのRyzen AI、そしてNVIDIAのGeForce RTX AI PCがこの市場で激突している。中国としては、ハードウェアレベルでAI処理可能な国産チップを供給することで、将来的なAIインフラの自立性を高めたい意図があることは明白だ。

構造的課題と今後の展望

象帝先の伏羲A0は、Imagination TechnologiesのIPを実製品化し、量産に漕ぎ着けたという点で技術的なマイルストーンを達成した。しかし、世界市場での競争力を論じるには、いくつかの構造的な課題を直視する必要がある。

ソフトウェアスタックの壁

ハードウェアがいかに優秀でも、ソフトウェアが追いつかなければただのシリコンの塊である。特に以下の点が懸念される。

  • DirectX 12の欠如: もし報道通りDX12のネイティブサポートが欠けているなら、最新の西側諸国のゲームタイトルやクリエイティブアプリとの互換性に大きな制限がかかる。
  • エコシステムの閉鎖性: 中国国内の特定の産業用アプリ(Z-Engine等)に特化することで生存を図る場合、グローバル市場への展開は困難になる。ガラパゴス化のリスクと、特定市場での独占的地位の獲得は表裏一体だ。

Imagination Technologiesの賭け

Imaginationにとっても、これは大きな賭けである。かつてモバイル市場で覇権を握りながらもAppleの独自GPU移行により苦境に立たされた同社は、中国資本の背景を持ちつつ、再び高性能GPU市場へ挑んでいる。象帝先による量産化の成否は、DXDアーキテクチャが「モバイルの拡張版」を超えて、真に「デスクトップクラス」の性能と信頼性を持つことを証明できるかどうかの試金石となる。

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自立への確かな一歩

象帝先の「伏羲A0」は、NVIDIAのハイエンドGPU(RTX 4090や5090)に対抗する製品ではない。しかし、レイトレーシングやAIアップスケーリングといった現代的なGPUの機能要件を満たし、Lenovoのような大手パートナーと共に実用的なソリューション(デジタルツイン)を提示できたことは、中国の半導体産業にとって極めて重要な一歩である。

ゲーマーにとっては「まだ選択肢に入らない」製品かもしれないが、産業界や地政学的な視点で見れば、特定のワークロードにおいて輸入依存を脱却しうる「代替案」がまた一つ生まれたことを意味する。今後、ドライバの成熟と共に、AI機能を強化したB0バリアントがどのように市場に浸透していくかが、次の注目ポイントとなるだろう。


Sources