ChatGPTの登場以降、中国ではAI開発競争が激化し、データセンター建設が国中で相次いだ。しかし、市場の需要変化や計画不足などから、完成した施設の一部が活用されずに遊休状態にあることが報告されている。かつて高騰したGPUレンタル価格は暴落し、AIインフラ投資の難しさが露呈している状況である。
AIブームが生んだ熱狂とGPU狂騒曲
2022年末のChatGPTの爆発的なデビューは、中国のテクノロジー業界に大きな衝撃を与え、AI(人工知能)開発への熱狂的な投資ブームを引き起こした。この流れを受け、中国中央政府はAIインフラ整備を国家的な優先事項と位置づけ、地方政府に対して「スマートコンピューティングセンター」と呼ばれるAI特化型データセンターの建設加速を指示した。
市場調査会社KZ Consultingによると、2023年から2024年にかけて、内モンゴル自治区から広東省に至るまで、中国全土で500件以上の新規データセンタープロジェクトが発表された。中国通信産業協会データセンター委員会によれば、少なくとも150件が2024年末までに完成し、稼働を開始したとされる。これらのプロジェクトには、国有企業、上場企業、政府系ファンドなどがAI分野での先行者利益を狙って次々と投資。地方政府も地域経済の活性化とAIハブとしての地位確立を目指し、これらの建設を強力に推進したのである。
このブームの核心にあったのが、AIモデルのトレーニングに不可欠な高性能GPU(Graphics Processing Unit)への渇望であった。特に米NVIDIA社のH100チップは、米国の輸出規制対象であるにもかかわらず、海外の様々なルートを通じて深圳などの市場に流入していたと、複数の関係者が指摘している。不動産開発からAIインフラ事業に転身したXiao Li氏は、当時、自身のWeChat(中国のSNSアプリ)上でNvidia製GPUの取引情報が溢れていたと証言する。MIT Technology Reviewの取材に対し、彼は「需要のピーク時には、H100チップ1枚が闇市場で最大20万元(約412万円)もの高値で取引されていた」と語っている。
ブーム終焉の兆候:空室と価格暴落
しかし、わずか1年余りで状況は一変した。Li氏によると、かつて活発だったGPU取引は沈静化し、価格も現実的な水準に戻ったという。彼が関わる2つのデータセンタープロジェクトでは、投資家が将来的なリターンの低迷を予測し、追加の資金調達が困難になっている。これにより、プロジェクト責任者は余剰なGPUを売却せざるを得ない状況に追い込まれている。「誰もが売ろうとしているように見えるが、買い手はほとんどいない」と彼は述べる。
かつて「確実に儲かる」と見られていた、AIモデルのトレーニング用にGPUクラスタ(複数のGPUを連携させたシステム)を企業に貸し出すというビジネスモデルは、急速にその輝きを失った。中国のローカルメディアJiazi Guangnianや36Krは、新たに建設された計算資源の最大80%が未使用のままである可能性を報じている(ただし、この数値の正確性については更なる検証が必要である)。
この状況を裏付けるように、GPUのレンタル価格は劇的に下落した。中国メディアZhineng Yongxianによると、かつて月額約18万元(約370万円)で貸し出されていたNVIDIA H100を8基搭載したサーバーのレンタル料金は、現在7万5000元(約150万円)まで急落している。一部のデータセンター事業者は、レンタル収入だけでは高額な電気代や維持費を賄えないため、損失を避けるために施設全体の稼働を停止する選択をしているとのことだ。
Li氏の故郷である河南省鄭州市では、新設されたデータセンターが地元のテクノロジー企業に無料の計算資源利用クーポンを配布しているにもかかわらず、利用者を十分に確保できていないという事例も報告されている。MIT Technology Reviewは、「中国はNVIDIAチップの取得コストが世界で最も高い部類に入るにもかかわらず、GPUのリース価格は異常に低いという逆説的な状況にある」というLi氏の言葉を伝えている。計算能力の供給過剰、特に中国中部・西部での供給過剰と、最先端チップの不足が同時に存在しているのである。
なぜ遊休化は起きたのか?複合的な要因
データセンターが遊休化している背景には、複数の要因が複雑に絡み合っている。
1. 市場ニーズの変化:トレーニングから推論へ
データセンター建設ブームの当初、主な需要は大規模言語モデル(LLM)などをゼロから構築するための「トレーニング」にあると考えられていた。これには膨大な計算能力、すなわち大量の高性能GPUが必要となる。しかし、状況は変化した。
DeepSeek社が、ChatGPTに匹敵する性能を持ちながら、はるかに低コストで構築・運用可能な推論モデル「R1」をオープンソースで公開したことは、市場に大きな影響を与えた。エモリー大学の助教であるHancheng Cao氏は、「DeepSeekは中国AI業界にとって『現実を直視する瞬間』となった。『誰が最高のLLMを作れるか?』という問いから、『誰がLLMをより良く使えるか?』へと焦点が移った」とMIT Technology Reviewに語っている。
AIの活用が、モデル開発そのものよりも、開発されたモデルを使ってユーザーの要求に応じた応答や分析を行う「推論(Inference)」フェーズに移行しつつあるのだ。推論処理は、トレーニングほど巨大な計算クラスターを必ずしも必要としない一方で、ユーザーへの応答速度に関わる「低遅延(Low Latency)」、すなわちデータ転送の遅延を最小限に抑えることが極めて重要になる。
2. 技術的ミスマッチと立地の問題
この需要の変化により、多くの既存データセンターが抱える問題が露呈した。特に、安価な電力と土地を求めて中国の中部、西部、あるいは地方に建設されたデータセンターの多くは、トレーニングのような大規模で持続的な計算処理には最適化されていたものの、低遅延が求められる推論タスクには不向きな場合が多い。推論処理を効率的に行うには、主要なテックハブの近くにデータセンターを設置し、データ転送の遅延を減らすとともに、高度なスキルを持つ運用・保守スタッフを確保する必要がある。結果として、地方に建設されたデータセンターはAI企業にとって魅力を失いつつある。
RAND CorporationのシニアテクノロジーアドバイザーであるJimmy Goodrich氏は、「中国のAI産業が経験しているこの成長の痛みは、主に経験の浅いプレーヤー(企業や地方政府)が誇大広告に飛びつき、今日のニーズに最適ではない施設を建設した結果である」と指摘している。
3. 計画不足と経験不足、そして政策主導の歪み
AIブームに乗じて、AIインフラに関する専門知識が乏しい企業や投資家、地方政府がプロジェクトを主導したケースも少なくない。中には、本業が食品添加物メーカー(Lotus社)や繊維企業(Jinlun Technology社)といった、AIとは直接的な関わりが薄い企業も参入したとMIT Technology Reviewは報じている。
関係者によると、これらのプロジェクトの多くはトップダウンで推進され、実際の需要や技術的な実現可能性が十分に検討されないまま、拙速に建設が進められた。結果として、業界標準を満たさない、あるいは運用コストがかさむ施設が生まれてしまった。Goodrich氏は、「多数のチップを大規模に統合・運用するのは非常に高度な技術であり、それを大規模に行える企業や個人は非常に少ない。小規模なプレーヤーの多くがそのノウハウを持っているとは考えにくい」と述べている。
さらに、中国特有の政治システムも影響している。中国の政治制度は高度に中央集権化されており、地方政府の役人は一般的に地方任命を通じて昇進する。地方政府の幹部は長期的な発展よりも短期的な経済プロジェクトで実績を上げ、昇進を目指す傾向があるのだ。ポストコロナの不動産バブル崩壊による経済低迷も一因となっている。以前は地方経済の基盤だった不動産セクターが数十年ぶりに低迷する中、官僚たちは代替の成長ドライバーを見つけようと奔走していた。
「AIはアドレナリン注射のように感じられました。以前は不動産に流れていた多くの資金が、今ではAIデータセンターに向かっています」とLi氏は説明する。
また、一部の事業者においては、計算資源の提供による収益化が最初から目的ではなかった可能性もある。政府から補助金を受けたグリーン電力や土地取引の資格を得るためにAIデータセンターを利用したり、AIタスク向けに割り当てられた電力を電力網に転売して利益を得たり、あるいは融資や税制優遇措置を確保しながら施設を遊休状態にしていたりするケースもあったようだ。データセンタープロジェクトマネージャーのFang Cunbao氏は、「2024年末には、市場で直接的な収益性を期待してこのビジネスに参入する、まともな考えを持つ請負業者やブローカーはいなかった。私が出会った誰もが、政府が提供できる他の何かを得るためにデータセンター取引を利用していた」とMIT Technology Reviewに語り、市場が「政策の抜け穴を探す人々」で溢れていたと指摘している。
中国政府の思惑と今後の展望
データセンターの遊休化という課題に直面しつつも、中国の中央政府はAIインフラ開発への強いコミットメントを維持している。2025年初頭に開催されたAI産業シンポジウムでは、この技術分野における自立の重要性が改めて強調された。
この国家的な優先事項に呼応するように、Alibabaは今後3年間でクラウドコンピューティングとAIハードウェアインフラに500億ドル以上を投資する計画を発表し、ByteDanceもGPUとデータセンターに約200億ドルを投じる計画である。
RANDのGoodrich氏は、中国政府が現在の状況を失敗ではなく、重要な能力を開発するための「必要悪」あるいは「成長の痛み」と見なしている可能性が高いと分析する。「失敗したプロジェクトや不良資産は存在するが、国家が介入し、整理・統合し、より能力のある事業者に引き継がせるだろう。彼らは手段ではなく、最終的な目標(AIにおける競争力確保)を見ている」と彼は言う。
市場では、NVIDIAが中国市場向けに特別に設計した推論向けチップ「H20」への需要が高まっている。MIT Technology Reviewが匿名を条件に取材した業界関係者によると、H20は現在最も人気のあるNVIDIAチップであり、輸出規制下にあるH100も依然として安定的に中国へ流入しているという。この新たな需要の一部は、DeepSeekのオープンソースモデルを自社で展開する企業によって牽引されている。
しかし、現場レベルでは見切りをつける動きも出ている。前出のFang Cunbao氏は、2024年末にデータセンター業界から完全に撤退した。「市場は混沌としています。初期参入者は利益を得ましたが、今では単に政策の抜け穴を追いかけているだけです」と彼は語る。彼は今後、AI教育分野に焦点を移すという。AIが実際にどこにでもある未来と現在の間にあるのは、もはやインフラではなく、技術を展開するための確固たるプランです」と彼は結論付けている。
中国のAIデータセンターブームとその後の停滞は、急速な技術進歩と市場の変化の中で、大規模インフラ投資がいかに複雑でリスクを伴うものであるかを浮き彫りにしている。遊休状態にあるデータセンターが今後どのように活用されるのか、あるいは整理されていくのか、中国のAI戦略の行方とともに注目される。
Source
- MIT Technology Review: China built hundreds of AI data centers to catch the AI boom. Now many stand unused.