ノーチラス・テクノロジーズ(以下、ノーチラス)など7者は2026年10月26日、量子コンピュータと業務データを光ネットワークで接続する次世代分散コンピューティング基盤の共同開発を発表した。開発は9月29日に始まっており、複数の量子コンピュータと国産データベースを組み合わせ、AI推論に使うGPUや電力などの資源配分を最適化することを目指す。数十万量子ビット規模への拡張も目標に掲げるが、今回発表されたのは開発計画であり、性能の実測結果ではない。実用性を評価するには、量子計算の規模だけでなく、業務データの準備から計算結果の反映までを含めた処理全体の検証が必要になる。
量子計算を業務につなぐ4つの技術
今回の共同開発では、複数の量子コンピュータを連携させるクラスター、業務システムとの連携基盤、データベース、拠点間を結ぶ光ネットワークの4つの技術を統合する。業務データの処理には、国産のオープンソース・リレーショナルデータベース「劔(Tsurugi)」を採用する。Tsurugiは量子計算に必要なデータの抽出・変換・更新を担い、量子コンピュータと既存の業務システムをつなぐ役割を果たす。量子コンピュータを導入するだけでは、業務データを計算に渡し、得られた結果を業務へ反映する仕組みまで整うわけではない。今回の開発では、こうした一連のデータ処理も対象としている。
通信基盤については、量子コンピュータとTsurugiをそれぞれクラスターとして構成し、超低遅延の光ネットワークで接続する方針だ。長距離接続には、光通信に対応したネットワークインターフェース「光NIC」を使用する。ただし、通信遅延の具体的な数値は公表されておらず、量子もつれを遠隔地へ伝送する技術を実証したという発表でもない。
共同開発に参加する7者は、それぞれ異なる技術領域を担当する。ノーチラスはプロジェクト全体の推進とデータベース、Quanmaticはアルゴリズムと実装、ギリアはシステム間の連携を受け持つ。1FINITYはネットワークと光NICの開発を担当し、IIJは千葉県白井市の白井データセンターキャンパスで、サーバ環境の調達から運用までを担う。大学側では、早稲田大学が分散量子計算のアルゴリズムを、名古屋大学が分散インデックス技術を担当する。計算アルゴリズムからデータ管理、通信、運用までを一体的に開発する体制で、NEDOの「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」の助成を受けて進められる。
AI推論を支えるGPUと電力の配分を最適化
今回の基盤が想定する主な用途の一つが、広域に分散した計算資源や電力、通信資源の最適配分だ。再生可能エネルギーの発電量や電力料金、ネットワークの利用状況、GPUの稼働状況などを組み合わせ、各資源を効率的に配分することを目指す。「ワットとビットの連携」とは、電力供給と情報処理を一体として捉え、双方の制約を考慮しながら資源配分を最適化する構想といえる。
より局所的な用途としては、利用者やサービス間でGPUを動的に割り当てる仕組みも検討している。量子コンピュータは、こうした複数の条件を考慮した資源配分の最適化計算に利用する想定だ。AI推論そのものを量子コンピュータで実行するのではなく、AI推論を担うGPUや関連資源をどのように割り当てるかという問題を扱う。
実用化に向けて重要になるのは、量子計算そのものの速度と、業務全体の処理時間を区別して評価することだ。実際の運用では、データベースから必要な情報を取り出し、量子計算向けに変換してネットワーク経由で送信し、得られた結果を業務システムに反映するまでに複数の処理が発生する。最適な資源配分を求める計算だけが高速化しても、処理全体が同じ割合で短縮されるとは限らない。ただし、これはシステム構成から考えられる評価上の課題であり、今回の開発でデータ準備や通信が実際にボトルネックになったという測定結果ではない。
既存の最適化手法と性能を比較する際には、入力する業務データや制約条件を統一し、結果が得られるまでの時間と、算出された資源配分の質を検証する必要がある。コスト削減や電力効率の改善も開発目標に含まれるが、現時点で改善前後の実測値や削減率は公表されていない。量子計算の導入によって従来手法をどの程度上回れるかは、今後の検証課題となる。
2028年度の開発完了と2030年頃のサービス提供は別段階
今回の開発計画では、基盤の開発、具体的な用途への活用、商用サービスの提供という3つの段階が設定されている。基盤開発は2028年度まで、用途への活用は2029年度以降、広域最適化基盤のSaaS提供は2030年頃を目標としている。それぞれ対象とする工程が異なるため、時期を区別して捉える必要がある。
| 時期 | 対象 | 位置付け |
|---|---|---|
| 2028年度まで | 基盤開発 | 開発期限 |
| 2029年度以降 | 用途への活用 | 活用の計画 |
| 2030年頃 | 広域最適化基盤のSaaS提供 | 提供目標 |
この工程は、7者による2026年10月26日付の共同発表に記載された今後の展開と、広域最適化の用途説明を整理したものだ。表では発表資料の年度・暦年表記をそのまま使用している。いずれも現時点での計画または目標であり、商用サービスの開始時期が確定したわけではない。
特に2030年頃という目標は、広域最適化基盤をSaaSとして提供する構想に対応している。量子計算基盤の全機能や、検討中のすべての用途が同時期に提供されることを意味するものではない。ほかの活用分野としては、自動車のエネルギー管理や金融ポートフォリオの最適化が挙げられている。製造業では生産計画、建設業では人員配置や構造設計への応用も想定する。ただし、これらは現時点で導入実績が示されたものではなく、今後の適用可能性を検討している段階だ。
数十万量子ビットの目標をどう評価するか
今回掲げられた数十万量子ビットという数字は、将来的に目指す計算規模を表している。ただし、発表資料では物理量子ビットと論理量子ビットのどちらを指すのか明示されておらず、量子計算の方式や量子誤り訂正の条件も明らかになっていない。そのため、この数字をもって、誤り訂正を備えた汎用量子コンピュータの実現や、既存の計算機に対する量子優位性の実証が示されたと解釈することはできない。
今回確認できる資料は7者による共同プレスリリースであり、査読済み論文やプレプリントの研究成果を紹介するものではない。発表本文と関連リンクには、論文著者、掲載誌、DOIなどの情報は記載されておらず、独立した追試や性能比較の結果も示されていない。ただし、これをもって関連論文が存在しないと断定できるわけではない。
実機の台数や試行回数などの実験条件に加え、処理時間、通信遅延、消費電力の比較データも公表されていない。相関分析や介入実験、シミュレーションの結果も示されておらず、電力効率の改善効果が実証された段階ではない。また、発表にある7者という数字は共同開発に参加する組織数であり、実験のサンプル数を意味するものではない。もっとも、現段階で評価結果が公表されていないこと自体が、開発の失敗を意味するわけではない。
今後の評価では、量子ビットの構成や計算方式、実験条件が明らかになるかが重要になる。そのうえで、業務データの準備から最適化結果の反映までを含む処理全体について、同一条件の既存手法と比較できるかが実用性を判断する基準となる。処理時間と最適化結果の質に加え、消費電力や運用コストへの効果まで定量的に示されれば、企業は自社のGPU運用や電力管理に導入する価値を、より具体的に判断できるようになる。



