欧州委員会は2024年3月、Alphabetが運営するGoogleに対してDMA(Digital Markets Act=デジタル市場法)に基づく正式調査を開始した。調査の軸となったのは、Googleが自社の検索エンジン上でGoogle Shopping、Google Maps、Google Flightsといった自社サービスを競合他社の情報よりも優先的に表示しているという「自社サービス優遇(Self-Preferencing)」の疑惑である。
DMAは2022年に欧州議会が可決した規制で、大手プラットフォーム企業を「ゲートキーパー(番人)」として指定し、競合サービスとの公正な扱いを義務付けることを目的としている。Google、Amazon、Apple、Metaなどが該当し、違反した場合は世界年間売上高の最大10%に相当する罰金が課せられる仕組みだ。
調査の進展は2025年3月に大きく動いた。欧州委員会はGoogleに対して暫定的な違反認定(Preliminary Findings)を通知した。Googleが検索結果でGoogle Newsのスポーツスコアページ等に他社には提供されないフィルター機能を設置しているなど、インターフェースの設計においても競合を不当に不利にしている行為が確認されたとした。
罰金の規模と政治的文脈
ドイツ経済紙Handelsblattが2026年5月25日、欧州委員会の関係筋の話として報じたところによると、EU当局者はGoogleに対して「高い三桁台のユーロ」規模、すなわち数億ユーロに及ぶ罰金を科す方向でほぼ一致しているという。最終的な決定はUrsula von der Leyen委員長の判断に委ねられており、発表は欧州議会の夏季休会(7月27日開始)前が見込まれている。
今回の罰金が確定すれば、DMA施行以来の最高ペナルティとなる。これまでの記録はAppleが昨年受けた5億ユーロのDMA制裁金だ。DMAに基づいて実際に制裁金が科された企業はAppleとMetaの2社に限られており、今回がGoogle初の事例となる。
ただしこの制裁金の発表は、政治的に繊細なタイミングを意識せざるを得ない状況にある。EUとアメリカがちょうど関税交渉で合意に達した直後のことであり、米国側からはEUによる米テック企業への「不公正な標的化」との批判が再燃しかねない。実際、Donald Trump前大統領はEUのテック企業への罰金を繰り返し問題視しており、今回の件も外交摩擦の火種になり得る。
Googleの立場と過去の対応
Googleは今回の調査を通じて、欧州委員会の懸念に対応するべく複数の改変を既に実施したと主張している。しかし欧州委員会の評価では、これらの提案は基準を満たさないと判断されてきた。2026年5月上旬には「もう少し時間を与える」として追加の猶予が与えられたが、報道によれば依然として十分な回答が提示できていない状況だ。
GoogleのスポークスパーソンはReutersに対し、「DMAの下で検索機能に実施した変更は、製品史上最大の品質低下だ。一部の自己利益優先の申し立て者のために、欧州のユーザーに質の劣る体験を与えることになっている」と強く反発した。
欧州委員会の立場は一貫して「制裁金よりも遵守の確保が目的」という姿勢だ。スポークスパーソンのThomas Regnierは「将来の解決策に向けた交渉が続く中でも、次のステップへためらいなく進む」と述べ、対話と強制の両面を使い分けるアプローチを維持している。
Googleはこれまでも欧州で複数の大型制裁金を受けてきた歴史がある。2017年にGoogle Shoppingの不正な優遇問題で24億2,000万ユーロ、2018年にAndroidエコシステム関連で43億4,000万ユーロ(当時の記録的水準)、2019年にオンライン広告の競合制限で14億9,000万ユーロ、そして2025年9月にはアドテク分野でのセルフプリファレンシング問題で29億5,000万ユーロの制裁を受けている。
Google Playへの波及とAI分野の新たな調査
今回焦点となっているのはGoogle Searchだけではない。欧州委員会の2024年3月調査にはGoogle Playも含まれており、こちらは独立した案件として現在も継続中だ。
調査ではGoogle Playがアプリ開発者による「ステアリング(Steering)」——ユーザーを外部ウェブサイトに誘導して購入を促す行為——を制限していること、およびアプリ内購入手数料が過大であることが暫定的な違反事実として認定されている。アプリエコシステムにおける競争の公正性を巡る問題は、Appleがすでに5億ユーロのDMA制裁を受けた文脈とも連動しており、GoogleはApple同様の圧力にさらされている。
さらに2025年12月には、Google SearchのAI OverviewsおよびAI Modeという生成AI機能に対する第3の調査が始まった。焦点はこれらの機能が第三者パブリッシャーのコンテンツを無断で使用し、競合する検索事業者やメディアを不当に競争上の不利に置いているかという点だ。加えてGoogleのAI学習に使用するデータの取り扱いについても別途精査されており、生成AIの台頭が欧州の競争規制の新たな戦場になりつつある。
なぜこの罰金は「歴史的」なのか
DMAが法的に効力を持ち始めてからわずか数年で、EUはここまで踏み込んだ強制執行に着手した。Appleの5億ユーロという先例を超える規模の制裁金をGoogleに科すことは、DMAに罰則としての実力があることを市場に示す一歩となる。
過去のEU競争法(旧来の独占禁止法)では、調査開始から制裁確定まで数年を要するのが常だった。これに対しDMAは、ゲートキーパー企業に対してより迅速な是正義務を課し、当局の処分スピードも高めることを設計思想としている。今回の罰金プロセスは2025年の正式調査開始からわずか1年余りで制裁確定の段階に達しており、DMAの執行機能が実際に動くという実績になる。
一方でGoogleの立場からすれば、検索エンジンのUI変更は検索品質そのものに直結する問題であり、規制への対応が逆にユーザー体験を損なうという矛盾を抱えている。このトレードオフが、今回の事案では特に鮮明になっている——競争法的な公正さを追求するほど、製品品質が犠牲になるという構造的な矛盾だ。
欧州委員会が数億ユーロの制裁を確定させた場合、他のゲートキーパー企業はDMA遵守のコストを再試算する必要に迫られる。ここで注目すべきは罰金の相対的な規模だ。Alphabetの2025年度年間売上高は約3,500億ドルに達しており、仮に罰金が5億ユーロ前後であれば売上比で0.1%を下回る水準となる。財務的なダメージとしては限定的であり、抑止力の実効性については依然として議論の余地がある。それでも今回の事例が、遵守コストよりも制裁金リスクを優先する計算を変える可能性はある。
EUとビッグテックの対立が示す構造
EUの規制強化は偶発的なものではない。DMAはGAFAM(Google、Apple、Facebook/Meta、Amazon、Microsoft)に代表される巨大プラットフォームが、自社サービスと競合サービスの両方を同一プラットフォームで取り扱う「二重の役割」に対する構造的な回答である。
検索エンジンという性質上、Googleは膨大なユーザーデータと検索ランキングの制御権を同時に持つ。この非対称性はDMAが最も問題視する状況であり、監視対象として最初にゲートキーパーに指定されたのも自然な流れだ。
今回の制裁金問題が提示するのは、デジタル時代における市場支配の定義と、プラットフォームに課される中立性義務という根本的な問いだ。検索エンジンが生成AIに置き換わりつつある現在、情報アクセスの集中をどこまで許容し、誰がどのルールで管理するのかという問題は、今後さらに複雑さを増す。
欧州の動きはすでに各国の規制当局に波及している。日本の公正取引委員会はDMAを参照しつつプラットフォーム規制の強化を検討しており、米国でもDOJによるGoogleへの反トラスト訴訟が並行して進む。DMA執行の実績が積み重なるほど、各国当局が強制執行に踏み込む際の政治的・法的ハードルは下がっていく。



