独占禁止法違反で摘発されても、巨大企業の経営には響かない。そんな印象を持つ読者は多いはずだ。実際、Googleは2017年以降だけで数十億ユーロ規模の制裁を繰り返し科されながら、市場での優位を保ったまま何年も上訴を続け、最終的な法的決着を先延ばしにしてきた。

ところが2026年7月23日に欧州委員会が下した8.9億ユーロの制裁金は、金額こそ小さくてもこれまでと異なる意味を持つ。DMAという新しい規制の枠組みで、Googleが初めて処罰された事例だからだ。是正までの猶予はわずか60日で、上訴中であっても順守義務の期限は原則として動き続ける仕組みだ。

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検索とGoogle Playを分けた8.9億ユーロの内訳

欧州委員会は2026年7月23日、Googleが検索結果での自社優遇とGoogle Playにおける決済誘導の制限でDMAに違反したと認定し、合計8.9億ユーロ(EUR/JPYレート186.33換算で約1658億円)の制裁金を科した。内訳は検索の自社優遇(DMA第6条5項違反)に4.6億ユーロ、Google Playの誘導制限(同第5条4項違反)に4.3億ユーロで、ほぼ半々に割れている。第6条5項はGoogleが自社サービスを検索結果で優先的に表示することを禁じる条項であり、第5条4項は開発者が自社サイトなど別の決済手段をアプリ内から案内する権利を保障する条項だ。検索の自社優遇という論点自体は2017年のShopping事件で問われた構図と本質的に重なり、EUは9年越しで同じ問題をDMAという新しい手段の下で改めて追及したことになる。

非準拠調査は2024年3月に始まり、2025年に予備認定が通知された。今回の制裁は、この調査期間中に確認された自社優遇と誘導制限の違反行為を対象にしたものだ。Googleは2026年6月30日付で米国・EEA・英国向けにPlay Storeの新料金体系を導入し、自動更新型サブスクリプションに10%のサービス手数料を新たに設定した(Google Playの決済システムを使う場合はこれに5%の決済処理手数料が加算され、代替決済や外部リンク経由の取引には加算されない)。欧州委員会はこの新料金体系を「準拠に向けた良好な進展」と評価しつつ、今後の運用状況を踏まえて改めて判断するとしている。

Teresa Ribera氏(欧州委員会上級副委員長)は「Googleは効果的なDMA準拠を果たせていない。優れた製品が成功すべきは検索エンジンを運営する企業の所有物だからではなく、より優れているからだ」と述べた。是正の恩恵を受けるのは、Google以外の比較検索サービスや旅行検索サイト、代替決済を提供する事業者だ。Google検索の結果画面で自社サービスを上部表示や強調表示で目立たせる運用が改まれば、こうした事業者は同じ土俵で表示順位を争える立場に近づく。

Googleにとって今回が初のDMA制裁であり、単一企業に対する制裁金としてはDMA史上最高額となった。2025年4月にはApple5億ユーロ、Meta2億ユーロの制裁をそれぞれ科されており、Googleはこれに続く3社目にあたる。DMAは2022年に発効し2023年5月から適用が始まった新しい法律で、Googleは同年9月に検索やOS、アプリストアなど複数分野で「ゲートキーパー」に指定されていた。

DMAという新しい武器が変えた執行のスピード

従来のEU独禁法は、企業が市場支配的地位を濫用したことを欧州委員会が個別の事案ごとに立証しなければならず、認定から確定まで数年単位の時間がかかってきた。実際、Shopping事件やAndroid事件のような従来型の訴訟は、欧州委員会の決定後もGoogleが欧州司法裁判所まで争うことができ、最終確定までに7年から8年を要している。これに対しDMAは、一定規模以上のプラットフォーム企業を「ゲートキーパー」として事前に指定し、自社優遇の禁止や代替決済への誘導制限の禁止といった義務をあらかじめ法律で定めておく方式を採る。違反の有無を一件ずつ濫用として立証する必要がないため、欧州委員会は非準拠を確認すればより早く制裁に踏み切れる。

今回のGoogle案件では、2024年3月の調査開始から2025年の予備認定を経て2026年7月の制裁決定まで、2年余りで一連の手続きが完了した。Googleには是正までの猶予が60日しかなく、決定を不服として上訴すること自体は可能でも、裁判所が別途の執行停止を認めない限り是正義務の履行期限は上訴の帰趨と切り離して進む。Shopping事件やAndroid事件で確定までに7年から8年を要した時間の大半は、規制の実効性そのものよりも「違反があったかどうか」を法廷で立証し確定させる作業に費やされてきた。DMAは義務をあらかじめ法律で定めることでこの立証負担を取り除いた分、着手から制裁までのスピードを速めている。

期限内に改善が認められなければ、欧州委員会は履行強制金を課す権限を持つ。その額は「1日あたりの平均世界売上高の5%を上限」とする累積型の制度で、月単位や年単位の一括課徴金ではなく、是正が遅れるほど日々の負担が積み上がっていく仕組みだ。

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Shopping、Android、AdSenseと続いた9年越しの決着

Googleの自社優遇を巡る対立は2017年の比較ショッピングサービス事件にさかのぼる。欧州委員会はこの年、Googleが自社の比較ショッピングサービスを検索結果で優遇したとして24.24億ユーロの制裁金を科し、この決定は2024年9月10日に欧州司法裁判所(CJEU)が最終上訴を棄却したことで確定した。決定から確定まで7年を要した計算になる。

2018年には、Androidを巡る競争制限的な契約慣行が問題視され、当初43.4億ユーロだった制裁金は不服申立てを経て41.25億ユーロに減額された。この事件も長い法廷闘争をたどり、最終上訴が棄却され確定したのは、今回のDMA制裁からわずか3週間前の2026年7月2日だった。8年前の認定が確定するまでの間、Googleは市場での優位を保ったまま争い続けてきたことになる。

一方、2019年のAdSense事件(14.9億ユーロ)は、Googleが独占的な広告仲介契約で競合を排除したとして科された制裁だったが、2024年9月18日にEU一般裁判所が認定の理由付けに不備があるとして取り消した。ただし欧州委員会はこの判断を不服として同年12月に上訴しており、CJEUで係争中でGoogle側の勝訴が確定したわけではない。さらに2025年9月5日には、広告仲介システムで自社の広告取引所を優遇したとして29.5億ユーロという単独では過去最大級の制裁金も科されており、Googleは2025年11月にこの決定への上訴を既に行っている。Shopping事件とAndroid事件の確定分だけで合計65.49億ユーロに達し、これに係争中のAdtech事件29.5億ユーロと今回のDMA制裁8.9億ユーロを加えると、暫定合計は約103.9億ユーロに膨らむ。2017年から2026年までの9年間で、GoogleとEUの間には少なくとも5件の大型事件が積み重なってきたが、最終確定しているのはShopping事件とAndroid事件の2件にとどまり、AdSense事件・Adtech事件・今回のDMA制裁の3件はいずれも上訴中か上訴検討中で決着していない。

1日の売上にも届かない制裁金という現実

独占禁止法上の制裁は本来、違反で得た利益を上回り、抑止力として機能するべきだ。だが8.9億ユーロという金額は、この物差しに照らすと拍子抜けするほど小さい。決定当日のEUR/USDレート1.1418で換算すると約10.2億ドル、EUR/JPYレート186.33で換算すると約1658億円に相当するこの制裁金は、Alphabetが米証券取引委員会(SEC)に提出した資料が示す2025年通期売上高約4028億ドル(4028億3600万ドル)を365日で単純に割った1日あたり約11.0億ドルの売上高に届いていない。

比率にすると10.2億ドルは1日の売上高の92%程度で、時間に換算すればおよそ22時間分の売上高にとどまる。検索の自社優遇に対する4.6億ユーロ、Google Playの誘導制限に対する4.3億ユーロという内訳も、それぞれ単体では1日の売上高の半分に満たない額だ。GoogleとApple、Metaを合わせたDMA制裁金の累計も、Appleの5億ユーロ、Metaの2億ユーロ、Googleの8.9億ユーロを足して15.9億ユーロにとどまり、3社分を合計してもGoogle単独の2017年Shopping事件の制裁金24.24億ユーロには届いていない。

年間の売上高約4028億ドルに対する比率で見ても、制裁金の10.2億ドルはわずか0.25%程度にとどまる。抑止力として機能するはずの制裁が、日々の事業運営には響かない金額に収まっている。

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60日の期限とAI Overviews、そして日本への波及

Googleに与えられた是正期限は決定から60日で、単純計算では2026年9月21日ごろが期限にあたる。期限内に十分な是正が確認できなければ、欧州委員会は履行強制金の賦課に踏み切る権限を持つ。Googleはこの決定について「決定を精査し上訴を検討している」と表明し、Kent Walker氏(Alphabet渉外担当社長)は「規制は製品を改善すべきで悪化させるべきでない」と反発した。

決定文は、検索のAI Overviews(AI要約表示)とAI Modeについて第6条5項の自社優遇禁止をどのように適用するかをGoogleと「対話を継続している」と明記している。生成AIによる検索の再構築が進む中、次の摘発対象がAI機能に及ぶ可能性を欧州委員会自身が示唆した形になる。対象がAI Overviewsにまで及べば、Googleが検索でどのようにAIの回答を表示するか自体が、次の規制論点になる。

同様の規制思想は日本にも広がっている。公正取引委員会(公取委)は2025年12月18日に全面施行された「スマホソフトウェア競争促進法」で、Google LLCを検索やOS、アプリストア、ブラウザといった分野で規制対象に指定済みだ。法律の全面施行は今回のDMA制裁からさかのぼることおよそ7カ月前にあたり、EUのDMAが検索とPlayの自社優遇を問うたのと同じ構図が、日本でも既に監視対象になっている。

Googleが60日以内に実現すべき是正の中身は、検索結果ページの表示順位そのものに手を入れるかどうかにかかっている。欧州委員会がこれを効果的な準拠と認めれば履行強制金は回避されるが、認めなければ日々の負担が積み上がっていく。8.9億ユーロという一時金の大きさより、この60日間に何を是正できるかに、今回のDMA制裁の実効性がかかっている。