富士通は2026年7月16日、ファナックと安川電機、川崎重工業の3社と、フィジカルAIの社会実装に向けた事業検討を始めた。NVIDIAのAIモデルやシミュレーション技術を採り入れ、工場、小売・物流、ヘルスケアで使える協調制御基盤の共通化とオープン化を目指す。発表の主役は新型ロボットではない。生産管理や電子カルテなどの業務システムから複数メーカーのロボットまでをつなぎ、現場全体へ仕事を割り振る「Fujitsu Kozuchi Physical OS」である。
今回の事業検討は、富士通とNVIDIAが2025年10月に打ち出したフルスタックAI基盤を、実機と現場業務へ延ばす段階に当たる。ただし、完成した製品や共同事業体の発足ではない。共通インターフェースの仕様と提供時期はまだ示されていない。価格と導入先も公表されておらず、各社はこれから技術開発と事業展開のロードマップを作る。
業務指示からロボットまでを貫く4層構造
富士通の発表資料は、構想を4層で描いている。最上段に生産管理、物流管理、医療・介護情報の各システムを置き、その下でPhysical OSが業務指示をロボットのタスクへ変換する。機体ごとの制御と、AIの学習・検証に使う計算基盤を分けた設計だ。
| 層 | 主な構成要素 | 担う仕事 |
|---|---|---|
| 業務 | 生産管理、物流管理、医療・介護情報システム | 何を、いつ、どの条件で実行するかを指示 |
| 協調制御 | Fujitsu Kozuchi Physical OS、Takane、空間予測 | 複数ロボットのタスク計画、割り当て、協調、監視 |
| 実機 | ファナック、安川電機、川崎重工業のロボットや設備 | 移動、搬送、把持、加工などの動作を実行 |
| AI・計算 | NVIDIA Cosmos、Omniverse、Isaac、Newton、FUJITSU-MONAKA | 現場予測、シミュレーション、学習、検証を支援 |
NVIDIA Cosmosは、現場の映像や状態から次の変化を予測する世界基盤モデルとして組み込む。Omniverse、Isaac、Newtonは、仮想環境でロボットを学習・検証し、その結果を実機へ移すSim2Realを支える。富士通はPhysical OSにTakane、マルチロボットのタスク計画、空間全体の予測、サイバー攻撃対策を載せる構想だ。ロボットメーカーは、モーターやセンサーを正確かつ安全に動かす制御と、現場で蓄積した作業知識を持ち寄る。
ここでいう「ソブリン性」は、NVIDIAを排除した純国産スタックを指していない。公表された役割分担では、NVIDIAがモデルとシミュレーション、富士通が業務・統合・計算の基盤、3社が機体制御と現場データを担う。利用企業がデータの保管場所とアクセス権を管理できるか。モデルの更新権限や監査手段まで含めて、ソブリン性の実体が決まる。
3社はすでに別々のAIを使っている
ファナックはNVIDIAとの協業を長く続けている。2026年5月には、自社のロボットシミュレーター「ROBOGUIDE」とNVIDIA Isaac Simを統合し、GR00T Nを使った双腕ロボットのTシャツ畳みを公開した。Jetson AGX OrinをJetson T5000へ更新した展示システムでは、AI演算性能が7.5倍超に向上したという。これは今回の共通基盤の性能値ではなく、ファナック側の実機AIが既に進んでいることを示す数字である。
安川電機も2023年から自律型のMOTOMAN NEXTを販売している。今回の発表前日には、同機とGoogle DeepMindのGemini Robotics ER 1.6を組み合わせたシステムを公表した。生成AIが「何をするか」を手順へ分解し、機体側の視覚、経路計画、力覚が「どう動くか」を受け持つ。部品を落としても状況を認識して作業をやり直し、部品不足を検知した際には注文情報を社内システムと共有する設計まで示したが、提供分野と時期はまだ公表されていない。
川崎重工業は2026年5月、サンノゼにフィジカルAI開発拠点を開設し、NVIDIA、Analog Devices、Microsoft、富士通との協業テーマを分けている。富士通に期待する役割は、業務システム、ロボット、AIの統合だ。3社の動きを並べると、Physical OSに求められるのは特定の機体や単一モデルへの固定ではなく、既存のAI経路を残したまま上位の業務を共通化する能力だと分かる。NVIDIA専用の接続口に閉じれば、富士通が掲げるオープンプラットフォームの価値は狭くなる。
工場・物流・病院をつなぐ業務起点の自律化
従来の産業用ロボットは、溶接や搬送といった決められた工程を高い精度で繰り返すことを得意としてきた。Physical OSが狙うのは、工程の外側にある業務情報を使って、複数の機体へ仕事を再配分することだ。工場では受注や設備停止を含む生産変動を見ながら全体計画を組み替え、物流では販売・在庫の変化を搬送計画へ反映する。個々のロボットが賢くなるより上の階層で、現場全体の動きを変える。
病院では、電子カルテなどの院内システムから出た指示を起点に、医薬品や検体を運び、外来患者を受け付けて案内する構想が示された。川崎重工業は来院から診療全体を経て、術後ケアまでをつなぐ「病院ワンストップソリューション」を将来像に置くが、今回示した具体的な自律タスクは搬送、受付、案内である。手術ロボットがAIの判断で自律手術を行うという発表ではない。
業務システムとの接続は、効率化と同時に障害の影響範囲を広げる。富士通自身も、サイバー攻撃、システム全体の停止や誤作動、機密情報の漏洩を想定リスクに挙げた。生産計画の誤りならライン停止につながり、病院での誤配や権限逸脱は患者安全へ及ぶ。Physical OSには、タスクを生成する機能と同じ水準で、権限を絞り、異常時に止め、操作履歴を追跡する機能が必要になる。
国内1,000万台政策と、18.3%減の国内出荷
日本のロボット産業は、輸出の回復と国内導入の弱さを同時に抱える。日本ロボット工業会によると、サービスロボットを除く2025年の受注額は前年比25.7%増の1兆456億円、生産額は21.0%増の9,453億円だった。輸出台数は28.2%増の173,323台まで伸びた一方、国内出荷は18.3%減の37,816台となった。作れることと、国内の現場へ入ることの間に距離がある。
政府は2026年のAIロボティクス戦略で、2040年までに国内へ1,000万台規模を導入し、世界シェア3割超と20兆円の市場獲得を目標に掲げた。対象は製造と物流に加え、医療・介護など18分野に及ぶ。短期では屋内外の点検と搬送を先行させる。さらに清掃や入出荷・パレタイズ、ハンドリング、溶接・塗装・加工を含む8種類の共通タスクから導入を進める方針だ。
政策が求める循環は、現場への導入、実機データの取得、評価、モデル改善を高速で回すことにある。富士通の構想は、その循環の中で業務システムと異種ロボットを結ぶ層を取りにいく。共通化が進めば、一つの現場で得たタスク計画や安全対策を別の機体や業種へ移しやすくなる。反対に、メーカーごとにデータ形式と運用が閉じたままなら、導入台数を増やしても改善の速度は上がりにくい。
「オープン」と「ソブリン」は何を保証するのか
発表時点では、共通APIと対応機種が公表されていない。データ形式やリアルタイム制御の範囲も分からない。「オープン」がソースコードの公開を意味するのか、仕様公開と参加企業の拡大を指すのかも不明だ。Physical OSの運営主体や標準化団体、NVIDIA以外のモデルを差し替える手順も今後の課題として残る。
安全面では、政府戦略も安全性の論証と認証、事故時の責任分界、プライバシーとセキュリティを共通課題に挙げる。業務システム、Physical OS、生成AI、ロボットコントローラーのどこが判断を誤ったのかを記録できなければ、運用者は原因を究明できない。人が介入する条件、通信断時の安全停止、ソフトウェア更新後の再検証、メーカーをまたぐ保守契約まで決める必要がある。
富士通はカーネギーメロン大学との共同研究成果を2026年度からPhysical OSへ順次組み込む計画だが、今回の事業基盤については、これからロードマップを策定する段階にある。最初の実証で、異なるメーカーの機体が同じ業務システムから安全に呼び出され、停止や権限の境界まで示せるか。それが、構想を産業基盤へ進める条件になる。