Google共同創業者のSergey Brin氏が社内メモで「AGI(汎用人工知能)への最終競争が進行中」と警告し、Geminiチームの社員に週60時間の勤務と毎日のオフィス出社を推奨していることが明らかになった。この要請には、エンジニアたちに自らの職を将来的に代替する可能性のあるAI開発に向けて長時間働くよう促すという皮肉な側面も指摘されている。
Brin氏のメモが明かすAGI競争への危機感
The New York Timesが最初に報じた情報によると、Brin氏は水曜日にGemini(Googleの大規模言語モデルとそれを使用したアプリの総称)チームへ内部メモを送信した。メモの中でBrin氏は「競争は非常に加速しており、AGIへの最終競争が進行中だ」と述べている。同氏は2023年初頭からGoogleのAI部門でより積極的な役割を担っている。
Brin氏はメモで「我々はこの競争に勝つためのすべての要素を持っているが、取り組みをターボチャージする必要がある」と強調し、具体的な方策として2つの「要素」を挙げた。
AIを活用した開発効率の向上
第一に、Geminiチームは「世界で最も効率的なコーダーとAI科学者」になる必要があるとし、そのためにGoogle社員自身がコーディングに自社のAIをより活用すべきだと主張している。Brin氏はAIが自己改善するプロセスがAGIにつながるという考えを示している。
オフィス回帰と長時間労働の推奨
第二に、Brin氏は社員に対して業務への取り組みを強化するよう求めている。これには「少なくとも平日は毎日オフィスにいること」および「週60時間が生産性の最適点」であるという推奨が含まれる。これは月曜から金曜まで1日12時間の勤務に相当する。Brin氏はこれを「生産性のスイートスポット」と表現している。ただし、それ以上の労働はバーンアウト(燃え尽き症候群)につながる可能性があるとも警告している。
Brin氏のこの提言は、Googleが現在採用している週3日のオフィス勤務を基本とするハイブリッドワークモデルからの転換を求めるものではない。Googleの広報担当者は、現時点でのオフィス復帰義務に変更はないとしているが、創業者の Brin氏の言葉は社内で大きな影響力を持つと考えられる。
AGI開発競争の背景とGoogleの立ち位置
AGIとは何か
AGI(Artificial General Intelligence、汎用人工知能)とは、人間レベルの認知能力を持つAIシステムを指す。現在のAIモデルが特定のタスクに特化しているのに対し、AGIは概念を理解し人間のように思考する能力を持つとされる。一部の研究者はAGIが意識を持つ存在になる可能性も示唆している。
Google DeepMindのDemis Hassabis氏は2024年5月のGoogle I/Oカンファレンスで、同社の目標が「AGIの構築:人間レベルの認知能力を持つ汎用人工知能システム」であると改めて表明していた。
しかし業界では、AGIの具体的な定義については明確な合意がない。Google DeepMindは2023年11月に「AGIモデルとその前身の能力と行動を分類するためのフレームワーク」を提案している。
産業界におけるAGI競争
競合であるOpenAIのSam Altman CEOは2025年初頭に、同社は「従来理解されてきたAGIの構築方法を知っている」と述べ、次の目標として「超知能(superintelligence)」を挙げた。GoogleもGemini 2.0発表時の2023年12月に、AGIに向けて構築していると改めて表明している。
Googleの先駆的研究と出遅れ
Googleは2017年に研究論文「Attention Is All You Need」を発表し、現在の大規模言語モデルの基盤となるTransformerアーキテクチャを提案した。わずか10ページのこの論文がコンピューティングの性質を変えたと言われている。
しかし皮肉なことに、OpenAIとMicrosoftがAIツールを一般向けに展開した際にGoogleは出遅れてしまった。2023年初頭に急いで発表したBard AIは問題の多いスタートとなり、それ以降Googleは全製品にAIを組み込むことに注力している。
AIデータセンターへの投資
現在、GoogleはGeminiモデルのトレーニングと実行のためにAIデータセンターの構築に熱心に投資している。一方で、OpenAIのような高額サブスクリプションモデル(月額200ドルのProサブスクリプション)は導入していない。Googleの最も計算負荷の高いGemini Pro Deep Researchでも月額2,900円で提供されている。GoogleはAIで市場シェアを確保するために損失を覚悟しているとみられる。
AIがエンジニアの仕事を代替する皮肉
Brin氏の提案には皮肉な側面が存在する。生成AIは大量のウェブデータから学習し、コードを含む新しい文章を生成する能力を持つ。SalesforceやKlarnaなどの企業は、技術の進化によってAIがエンジニアの仕事を代替できる可能性を示唆している。
Salesforce CEO Marc Benioff氏は同社の最近の決算発表で、AIエージェントの成功により今年はエンジニアを新たに雇用する予定がないと明言した。つまりBrin氏は、エンジニアたちに対して自分たちの職を最終的に代替する可能性のあるAIの開発に向けて、より長時間働くよう促していることになる。
こうした状況を生んでいるのは、AI開発企業のリーダーが、投資家のAIへの期待を高めつつコスト削減を図ることを迫られているからだ。
だが、コードを書くAIボットは定型的なコードの自動化による効率向上には役立つが、問題解決や改善のためにはエンジニアがコードを理解する必要があるとの指摘もある、皮肉なことにAIスタートアップのAnthropicは応募プロセスでAIを使用しないことを応募者に証明するよう求めていることも知られている。
とは言え、一部の企業はAIがより良いパフォーマンスを示さなくても、コスト削減のためにAIで人間を置き換える可能性もあるとの懸念も示されている。そしてそれは既に起こり始めていることでもあるのだ。
Source
- The New York Times: Google’s Sergey Brin Urges Workers to the Office ‘at Least’ Every Weekday