欧州をはじめとする世界の自動車産業がバッテリーEV(BEV)への移行を急ぐ中、内燃機関(ICE)の生存戦略として極めて挑戦的なソリューションが提示された。2024年に設立されたパワートレイン専業の合弁企業Horse Powertrainと、スペインを本拠とするエネルギー大手Repsolは、100%再生可能ガソリンで駆動し、熱効率44.2%を誇る次世代ハイブリッドエンジン「Horse H12 Concept」を発表した。
この発表は、内燃機関の終焉が囁かれる現代において、単なる過去の技術の延命ではない。高度な燃焼制御と次世代燃料を組み合わせることで、完全電動化とは異なるアプローチで実効的なカーボンニュートラルに迫る、産業界の強烈なカウンターオファーと言える物だ。本稿では、H12 Conceptの技術的特異性、エネルギー企業と自動車エンジニアリングの融合が意味するサプライチェーンの構造変化、そして欧州の規制当局に対する政治的メッセージを見ていきたい。
極限まで高められた熱効率

内燃機関の歴史は、熱効率向上の歴史である。一般的なガソリンエンジンの最大熱効率が長らく30%台にとどまり、特定メーカーがハイブリッド専用エンジンで40%の壁を突破して久しい中、H12 Conceptが到達した「44.2%」という数値は、市販を視野に入れたハイブリッド用エンジンとして現在の頂点に達するものだ。
この驚異的な効率の基盤となっているのは、RenaultとGeelyの技術的蓄積を融合させた既存の「HR12」エンジンのアーキテクチャである。そこから燃焼室設計を根本的に見直し、圧縮比を「17:1」という超高圧縮に設定した。通常、ガソリンエンジンで圧縮比をここまで高めると、混合気がプラグ着火前に自己着火してしまう異常燃焼(ノッキング)が不可避となる。これを抑制し、安定した燃焼を確立するために、H12 Conceptは最新世代の排気再循環システム(EGR)と、混合気を強制的に燃焼させる高エネルギー点火システムを組み合わせている。
さらに、最適化されたターボチャージャーによる過給制御が加わり、シリンダーへの吸気から排気に至るまでの熱力学的損失を徹底的に削ぎ落とした形だ。単にエンジン単体を改良するにとどまらず、ハイブリッドシステム全体としてのエネルギー管理に最適化されたギアボックスを採用している。特筆すべきは、Repsolが専用に開発した新しい潤滑油の存在である。超高圧縮環境下で増大するピストンやシリンダー壁面の機械的摩擦(内部フリクション)を、高度な化学合成技術によって最小化している。ハードウェア(エンジン)と流体(燃料および潤滑油)が初期段階から統合設計されている点が、効率の限界を突破する鍵となっている。
圧倒的な燃料消費削減とカーボンニュートラルへの実効性
極限まで高められた熱効率は、直ちに燃料消費量の劇的な削減として表れる。WLTPテストサイクルにおいて、H12 Conceptを搭載する車両の燃料消費量は100km走行あたり3.3リットル(約30.3km/L)を下回る性能を示した。これは、2023年に欧州で新規登録された乗用車の平均値と比較して、約40%もの削減を意味する。
これだけでも内燃機関として卓越した性能だが、最大の価値は「100%再生可能ガソリン」での駆動を前提としている点にある。RepsolはすでにスペインのTarragona工場において、廃棄物由来のバイオマス等から生成された100%再生可能ガソリンを工業規模で量産し、「Nexa 95」としてスペイン国内のサービスステーションで供給を開始している。このNexa 95は成分構造が従来の化石燃料由来ガソリンと同等であり、特別な対応を必要とせずに既存のガソリン車にも使用できる特徴を持つ。
Horse PowertrainとRepsolの試算によれば、H12 Conceptハイブリッドシステムを搭載した中型車が年間12,500kmを走行した場合、従来の化石燃料を消費する同クラスの車両と比較して、年間1.77トンのCO2排出量を削減できる。再生可能燃料の使用による「Well-to-Wheel」でのカーボン排出抑制に加え、エンジンそのものの高効率化による絶対的な燃料消費量の削減が掛け合わさることで、BEVと生産から廃棄までのライフサイクル全体(LCA)で比較しても遜色のない、あるいはバッテリー製造時の負荷を考慮すれば特定の条件下ではBEVを凌駕しうる環境性能を獲得している。
「テクノロジー・ニュートラル」を迫る産業界の政治的メッセージ
この共同開発プロジェクトは、欧州の自動車環境規制に対する強烈なメッセージという政治的な側面も包含している。現在の欧州連合(EU)の方針では、2035年に事実上、テールパイプからCO2を排出する内燃機関搭載車の新車販売が禁止される予定である。しかし、ACEA(欧州自動車工業会)のデータが示す通り、欧州の保有車(Vehicle Parc)の97%は依然として内燃機関で構成されている。インフラ整備の遅れやBEVの車両価格の高止まりにより、想定されていたほどの速度で新車のBEV移行が進んでいないのが現実である。
Repsolの副CEOであるLuis Cabraと、Horse TechnologiesのCEOであるPatrice Haettelの言及は、この現実に対する危機感を浮き彫りにしている。「脱炭素化は将来のソリューションを待つことなく、今日実行できる技術で加速させるべきである」「単一の技術に依存することは、排出削減のための最も早い道ではない」。彼らが主張するのは「テクノロジー・ニュートラル(技術的中立性)」のアプローチである。
つまり、規制当局に対して、駆動方式を「電動であるか否か」で判断するのではなく、車両がライフサイクルで排出するCO2の総量で評価する枠組みを求めている。100%再生可能燃料を使用する高効率ハイブリッドエンジンが、実質的なゼロエミッション・ソリューションとして認められれば、2035年以降も内燃機関の産業基盤を維持することが可能になる。これは、エンジン部品のサプライチェーンや数百万人の雇用を守ろうとする欧州自動車産業全体の切実な要求を代弁するものに他ならない。
異業種合弁「Horse Powertrain」が設計する次世代のサプライチェーン構造
このプロジェクトを牽引するHorse Powertrainという組織の構造自体が、今後の自動車産業におけるプレイヤーの力学変化を象徴している。Renault Groupが45%、中国のGeely(浙江吉利控股集団)が45%を拠出して2024年に設立され、さらにエネルギー大手のAramcoが10%の株式を取得している。ルノーの欧州市場における知見とエンジン技術、Geelyの電動化およびハイブリッド・トランスミッションにおける開発力と低コスト製造能力、そしてAramcoの合成燃料(e-fuel)や再生可能燃料に関する研究基盤という、三位一体の強固な布陣である。
従来、自動車メーカーはエンジンを自己のアイデンティティの中核とし、自社開発・自社生産に固執してきた。しかし、電動化への膨大な投資が必要となる中、ICEのR&Dリソース単独維持は困難になりつつある。RenaultやGeelyは、ICEとハイブリッド部門を切り離して統合し、スケールメリットを追求する道を選んだ。世界17カ所の生産拠点と5カ所の研究開発センターを持ち、19,000人の従業員を抱えるHorse Powertrainは、Renault、Geely Auto、Volvo Cars、Nissan、Mitsubishi Motors、Protonといった多様なブランドへパワートレインを供給する。
ここにRepsolのようなエネルギー企業が合流することで、「燃料」と「それを燃やすハードウェア」が同時並行で設計・最適化されるエコシステムが誕生する。新しい燃料が市場に出回るのを待ってからエンジンを改修するのではなく、特殊な再生可能ガソリンの燃焼特性に最初からアジャストされた超高圧縮エンジンを共に創り上げる。これは、かつての自動車産業には見られなかった、水平分業と業種横断的な垂直統合が入り混じったハイブリッドなビジネスモデルである。
マルチパスウェイの具現化へ
H12 Conceptはすでにベンチテストの段階を終え、2台のプロトタイプエンジンの稼働確認が完了している。2026年初頭には、このエンジンを搭載した最初のデモンストレーター車両が公開される予定である。この段階的なアプローチは、コンセプトに留まらず、商用化に向けた確固たるロードマップの存在を示している。
現在、世界の自動車産業は、性急なEVシフトの反動から、プラグインハイブリッド(PHEV)やフルハイブリッドへの「揺り戻し」を経験している。その中で、Horse PowertrainとRepsolが提示した解は、「既存技術の妥協的な延命」ではなく「完全なカーボンニュートラルを達成する内燃機関」という新しいカテゴリの創出である。
地域の電力インフラ、充電設備の普及率、消費者の経済力、そして再生可能エネルギーへのアクセス可能性は、国や地域ごとに大きく異なる。すべてのユーザーにBEVを強制する画一的なアプローチが限界を露呈しつつある今、既存の給油インフラをそのまま活用し、即座に大規模なCO2削減効果を発揮する再生可能燃料ハイブリッドは、地球規模の気候変動対策において欠かすことのできない「現実的な特効薬」となる。2026年に向けた実車テストの成否は、テクノロジーの進化が提示する新たな選択肢が、規制の壁をいかに超えて社会に実装されるかを測る試金石となるだろう。
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