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職場では「AIを使う人」への評価が下がる傾向に?最新研究が示す意外な落とし穴

Y Kobayashi

2025年5月10日

生成AI技術、特にChatGPTやClaude、Geminiといった生成AIツールの進化は目覚ましく、私たちの働き方を大きく変えようとしている。事実、Googleが顧客サービスエージェントを対象に行った調査では、AIアシスタントの利用により平均14%の業務効率向上、特にパフォーマンスの低いエージェントでは35%もの大幅な改善が見られたと報告されており、AIがもたらす生産性への期待は高まるばかりである。しかし、その一方で、AIの利用が個人の職場での評価にネガティブな影響を及ぼす可能性を示唆する研究結果が発表され、注目を集めている。

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最新研究が警鐘「AI利用者は怠惰で無能」との誤解も

米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されたデューク大学の研究チーム(Jessica A. Reif氏、Richard P. Larrick氏、Jack B. Soll氏)による論文「Evidence of a social evaluation penalty for using AI」は、職場でAIツールを利用する従業員が、同僚や上司から能力や意欲について否定的な評価を受ける傾向があることを明らかにした。この研究は4,400人以上の参加者を対象とした4つの実験を通じて行われ、AI利用がもたらす「社会的ペナルティ」の存在を裏付けている。

研究者たちは、「我々の発見は、AIツールの導入を検討している人々にとってジレンマを明らかにするものです。AIは生産性を向上させることができる一方で、その利用には社会的なコストが伴うのです」と述べている。

実験1:AI利用者は「評価低下」を予期し、利用を隠したがる傾向

最初の実験では、参加者にAIツールまたは従来のダッシュボード作成ツールを仕事で使用する場面を想像してもらった。その結果、AIツールを使用するグループは、従来技術を使用するグループに比べて、自身が「怠惰」「能力が低い」「勤勉でない」「より代替可能」と見なされるだろうと予測していることが判明した。

具体的には、「開示度(Disclosure)」「能力(Competence)」「勤勉さ(Diligence)」といったポジティブな評価項目では低いスコアを、一方で「怠惰(Lazy)」「代替可能(Replaceable)」といったネガティブな評価項目では高いスコアを予測していたのである。さらに、AIツールグループの参加者は、その利用を同僚や上司に開示することに消極的であることも示された。

実験2: 第三者評価でもAI利用者はネガティブな印象

続く実験では、これらの懸念が正当化される結果となった。参加者に従業員の行動記述を評価してもらったところ、AIの支援を受けている従業員は、AI以外の支援を受けている従業員や全く支援を受けていない従業員と比較して、一貫して「怠惰」「能力が低い」「勤勉でない」「自立していない」「自信がなさそう」と評価される傾向が見られたのである。

この「社会的ペナルティ」は、AI利用が職場で一般的か稀かといった認識によっても大きく変わらないことも、補足研究で示唆されている。つまり、AI利用が日常的な光景になったとしても、この種の偏見は根強く残る可能性があるということだ。

興味深いことに、このペナルティは対象者の年齢、性別、職種といった属性に関わらず一貫して見られた。研究者らは、「AI利用に対する社会的なスティグマは、特定の層に限定されるものではなく、より一般的な現象である」と結論付けている。

採用場面でも影響?AI利用経験の有無が判断を左右

この「社会的ペナルティ」は、実際のビジネス判断、特に採用場面においても影響を及ぼす可能性が示唆された。

実験3: AIを使わないマネージャーはAI利用者を敬遠

3番目の実験は、採用というリアルなビジネスシーンを想定して行われた。ここでは、AIを日常的に使用していないマネージャーは、AIツールを頻繁に使う応募者を採用する可能性が低いことが示された。 一方で、興味深いことに、マネージャー自身がAIを頻繁に利用している場合は、逆にAIを使う応募者を好意的に評価する傾向が見られたのである。

この結果は、AI利用に対する評価が、評価者自身のAIに対する習熟度や経験に大きく左右されることを示唆している。

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「怠惰」という認識が評価低下の鍵 – ただし例外も

では、なぜAIの利用はネガティブな評価に繋がりやすいのであろうか。

実験4: 「怠惰さ」が主な原因 – しかしタスク適合性が重要

4番目の実験では、AI利用者が「怠惰である」という認識が、評価低下の主な媒介要因であることが特定された。つまり、AIに頼ることは努力を怠っていると見なされやすいのである。

しかし、このネガティブな評価は、AIの利用がそのタスクにとって明らかに有用である場合には軽減されることも分かった。例えば、手作業が中心のタスクでAIを利用すると、タスクへの適合性が低いと見なされ、怠惰さとは別に直接的にネガティブな評価に繋がった。一方で、AIが有用と考えられるデジタルタスク(例:大量のメール作成)においては、AI利用がタスクへの適合性が高いと認識され、怠惰さによるマイナス評価を部分的に相殺する効果が見られたのである。

「隠れAIユーザー」と新技術への懐疑論:歴史は繰り返すのか?

実は、新しい技術が登場するたびに、その利用者が能力を過小評価されるのではないかという懸念が生じるのは、今に始まったことではない。教育現場での電卓使用に関する議論も過去にはあり、省力化ツールが利用者の能力に対するネガティブな印象につながるという懸念は古くから存在した。

このような背景から、AIの利用を公にせず、いわば「秘密のサイボーグ」(ウォートン校のEthan Mollick教授による表現)としてAIを活用する従業員が増えているという現象も報告されている。 多くの企業がAI生成物の利用を禁止していることも、この傾向に拍車をかけているのかもしれない。

AI導入のジレンマ:生産性向上と社会的評価の狭間で

今回のデューク大学の研究は、企業や個人がAI導入を進める上で、生産性向上というメリットの裏に潜む「社会的評価」という見えざるコストが存在することを明確にした。

だが、メリットもこれまでに報告されている。Googleが顧客サービス担当者向けにAIアシスタントを導入した結果、平均14%の効率向上(年間122時間の節約に相当)が見られ、特に成果の低い担当者においては35%もの生産性向上に繋がったという事例がある。 このようにAIがもたらす恩恵は計り知れない一方で、その利用に対する周囲の目が、個々の従業員のAI活用を躊躇させる「隠れた障壁」となる可能性は否定できない。

AIが生み出す新たな仕事と複雑化する労働環境

さらに問題を複雑にしているのは、AIが必ずしも単純な省力化に繋がるわけではないという側面である。先日ご紹介したように、シカゴ大学とコペンハーゲン大学の経済学者の研究によれば、AIツールによって時間短縮効果を実感した労働者が64~90%に上る一方で、8.4%の従業員にとってはAIが逆に新たな仕事を生み出している(AIの出力チェックや学生のAI利用検知など)ことも明らかになっている。

世界経済フォーラムの「仕事の未来レポート2025」では、AIが2030年までに世界で1億7000万の新たな職を創出し、9200万の職を淘汰、結果として7800万の純増となると予測されている。 このように、AIが仕事のあり方に与える影響は多岐にわたり、一筋縄ではいかない複雑な様相を呈しているのだ。

私たちはAIとどう向き合うべきか

今回のデューク大学の研究結果は、AIの利活用を推進する上で、技術的な側面だけでなく、人間の心理や社会的な側面にも目を向けることの重要性を改めて教えてくれる。AI利用者が「怠惰」や「能力不足」といった不当な評価を受けることなく、その恩恵を最大限に享受できる環境をどう構築していくか。これは、企業にとっても、個々の働く人々にとっても、AI時代における喫緊の課題と言えるであろう。

AIのタスクへの適合性を明確にし、利用の正当性を周知すること。そして、評価者自身がAIへの理解を深め、その有用性を体験すること。これらが、AI利用に対するネガティブなバイアスを乗り越えるための一歩となるのかもしれない。テクノロジーの進化と、それを受け入れる人間の意識の進化。その両輪が揃って初めて、AIは真の意味で私たちの働き方を豊かにしてくれるのではないだろうか。

AIは、私たちの働き方を根底から変革する可能性を秘めた技術である。その恩恵を最大限に享受するためには、技術的な側面だけでなく、それが人間の心理や社会関係に与える影響についても深く理解し、賢明に対応していく必要がある。今回の研究は、そのための重要な一石を投じたと言えるであろう。私たちは、AIを単なる「道具」としてだけでなく、共に働く「パートナー」として受け入れるための準備を、今まさに問われているのかもしれない。


論文

参考文献

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「職場では「AIを使う人」への評価が下がる傾向に?最新研究が示す意外な落とし穴」への1件のフィードバック

  1. ・単なる道具
    使う奴は怠惰。

    ・共に働くパートナー
    職場を奪う敵。

    ・バーチャルセックスの相手
    地球の未来にご奉仕するにゃん。

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