日本のスタートアップ企業が、人類究極のエネルギー源と目される核融合の実用化に向け、世界を驚かせる一歩を刻んだ。株式会社Helical Fusionは2025年10月27日、商用核融合炉に不可欠な「高温超伝導(HTS)コイル」の性能試験に、世界で初めて成功したと発表した。この成功は日本独自の「ヘリカル方式」が、熾烈な国際開発競争の先頭に躍り出る可能性を秘めた、歴史的な転換点となるかもしれない。
「世界初」の快挙、その技術的内実
今回の発表の核心は、核融合炉内部の極限環境を再現した条件下で、大型の高温超伝導コイルが安定して性能を発揮したことにある。この成功がどれほど画期的なのか、その技術的な内実を具体的に見ていきたい。

40kA、7テスラ、15K – 成功を裏付ける驚異の数値
Helical Fusionが達成した成果は、具体的な数値によって裏付けられている。同社は、岐阜県にある核融合科学研究所(NIFS)の施設を利用し、以下の条件をクリアした。
- 40kA(キロアンペア)の電流: 商用炉で必要とされる大電流を安定して流すことに成功。
- 7テスラ(Tesla)の強力な磁場: 核融合反応の燃料となる超高温のプラズマを閉じ込めるために必要な強力な磁場環境下での達成。
- 15K(ケルビン)、摂氏マイナス258.15度での安定稼働: 極低温状態で電気抵抗がゼロになる「超伝導」現象を、安定して維持した。
ここでいう「高温超伝導」とは、従来の超伝導材料よりも「比較的」高い温度で超伝導状態になることを意味する。それでも摂氏マイナス258度という極低温の世界ではあるが、この「比較的高温」で動作するHTSコイルは、冷却コストを大幅に削減し、よりコンパクトで強力な磁石を製造できるため、商用炉の実現には必須の技術とされている。
今回の試験成功は、Helical FusionがHTS技術を実験室レベルから商業炉レベルへとスケールアップさせる能力を持つことを証明したものであり、同社が計画する次段階の実証装置「Helix HARUKA」の建設に進むための、最後の技術的ハードルをクリアしたことを意味する。
なぜ「ヘリカル方式」がゲームチェンジャーなのか
現在、世界では約50の核融合プロジェクトが進行中だが、その多くは「トカマク方式」と呼ばれる設計を採用している。 一方、Helical Fusionが採用するのは、日本が60年以上にわたって研究をリードしてきた「ヘリカル・ステラレーター方式」だ。 この選択こそが、同社をユニークな存在たらしめている。
トカマク方式との決定的な違い – 「連続運転」という切り札
核融合炉は、太陽の中心部のような1億度以上のプラズマを、強力な磁場のカゴで閉じ込めておく必要がある。
- トカマク方式: ドーナツ型の容器内のプラズマ自体に巨大な電流を流すことで、磁場の一部を生成する。この仕組み上、原理的にプラズマ電流を維持し続けることが難しく、連続的な長時間運転(定常運転)には技術的な課題が残る。
- ヘリカル方式: 複雑にねじれた形状のコイルそのものが、プラズマを閉じ込めるための磁場カゴを全て作り出す。プラズマに電流を流す必要がないため、原理的に24時間365日の連続運転が可能となる。
この「連続運転」能力こそが、発電所として商業的に成立するための絶対条件であり、ヘリカル方式が持つ最大の強みだ。
商用炉の三要件を唯一満たす可能性

Helical Fusionは、商用核融合炉には3つの必須要件があるとしている。
- 定常運転: 24時間365日、安定して稼働できること。
- 正味発電: 炉の運転に投入するエネルギーよりも、生み出すエネルギーの方が多いこと。
- 保守性: 炉の部品を短期間で効率的にメンテナンスできること。
同社は、現在開発されている複数の方式の中で、これら三要件を「既存の技術」で同時に満たすことができるのは、唯一ヘリカル方式だけだと主張している。 今回のHTSコイルの成功は、この主張の実現性に、力強い裏付けを与えた形だ。
壮大なロードマップ「Helix Program」
この歴史的成功を礎に、Helical Fusionは「Helix Program」と名付けた壮大なロードマップを着実に進めていく。
次なる一手「Helix HARUKA」- 統合実証への挑戦
次なるステップは、統合実証装置「Helix HARUKA」の建設だ。 これは、今回成功したHTS磁石技術と、エネルギーを取り出すためのブランケット/ダイバータシステムという、核となる2つの技術を統合し、安定した連続的な核融合反応が可能であることを実証するための装置である。この検証は2020年代後半までに完了する計画だ。
2030年代のゴール「Helix KANATA」- パイロットプラントが描く未来

そして2030年代には、フュージョンエネルギーによる「実用発電」を達成するパイロットプラント「Helix KANATA」の稼働を目指す。 ここでは、前述の商用炉三要件(定常運転、正味発電、保守性)を全て満たし、核融合が真に持続可能で高効率なエネルギー源であることを世界に証明する計画だ。
世界的な開発競争と日本の立ち位置
核融合エネルギー市場は、2050年までに世界で数百兆円規模に成長すると予測されており、国際競争は激化の一途をたどっている。
米中が巨額投資、日本は「技術」で先行できるか
米国ではマサチューセッツ工科大学(MIT)発のCommonwealth Fusion Systemsなどが、中国も国家主導で、それぞれ過去数年で1兆円(約66億ドル)を超える巨額の投資を行っている。 これに対し、日本の投資額は約1000億円にとどまっているのが現状だ。
Helical Fusionの田口昂哉CEOは、この資金格差に危機感を示しつつも、政府の支援強化への期待を語る。 「高市(新首相)政権が、資金調達と政策支援の強化を通じて、米国や中国との差を埋め、さらには追い越してくれることを期待している」と述べている。
幸いにも、日本政府もこの動きを後押ししている。同社は文部科学省のSBIR(スモールビジネス・イノベーション・リサーチ)Phase 3プログラムを通じて、20億円(約1300万ドル)の資金提供を受けている。 資金力では劣るものの、60年以上の研究で培われた「技術の蓄積」を武器に、日本がこのレースをリードできる可能性は十分にある。
技術の先を見据える視座 – 世界初の「核融合倫理」
Helical Fusionの取り組みで特筆すべきは、単なる技術開発に留まらない点だ。同社は2025年10月23日、福岡大学と共同で、世界初となる「『核融合倫理』の構築」に関する研究を開始したことを発表している。
なぜ今、「倫理」なのか?
クローン技術やAIがそうであったように、社会を根底から変えうる革新技術には、必ず倫理的な議論が伴う。フュージョンエネルギーは、資源の制約から人類を解放し、エネルギーのあり方を不可逆的に変える可能性を秘めている。
田口CEOは、「単に技術を開発するだけでなく、それが社会・人類・地球に及ぼす影響について責任を持つ意味で、早くから哲学・倫理学的観点からの考えを深める必要がある」と、研究開始の意義を語る。
この共同研究は、エネルギーが無限に近くなった社会で、人類の価値観や生き方はどう変わるのか、どのような倫理的課題が浮上するのかを探求する、前例のない試みだ。 技術の社会実装が本格化する前に、その光と影を見据え、人類社会が備えるべき土台を築こうとしている。この先見性は、同社が目指すものが単なるビジネスの成功ではなく、人類の未来に対する深い責任感に基づいていることを示している。
日本発の技術は、地上を照らす「太陽」となるか
Helical Fusionが達成したHTSコイル試験の成功は、暗闇に差し込んだ一筋の光のように、クリーンで無尽蔵なエネルギー源への道を照らし出した。それは、長年にわたる日本の地道な基礎研究が、世界最先端のスタートアップの力で開花した瞬間でもある。
もちろん、実用化への道のりはまだ長く、技術的、資金的、そして倫理的な課題が山積している。しかし、「連続運転」という明確な優位性を持つヘリカル方式を武器に、日本がこの壮大なレースで世界をリードする。今回の快挙は、そんな夢物語を現実的な目標へと引き寄せた。
田口CEOは今回の成功を「世界的な転換点」と表現した。 まさにその言葉通り、日本の挑戦が、エネルギー問題に苦しむ人類にとっての希望の灯となるのか。地上に「第二の太陽」を創るという壮大な挑戦から、目が離せない。
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