ウォール街の有力投資銀行Jefferiesのグローバル株式戦略責任者であり、著名なマーケットストラテジストであるChristopher Wood氏が、自身の管理するモデルポートフォリオからビットコイン(Bitcoin)の全保有分を削除したというニュースは、“資産のリバランス”以上の意味を市場に投げかけるものだ。

2026年1月16日、Wood氏は顧客向けニュースレター「Greed & Fear」において、長年維持してきたビットコインの10%配分を撤廃し、その資金を物理的な金(Gold)と金鉱山株へ再配分することを発表した。その理由は、価格変動や規制リスクではなく、「量子コンピュータ技術の進展による暗号解読の脅威」という、ブロックチェーンの存続基盤に関わる構造的な懸念であった。

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「デジタル・ゴールド」から「物理的ゴールド」への回帰

Christopher Wood氏は、金融業界においてその発言が市場を動かすほどの影響力を持つストラテジストの一人である。彼は2020年12月、パンデミックに伴う各国政府の過剰な金融緩和と通貨価値の希薄化を懸念し、ビットコインを「デジタル・ゴールド」と位置づけてポートフォリオに組み入れた。その後、配分を10%まで引き上げ、2020年の投資開始以来、実に325%のリターンを記録している。

しかし、今回の決定で彼はそのポジションを完全に清算し、以下の配分へシフトさせた。

  • 物理的な金:5%
  • 金鉱山関連株:5%

為替ヘッジから技術的リスク回避へ

この動きは、機関投資家のビットコインに対する評価軸が、「金融政策へのヘッジ手段(インフレ対策)」から「長期的な技術的耐久性の検証」へとシフトしていることを明確に示している。Wood氏は、短期的な価格変動ではなく、「価値の保存手段(Store of Value)」としての永続性に疑問符がついたと判断したのだ。年金基金や長期保有を前提とするポートフォリオにおいて、10年、20年先に「鍵が開けられるかもしれない金庫」に資産を預けることは、受託者責任の観点から許容され難いリスクとなりつつある。

量子脅威の正体:ECDSAとShorのアルゴリズム

なぜ今、量子コンピュータがビットコインの脅威として具体的に語られ始めたのか。その核心は、ビットコインが依存する暗号技術と、量子コンピュータが得意とする計算能力の非対称性にある。

楕円曲線暗号(ECDSA)の脆弱性

ビットコインのセキュリティは、楕円曲線デジタル署名アルゴリズム(ECDSA)によって守られている。これは、公開鍵(Public Key)から秘密鍵(Private Key)を逆算することが、現在のスーパーコンピュータでも数億年かかるという「計算量的困難性」を前提に成り立っている。

しかし、量子力学の原理を応用した量子コンピュータにおいて「ショアのアルゴリズム(Shor’s Algorithm)」が実用レベルで稼働した場合、この前提は崩壊する。十分な量子ビット数(Qubits)とエラー訂正能力を持つマシンであれば、公開されている公開鍵から短時間で秘密鍵を特定することが理論上可能となるのだ。

露出した400万〜1000万BTCのリスク

ここで重要なのは、すべてのビットコインが即座に危険に晒されるわけではないという点だ。Wood氏が引用したChaincode Labs等の研究によれば、現在の循環供給量の20%50%にあたる400万〜1000万BTCが、量子攻撃に対して脆弱な状態にあるとされる。

これには以下のものが含まれる:

  1. P2PK(Pay-to-Public-Key)アドレス: 初期のビットコイン(Satoshi Nakamotoが採掘したコインを含む)で使用されていた形式で、公開鍵がブロックチェーン上にそのまま記録されている。
  2. アドレスの再利用: 一度でも送金を行ったアドレスは、署名検証のために公開鍵がネットワーク上に公開されるため、量子攻撃の標的となり得る。

「ハーベスト・ナウ、デクリプト・レイター(Harvest Now, Decrypt Later / 今収集し、後で解読する)」という攻撃手法への懸念も、長期投資家を不安にさせる要因だ。攻撃者は現在、公開鍵情報を収集・保存しておき、数年後に量子コンピュータが完成した瞬間に資産を奪取することが可能だからだ。

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タイムラインの乖離:開発者の「5年」と投資家の「永遠」

だがこの脅威に対する認識には、技術者と投資家の間で決定的な「時間軸の乖離」が存在する。

開発者コミュニティの主張:「まだ先の話」

ビットコインの著名な開発者であるJameson Lopp氏やBlockstreamのAdam Back氏は、量子脅威について過度なパニックを戒めている。Lopp氏は2025年12月、「量子コンピュータがビットコインを破る未来はすぐには来ない」としつつも、プロトコルの変更や資金の移行には「5年から10年」を要する可能性があると指摘した。

開発者側の論理はこうだ。
「脅威が顕在化する前に、量子耐性を持つ署名方式(Post-Quantum Cryptography: PQC)へソフトフォーク(アップグレード)すればよい。ビットコインは進化するソフトウェアである」

投資家が見る「ガバナンス・リスク」

一方で、Wood氏のような機関投資家にとって、この「5〜10年かかる移行プロセス」こそが最大のリスク要因となる。

ビットコインの最大の強みは「分散化されたガバナンス」にあるが、緊急時の迅速な意思決定においては、これが最大の弱点となる。全ノード、マイナー、ウォレット事業者が協調して新しい暗号方式へ移行するには、政治的な合意形成と膨大な技術的調整が必要だ。かつてのブロックサイズ戦争(2015-2017年)が示したように、コミュニティの分断やハードフォークの混乱が生じる可能性は否定できない。

中央集権的な銀行システムであれば、運営主体が一夜にしてシステムをパッチ修正できる。しかし、ビットコインには「社長」も「本部」も存在しない。Wood氏の撤退は、「技術的な解決策が存在するか」ではなく、「分散型コミュニティが期限内に、致命的な混乱なくその解決策を実装できるか」というガバナンス能力への不信感の表れとも読み取れる。

なぜ「金(Gold)」なのか

Wood氏がビットコインの代替として「金」を選んだ理由は明白だ。金は物理法則と化学的安定性に依存しており、ソフトウェアのバグも、暗号解読のリスクも存在しないからだ。

不確実性へのヘッジ手段としての回帰

AIや量子技術が指数関数的に進化し、デジタルの世界があらゆる意味で「ハック可能」になりつつある時代において、ハック不可能な物理的資産(Real Assets)のプレミアムが再評価されている。

Ark InvestのCathie Wood氏は依然としてビットコインの「希少性」と「固定供給量」を支持しているが、JefferiesのChristopher Wood氏の動きは、「希少性があっても、金庫の扉が開いてしまえば意味がない」という、より根本的なセキュリティレイヤーへの問いかけである。

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今後の展望と市場への影響

Jefferiesの動きは、単独の事象ではなく、トレンドの先駆けとなる可能性がある。

  1. 機関投資家のデューデリジェンスの変化:
    今後、年金基金やファミリーオフィスが暗号資産への配分を検討する際、「量子耐性へのロードマップ」が必須の確認事項となるだろう。
  2. 「Q-Day」へのカウントダウン:
    量子コンピュータが現在の暗号方式を破る日(Q-Day)は、かつては数十年先と言われていたが、現在は2030年代前半、あるいはそれより早い段階と予測する声も増えている。ビットコイン・ネットワークにとって、残された時間は決して長くはない。
  3. ビットコインの進化:
    この危機感は、逆にビットコインの開発を加速させる触媒ともなり得る。すでに「Project Eleven」のようなスタートアップが、ブロックチェーン向けの量子耐性ツールの開発に2000万ドルを調達するなど、エコシステムは動き出している。

Christopher Wood氏の決断は、ビットコインが「実験的な投機対象」から「真の社会的インフラ」へと脱皮するために避けて通れない試練を浮き彫りにした。量子脅威はSFの話ではなく、今そこにある資産保全上のリスクである。

ビットコインが「デジタル・ゴールド」としての地位を死守するためには、過去の成功体験(分散化と不変性)に固執するだけでなく、迫りくる技術的パラダイムシフトに対して、柔軟かつ迅速に自己変革できることを証明しなければならない。今後数年間で、ビットコイン・コア開発者とコミュニティが提示する「量子耐性への移行計画」の具体性と信頼性が、機関投資家マネーの帰趨を決定づけることになるだろう。


Sources