電気自動車(EV)や大規模エネルギー貯蔵システム(ESS)の普及における最大のボトルネックの一つであった「コスト」と「安全性」の問題に対し、韓国標準科学研究院(KRISS)が決定的なブレイクスルーをもたらした。

2026年1月16日、KRISSの新素材計量グループは、酸化物系全固体電池の核心材料である「ガーネット型固体電解質」の製造において、従来の手法を一変させる新技術を開発したと発表した。この技術は、製造コストを従来の10分の1に削減するだけでなく、電解質の相対密度を過去最高レベルの98.2%にまで高めることに成功している。

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全固体電池が直面していた「焼結のジレンマ」

リチウムイオン電池に代わる次世代バッテリーの筆頭候補として、全固体電池(All-Solid-State Batteries, ASSBs)への期待はかつてないほど高まっている。可燃性の液体電解質を使用しないため、火災や爆発のリスクを構造的に排除できるからだ。

特に、セラミックス素材を用いる酸化物系全固体電池は、硫化物系で懸念される有毒ガスの発生リスクがなく、化学的安定性と高いエネルギー密度を持つため、究極の安全性を求める市場から熱視線を浴びている。その中でもガーネット型酸化物(LLZO: Li₇La₃Zr₂O₁₂)は、高いイオン伝導率を持つ有望な材料である。

しかし、この夢の材料には、実用化を阻む巨大な壁が存在した。それが「焼結(Sintering)プロセスにおけるリチウムの揮発」という物理的課題である。

1000℃の熱とリチウムの逃亡

セラミックスであるガーネット型電解質を高性能化するには、粉末を1000℃以上の高温で焼き固める(焼結する)必要がある。粒子同士を密着させ、イオンが通る「道」を繋ぐためだ。

ところが、リチウムは高温で非常に揮発しやすい性質を持つ。焼結中にリチウムが蒸発してしまうと、電解質の結晶構造(立方晶)が崩れ、イオン伝導率が低下し、さらには焼結体の強度が落ちて割れやすくなるという致命的な欠陥を引き起こす。

非効率な旧来の解決策:マザーパウダー法

これまで、研究者たちはこのリチウム揮発を防ぐために、「マザーパウダー(Mother Powder)」と呼ばれる手法を用いてきた。これは、焼結したい電解質ペレットを、同じ組成のリチウムを含む大量の粉末(マザーパウダー)の中に埋め込んで焼くという方法だ。周囲をリチウム雰囲気で満たすことで、ペレットからの蒸発を抑制するのである。

しかし、この方法は商業化には不向きであった。

  • 材料の浪費: 製造する電解質の10倍以上もの量のリチウム粉末を使い捨てにする必要がある。
  • コスト増大: 希少金属であるリチウムを大量に廃棄するため、製造コストが跳ね上がる。
  • スケーラビリティの欠如: 粉末に埋める工程は、大面積化や連続生産を困難にする。

KRISSの研究チームが解決したのは、まさにこの「マザーパウダーへの依存」という構造的な問題であった。

第3の道:多機能コーティングによる「自己制御焼結」

KRISSの新素材計量グループ、Baek Seung-Wook博士率いる研究チームが開発したのは、Li-Al-O(リチウム-アルミニウム-酸化物)系化合物を用いた多機能コーティング技術である。

この技術の核心は、焼結前の固体電解質粉末の表面に、あらかじめ特殊な化合物を薄くコーティングしておく点にある。この極めて薄い層が、焼結プロセスにおいて以下の3つの役割を同時に果たす「多機能エージェント」として機能する。

① リチウム供給源としての機能

高温焼結が始まると、コーティング層に含まれるリチウムが徐々に放出される。これにより、外部からマザーパウダーでリチウムを補給せずとも、粒子の表面近傍でリチウム濃度が維持される。つまり、コーティング層そのものが「マイクロなマザーパウダー」として機能し、内部からのリチウム枯渇を防ぐのである。

② はんだ付け効果

ここが本技術の最も独創的な点である。Li-Al-O系化合物は、焼結温度域において一種の液相(liquid phase)を形成しやすく、これが粒子間の隙間を埋める「はんだ」のような役割を果たす。
固体同士の接触点だけでなく、粒子間の隙間を液相が濡らすことで、物質移動が劇的に促進される。これにより、低温・短時間での緻密化が可能となり、空隙(ポア)のない高密度な焼結体が形成される。

③ 粒界の改質

コーティング材は焼結後、粒子と粒子の境界(粒界)に偏析する。このLi-Al-O層は高いリチウムイオン伝導性を持つ一方で、電子伝導性は低い。これが、後述する電池性能の飛躍的な向上に寄与することになる。

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数値が証明する圧倒的な性能向上

この新技術を用いて作製された固体電解質膜は、従来のプロセスで作られたものと比較して、すべての主要指標において圧倒的な性能を示した。

記録的な密度:98.2%

研究チームは、マザーパウダーを一切使用せずに、相対密度98.2%という驚異的な数値を達成した。
セラミックスにおいて密度は命である。内部に空隙があると、そこが抵抗となりイオンの流れを阻害するだけでなく、機械的強度が低下し、充放電中に割れる原因となる。98.2%という数字は、理論上の限界に極めて近い、ほぼ完全な「密実体」であることを意味する。これにより、化学的・機械的欠陥のない高強度な電解質膜が実現した。

イオン伝導率:2倍以上

緻密化が進んだこと、および粒界抵抗が減少したことにより、リチウムイオン伝導率は従来材の2倍以上に向上した。これは、EVの急速充電性能や高出力化に直結するパラメータである。

電子伝導率:20分の1以下(絶縁性の向上)

ここも注目すべき点である。固体電解質はイオンを通すべきだが、電子を通してはならない(電子が通ると内部短絡=ショートの原因になる)。
新技術による電解質膜は、電子伝導率が従来の20分の1以下に低減された。これは、粒界に形成されたLi-Al-O層が電子の遮蔽壁として機能していることを示唆する。この特性により、内部リーク電流のリスクが激減し、電池のエネルギー効率と安全性が飛躍的に向上する。

大面積化と歩留まり:16cm² / 99.9%

実験室レベルの研究では直径1cm程度のコインサイズが一般的だが、本研究ではその10倍以上の面積を持つ16cm²の大型電解質膜の作製に成功した。しかも、その製造歩留まり(良品率)は99.9%である。これは、この技術が単なる実験室の成功に留まらず、即座に産業応用可能なレベルにあることを強く示唆している。

産業的・経済的インパクト:$550の壁を壊す

この技術の真価は、その科学的にエレガントである以上に、経済的な破壊力にある。

コストの大幅削減

従来のマザーパウダー法では、製品よりもはるかに多い量のリチウム原料を廃棄していた。今回の「マザーパウダーフリー」技術により、この無駄が完全に排除される。KRISSの試算によれば、製造コストは従来の10分の1に削減されるという。

サプライチェーンの変革

KRISS新素材計量グループの博士研究員であるKim Hwa-Jung氏は次のように指摘している。
「現在、韓国はガーネット型固体電解質ペレットを完全に輸入に依存しており、その価格は直径わずか1cmのもので550米ドル(約8万円)以上もします」

たった1枚の小さなセラミック片に数万円のコストがかかる現状では、EVへの搭載など夢のまた夢であった。しかし、今回の技術革新により、この高付加価値部材の国産化(および低コスト化)への道が大きく開かれたことになる。これはバッテリー素材市場の勢力図を塗り替える可能性を秘めている。

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安全性への貢献:データセンター火災の教訓

本技術の背景には、切実な社会的要請がある。それは「リチウムイオン電池の火災リスク」だ。

近年、韓国では国家情報資源サービス(NIRS)が運営する政府データセンターでの火災や、地下駐車場でのEV爆発事故など、バッテリー起因の重大事故が相次いでいる。液体電解質を用いる既存のリチウムイオン電池は、一度発火すると「熱暴走」を起こし、消火が極めて困難である。

KRISSが開発した全固体電池技術は、可燃性液体を完全に排除する。今回開発された高密度・高強度の固体電解質膜は、物理的な衝撃や高温環境下でも安定しており、火災や爆発の根本的な解決策となる。Baek Seung-Wook主席研究員は、「この成果は、20年以上未解決だったガーネット型固体電解質の材料・製造上の課題を完全に解決するものだ」と自信を見せている。

結論と今後の展望

KRISSによる今回の発見は、固体物理学の知見を巧みに利用した「コロンブスの卵」的な発想の転換であった。高価なマザーパウダーで覆うのではなく、粒子一つ一つに機能性コートを施すことで、リチウムの揮発を抑えつつ焼結を促進するという一石二鳥のアプローチは、材料工学の教科書に載るべき好例と言える。

この技術は、電気自動車やESS市場におけるゲームチェンジャーとなる可能性が高い。コストという最大の壁が取り払われた今、全固体電池の実用化時計の針は、我々の予想よりも早く進み始めたのかもしれない。


論文

参考文献