Linus Torvalds氏は2026年8月16日、Linux 7.2を公開した。今回の確定版は、複数のラストレベルキャッシュ(LLC)を持つCPUでタスク配置を見直すキャッシュ認識スケジューリング、MGLRU(Multi-Gen LRU)の回収処理、USB4ケーブルを使う新しいデータ転送インターフェースを取り込んだ。一方、GPUの実行機会をより公平に配るDRMのfair policyは、既定にする直前の変更が回帰報告を受けて戻された。新機能の数を追うより、何が確定版に残り、どこに実験扱いの線が引かれたかを見るべきリリースである。
Torvalds氏によると、最終週は望んだより大きくなった。それでもリリースを先延ばしにせず、問題を起こした未成熟なコードをlate revertで戻した。Linux 7.2は上流のmainline版であり、2026年8月18日時点でlongterm指定を受けた版ではない。各ディストリビューションがいつ取り込むかも、ここからは個別の判断になる。
公開直前に戻されたDRM公平化の既定化
DRMのfair policyは、GPUスケジューラの公平性を扱う実装として7.2に残ったが、既定policyではない。8月11日の変更では、報告された回帰が解消するまでexperimentalとする方針が示され、同日に既定をfairへ切り替えるコミットがrevertされた。FIFOやRRの削除に加え、run queueを一つにまとめる変更も戻されている。
ここで区別すべきなのは、実装が存在することと、すべての利用者に既定で適用されることだ。今回の確定版で前者は残ったが、後者は見送られた。GPU処理の公平化を7.2の完成済みの標準動作として扱うことはできない。回帰の原因が解消され、experimental policyから外れるかどうかは、今後のマージで確認する必要がある。
複数LLCで変わるタスク配置とメモリ回収
キャッシュ認識スケジューリングは、1つのNUMAノードの中に複数のLLCがあるトポロジーで働く。データを共有するタスクを同じLLCへ寄せ、キャッシュミスを減らす狙いだ。ただし、負荷が高いときまで優先LLCへ集め続ける設計ではなく、過負荷なら集約を抑える。debugfsから無効化もできる。
コミットに記録されたSapphire RapidsとAMD Genoaでの試験では、低負荷のhackbenchが10%から50%改善した。一方、netperfからstream、stress-ngまでの調和平均には明確な差がなかった。負荷が上がると効果も小さくなるため、CPU全般を高速化するスイッチとは言えない。共有データを持つ処理と、CPUのキャッシュ構成が条件を満たすかで結果は変わる。
メモリ回収では、MGLRUがdirty folioとwritebackの処理をreclaim loopへ移した。YCSB Workload Bの単一測定では、throughputは62,485 ops/sから80,857 ops/sへ29.4%増え、平均レイテンシは501usから387usへ22.8%下がった。file refaultも34,522,071から19,516,246へ43.5%減った。これらはこのワークロードでの報告値であって、あらゆるアプリケーションで同じ差が出るという意味ではない。
swap table phase IVも、匿名メモリとshmemのswap割り当て、課金、メタデータ管理を統合する。1TBのswapデバイスをマウントした例では、約512MBのメモリを節約した。これはswap容量に応じて管理構造を削る効果の例であり、アプリケーションのthroughputを直接保証する数値ではない。
Btrfs、暗号化、openat2に入る実務上の変更
Btrfsは、Linux 6.17から実験扱いだったlarge folioを7.2で既定有効にした。実験用configでは最大2MiBのhuge folioも扱える。Btrfsのpull説明は、順次書き込みで15%の改善、直列化が残っていたdirect I/Oでthroughputを60%取り戻したと報告している。ただし、どちらも個別の変更に対する値であり、全ストレージ環境の性能保証ではない。
device-mapperにはdm-inlinecryptが加わった。これはblk-cryptoを経由し、UFSなどのインライン暗号化ハードウェアを使うtargetである。初期実装で扱う暗号方式はAES-256-XTSだけで、対応ハードウェアがなければsoftware block cryptoへフォールバックする。fscryptと併用すると二重暗号化になるため、Android型の構成には向かないが、dm-cryptの代替として使う道はある。
ファイルを安全に開くためのopenat2(2)にも2つの追加がある。OPENAT2_REGULARは通常ファイルだけを開き、FIFOやdevice nodeへ差し替えられていればEFTYPEを返す。O_EMPTYPATHはO_PATH file descriptorから空のpathで対象を開き直せるため、procfsへの依存を外せる。権限を扱うプログラムでは、パス名を追い直す間に対象が置き換わる場面をどう避けるかが実装上の問題になる。
USB4直結転送と、まだ限定的なハードウェア対応
USB4STREAMは、Thunderbolt/USB4ケーブルの上でネットワークスタックを通さずにデータを運ぶ。カーネルは/dev/tbstreamXのキャラクタデバイスを用意し、アプリケーションはread(2)とwrite(2)で転送する。ConfigFSで設定し、複数streamと双方向転送を扱える。既存のthunderbolt_netと同時に使えるため、ケーブル直結の用途はネットワーク利用に限定されない。
USB4STREAMは、カーネルにデータ転送インターフェースを追加する機能である。公開された機能説明からは、USB4STREAM自体が認証や暗号化を提供することを確認できない。機密データを扱うなら、利用側で相手の確認や転送内容の保護を別途検討する必要がある。
ハードウェア対応も、見出しだけで完成度を判断しにくい。Apple M3(t8122)にはiMac、MacBook Air、MacBook Pro向けのminimal device treeが追加され、CPU、interrupt controller、boot framebufferなど基本的な初期化要素を対象にする。しかし、GPU、audio、Wi-Fiまで使える日常利用向けの対応が完了したわけではない。AMDGPUのHDMI 2.1もFRLのinitial supportであり、すべてのHDMI 2.1機能がそろったことを意味しない。
NTFSはWindows native symlinkの追跡と作成に対応し、relative/absolute linkとjunctionを扱えるようになった。もっとも、既定は従来のWSL symlink動作のままである。native形式で作成するにはsymlink=nativeなどのmount optionを選ぶ必要があり、NTFSを使うProtonやWineの課題全般を解決する機能とまでは言えない。
Linux 7.2を早期導入する価値は、複数LLC構成や大容量swap、Btrfs、USB4直結転送を実際に使うかで変わる。まず各ディストリビューションのconfigと実機測定を確認し、その後にlongterm指定の有無やDRMのfair policyが実験扱いを外れるかを追うのが現実的だ。



