電気抵抗がゼロになる夢の技術「超伝導」。もし、この現象を私たちの日常的な温度で実現できれば、エネルギー問題から量子コンピュータまで、社会は根底から覆る。MITの物理学チームが、その「夢の技術」へと続く道に、極めて重要な道標を打ち立てた。原子レベルの薄さを持つ炭素シート「グラフェン」を魔法の角度でねじることで生まれる新物質が、従来の物理学の常識では説明できない「非従来型」の超伝導性を持つことを、揺るぎない形で証明したのだ。その鍵は、電子のエネルギー状態に刻まれた、奇妙な「V字形」のサインにあった。

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エネルギー損失なき未来へ続く超伝導という「夢の技術」

私たちの現代文明は、電気という名の血液によって支えられている。しかし、その血液を送る血管、すなわち送電線では、常に「電気抵抗」という摩擦によって少なくないエネルギーが熱として失われている。これは、いわば血管の壁に血液がぶつかりながら流れているようなものだ。

超伝導とは、この抵抗が完全にゼロになる現象を指す。超伝導状態の物質の中では、電気を運ぶ電子はまるで摩擦が全くない特急列車のように、一切のエネルギーを失うことなく突き進む。 この驚異的な特性は、MRIやリニアモーターカー、巨大な粒子加速器など、すでに一部の最先端技術で利用されている。

しかし、その応用範囲が限定的なのには、大きな理由がある。現在実用化されている「従来型」の超伝導体は、その魔法のような状態を維持するために、液体ヘリウムなどでマイナス200℃以下という極低温まで冷却し続けなければならない。 この大掛かりで高コストな冷却システムが、超伝導技術の普及を阻む巨大な壁となっているのだ。

だからこそ、世界中の物理学者が「室温超伝導」の実現を夢見てきた。もし冷却装置なしで超伝導が利用できれば、エネルギー損失のない送電網が世界中に張り巡らされ、発熱に悩まされることのない超高性能なコンピュータが生まれ、実用的な量子コンピュータの開発も劇的に加速するだろう。それはまさに、物理学における「究極の目標」の探求に他ならない。

この夢の技術を実現するため、科学者たちは近年、「非従来型超伝導体」と呼ばれる奇妙な物質群に注目している。これらは、従来の理論では説明できないメカニズムで超伝導になる物質であり、その謎を解き明かすことができれば、より高い温度で超伝導を実現するための設計図が手に入るかもしれないと考えられている。そして今、その最有力候補として、グラフェンが生み出す不思議な世界が脚光を浴びている。

「魔法の角度」が生んだ奇跡の新物質

物語の主役は、「グラフェン」だ。鉛筆の芯の原料である黒鉛から取り出すことができる、炭素原子が蜂の巣(あるいはチキンワイヤー)のように結びついた、原子一個分の厚みしかない究極の2次元シートだ。 2010年のノーベル物理学賞の対象となったこの物質は、驚異的な強度や高い電気伝導性など、数々の優れた特性を持つ。

物理学の世界を揺るがす発見は2018年、今回の研究を率いたMITのPablo Jarillo-Herrero教授のチームによってもたらされた。彼らは、2枚のグラフェンシートを約1.1度という、ごく特定の「魔法の角度(マジックアングル)」でねじって重ね合わせると、全く新しい電子物性が現れることを発見したのだ。 この発見は、「ツイストロニクス」という全く新しい研究分野を誕生させた。

今回、研究チームがターゲットにしたのは、その発展形である「マジックアングル・ツイスト三層グラフェン(MATTG)」だ。これは、3枚のグラフェンシートを特定の角度でねじりながら重ね合わせた、いわば原子レベルのナノサンドイッチである。 これまでの研究で、MATTGは非従来型超伝導の「兆候」を示すことは分かっていたが、それはあくまで間接的な証拠に過ぎなかった。超伝導の核心に迫るには、そのメカニズムを直接的に解き明かす、決定的な証拠が必要だった。

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MITが捉えた「V字」の決定的証拠

物理学の法則では、物質が超伝導状態になると、電子の状態に2つの大きな変化が起きる。第一に、電気抵抗がゼロになる。第二に、電子のエネルギー状態に「超伝導ギャップ」と呼ばれる一種の「溝」が形成されることだ。

この超伝導ギャップとは、ばらばらに動いていた電子が「クーパー対」と呼ばれる二人一組のペアを組むために必要な、いわば「入場料」のようなエネルギー領域を指す。 このギャップの形状や大きさは、電子たちがどのような力でペアを組んでいるのか、そのペアリングのメカニズムを解き明かすための極めて重要な「指紋」となる。

抵抗ゼロとギャップ形成の「同時」観測

これまでの研究の難しさは、抵抗がゼロになるという輸送特性と、超伝導ギャップという電子状態を、同じサンプル、同じ条件下で同時に、かつ精密に測定することにあった。異なる実験手法で得られた結果を突き合わせるだけでは、観測されたギャップが本当に超伝導に由来するものなのか、確信を持って断定することは難しかった。

Jarillo-Herrero教授のチームは、この課題を克服するため、独創的な実験プラットフォームを開発した。彼らは、MATTGのサンプル内で、電気抵抗を測る「輸送測定」と、超伝導ギャップを直接観測する「トンネル分光法」を同時に行えるようにしたのだ。

トンネル分光法とは、量子力学的な「トンネル効果」を利用して、物質内部の電子のエネルギー状態を調べる手法だ。電子は波の性質も持つため、本来なら乗り越えられないはずのエネルギーの壁を、確率的にすり抜ける(トンネルする)ことができる。このトンネルのしやすさを測定することで、エネルギーギャップの有無や形状を精密に描き出すことが可能になる。

研究チームは、2つのMATTG層の間に極めて薄い絶縁体の層を挟み、片方のMATTGからもう片方へと電子をトンネルさせながら、同時に電気抵抗を測定した。その結果は、息をのむほど明確だった。電気抵抗が完全にゼロになる(超伝導になる)のと全く同じ条件で、電子のエネルギー状態に明確なギャップが出現したのだ。 これは、観測されたギャップが紛れもなく超伝導に由来するものであることを直接的に証明する、歴史的な瞬間だった。

物理学の常識を覆す「V字型」のサイン

研究者たちが真に驚愕したのは、そのギャップが描く形状だった。従来の超伝導体(BCS理論で説明されるもの)では、超伝導ギャップの底は平坦、つまりU字型になることが知られている。これは、電子ペアを壊すのに必要なエネルギーがある一定の値を持つことを意味する。

ところが、MATTGで観測されたギャップは、明らかに異なっていた。そのプロファイルは、鋭く尖った「V字型」を描いていたのだ。 このV字型のギャップは「ノーダル・ギャップ」と呼ばれ、ギャップのエネルギーがゼロになる「節(node)」が存在することを示唆している。これは、電子ペアの状態が方向によって異なり、特定の方向ではペアが極めて壊れやすいことを意味する。このような性質は、従来の超伝導体には見られない、非従来型超伝導体に特有の顕著な特徴なのだ。

さらに研究チームは、温度を上げていくと、このV字ギャップが超伝導が壊れる臨界温度で綺麗に消滅することを確認。また、磁場をかけた際の応答(Volovik効果として知られる現象)も、ノーダル・ギャップを持つ超伝導体の理論予測と完璧に一致した。これらの実験事実は、MATTGが非従来型のメカニズムによって超伝導になっていることを、疑いの余地なく証明するものだった。

電子たちを結びつける未知の力

では、「非従来型」とは、具体的に何が違うのだろうか。

従来の超伝導を説明する「BCS理論」では、電子たちは物質を構成する原子の格子振動(フォノン)を介してペアを組むとされている。マイナスに帯電した電子が格子の中を通過すると、プラスの電荷を持つ原子核がわずかに引き寄せられる。この格子の「歪み」に、後続の別の電子が引き寄せられることで、電子同士の間に間接的な引力が働き、クーパーペアが形成される。いわば、原子の格子が電子たちの「仲人」役を果たしているようなものだ。

一方、MATTGのような非従来型超伝導体では、この格子振動とは異なるメカニズムが働いていると考えられている。最も有力な仮説は、電子同士の間に働く強い相互作用(電子相関)そのものが、ペア形成の起源になるというものだ。 仲人を介さず、電子たちが自らの間に働く複雑な量子力学的相互作用によって、直接的にペアを形成するのである。

今回のV字型ギャップの発見は、まさにこの「電子相関」がペアリングの主役であることを強く示唆している。「電子自身がお互いを助け合ってペアになり、特別な対称性を持つ超伝導状態を形成しているのです」と、論文の共著者であるJeong Min Park博士は語る。 この未知のペアリングメカニズムの全貌を解明することこそが、より高い温度で安定した超伝導を実現するための鍵となる。

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室温超伝導への道標、そして量子技術への扉

今回の発見は、単に一つの物質の奇妙な性質を解明しただけに留まらない。それは、未来の技術に向けた極めて重要な示唆に満ちている。

Jarillo-Herrero教授は、この発見の意義を次のように語る。「一つの非従来型超伝導体を深く理解することは、他の全ての非従来型超伝導体の理解へと繋がる引き金になるかもしれません。そしてその理解が、例えば室温で機能する超伝導体の設計を導くことになるのです。それは、この分野全体の聖杯と言えるものです」。

MATTGで発見されたV字型のノーダル・ギャップという特徴は、銅酸化物高温超伝導体など、他の全く異なる物質ファミリーで見られる現象との類似性を想起させる。これは、物質の種類を超えて、非従来型超伝導を支配する普遍的な物理法則が存在する可能性を示唆しているのかもしれない。MATTGという、構造を精密に制御できるクリーンな実験系でメカニズムを解明できれば、その知見を応用して、より理想的な超伝導体を人工的に設計できる時代が来るかもしれないのだ。

さらに、この研究は量子コンピュータの世界にも影響を与える可能性がある。超伝導は量子ビットを実現するための有力なプラットフォームの一つであり、非従来型超伝導体の中には、計算エラーに強い「トポロジカル量子コンピュータ」の材料となりうる特殊な性質を持つものも存在する。今回の研究で確立された精密な測定技術は、そうした未来の量子材料を探求するための強力な武器となるだろう。

MITのチームがこじ開けた物理学の新たな扉。その向こうには、エネルギー損失のない世界や、超高速な量子技術が広がる未来が待っているのかもしれない。V字のギャップに刻まれた謎を解き明かす旅は、まだ始まったばかりだ。


論文

参考文献