2025年11月20日、AI半導体の王者NVIDIAは、またしても市場予想を上回る記録的な第3四半期決算(売上高570億ドル)を発表した。しかし、投資家やアナリストの視線は、輝かしい数字の裏側にある「リスク要因」のセクションに釘付けとなった。そこには、業界を揺るがす一文が刻まれていたからだ。

9月に大々的に報じられたOpenAIへの最大1000億ドル(約15兆円)規模の投資・パートナーシップ構想について、NVIDIAは公式文書(Form 10-Q)の中で「最終的な契約に至る保証はない」と明記したのである。

CEOのJensen Huang氏が「一世代に一度の企業」と絶賛するOpenAIとの蜜月関係に、一体何が起きているのだろうか?

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冷徹な現実:10-Q報告書が語る「不確実性」

テクノロジー業界において、プレスリリースの熱狂と法的文書の冷徹さは、しばしば対照的な姿を見せる。NVIDIAが米証券取引委員会(SEC)に提出した四半期報告書(Form 10-Q)は、まさにその典型であった。

「合意の保証はない」という文言の衝撃

報告書のリスク要因セクションには、以下の旨が記されている。

「OpenAIに関する機会やその他の潜在的な投資に関して、当社が最終的な契約(Definitive Agreements)を締結する保証はない。また、いかなる投資も、期待された条件で完了する保証はない」

これは単なる定型的なリスク回避の文言として片付けるには、あまりにも具体的かつ重大な記述である。9月の発表当時、市場はこのパートナーシップを「AIの未来を決定づける同盟」と捉えていた。具体的には、2026年から開始されるOpenAIのデータセンター建設(10ギガワット規模を目指すもの)に対し、NVIDIAが段階的に資金とハードウェアを投入するという壮大な青写真だ。

しかし、今回の開示により、この青写真はまだ「法的拘束力のある契約書」に署名されたものではなく、あくまで「意向」の段階に留まっていることが白日の下に晒されたのである。

Anthropicとの対比で浮き彫りになる「距離感」

興味深いのは、NVIDIAが同じ報告書内で、OpenAIの競合であるAnthropicへの投資については異なるトーンで言及している点だ。NVIDIAはAnthropicに対し、一定の完了条件はあるものの、100億ドルの投資を行う契約に入っていることを示唆している。

「Anthropicとは握手を交わし契約書を交わしたが、OpenAIとはまだ交渉のテーブルについている」――この微妙な温度差こそが、現在のAI業界の複雑な力学を物語っている。

CEO ジェンスン・フアンの真意:楽観と規律の狭間で

法的文書が慎重姿勢を崩さない一方で、NVIDIAの指揮官であるJensen Huang氏の言葉は、依然として力強い。決算説明会において、彼はOpenAIとの関係性を否定するどころか、むしろその重要性を強調してみせた。

「一世代に一度の企業」への揺るぎない評価

Huang氏はOpenAIを「現代における最も重要な企業の一つ」と位置づけ、「我々の投資が並外れたリターン(Extraordinary returns)をもたらすことを完全に期待している」と断言した。

NVIDIAのCFO、Colette Kress氏もまた、OpenAIの週間アクティブユーザー数が8億人に達し、企業顧客が100万社を超えたことに触れ、その成長性を高く評価している。「OpenAIのすべては現在、NVIDIA上で稼働している」というHuang氏の言葉は、両社の技術的な結びつきがいかに強固であるかを再確認させるものだ。

「規律ある実行」というキーワード

では、なぜ契約は完了していないのか? そのヒントは、BloombergのインタビューにおけるHuang氏の発言に隠されている。彼は大規模なインフラ構築について次のように述べている。

「野心は大きいが、実行は規律を持って行われなければならない(Execution is disciplined)。需要の可視性と資金調達能力を考慮し、整合性を取る必要がある」

ここから読み取れるのは、NVIDIA側の「慎重さ」の正体が、技術への不信ではなく、「前例のない規模のプロジェクトに対する財務的・物理的なリアリズム」であるという点だ。10ギガワットという電力規模は、原発数基分に相当する。OpenAIがこの巨大な電力を確保し、データセンターを建設できるという確証が得られるまで、NVIDIAとしても「白紙の小切手」を切るわけにはいかないのだ。

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署名済みの脅威:AMDとOpenAIの「確定した」密約

NVIDIAが契約の細部を詰めている間に、ライバルであるAMD(Advanced Micro Devices)は着実に外堀を埋めている。この事実が、今回の「保証なし」という開示にさらなる緊張感を与えている。

AMDの6ギガワット契約と「署名」の重み

10月5日、AMDとOpenAIは、2025年後半から開始される複数年にわたるパートナーシップ契約に正式に署名した。この契約には以下の重要な要素が含まれている。

  • 規模: AMDのAIアクセラレータ「Instinct」シリーズ(MI450等)を6ギガワット分導入。
  • インセンティブ: OpenAIに対し、AMD株を最大1億6000万株購入できるワラント(新株予約権)を付与。

比較してみると、この契約にはNVIDIAの案件にはない「署名(Signatures)」が存在する。AMDのCFOであるJean Hu氏とOpenAIのCFOであるSarah Friar氏によって締結されたこの文書は、NVIDIAの独占体制に対する明確な挑戦状である。AMDのこの動きは、OpenAIにとっても「サプライヤーの多角化」という交渉カードとなり、NVIDIAとの最終契約において有利な条件を引き出すためのレバレッジとして機能している可能性が高い。

なぜ「1000億ドル」の確約は難しいのか?

単なる法的手続きの遅れか、それとも破談の予兆か? 筆者は、この状況を「健全な緊張関係」と分析する。その背景には、以下の3つの構造的な要因がある。

① インフラ構築の物理的限界(Power Wall)

先述の通り、OpenAIが掲げるデータセンター構想は、電力供給と冷却インフラの面で人類未踏の領域にある。NVIDIAとしては、チップを供給する約束をしても、それを稼働させる「箱(データセンター)」と「電気」が用意されなければ、売上は立たないどころか在庫リスクとなる。Huang氏が口にした「需要の可視性」とは、まさにこの物理的な実現可能性を指している。

② OpenAIの「全方位外交」戦略

OpenAIのSam Altman CEOは、NVIDIAへの依存度を下げることに腐心している。AMDとの提携に加え、自社製チップの開発も視野に入れているとされるOpenAIにとって、NVIDIAとの独占的な包括契約を急ぐ必要はない。むしろ、競合他社と天秤にかけることで、価格や供給優先権においてより良い条件を引き出そうとするのは、合理的な経営判断だ。

③ 投資家と市場へのメッセージ

NVIDIAがこのタイミングでリスクを開示したことは、投資家に対する誠実な警告であると同時に、OpenAIに対する牽制球でもある。「我々はいつでも降りることができる」という姿勢を見せることで、交渉の主導権を維持しようとしているのだ。

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AIバブル論を超えて

「保証がない」という事実は、決して「決裂」を意味しない。しかし、それは現在のAIブームが、夢物語の段階から、具体的な収益性や物理的な実現可能性をシビアに問われる「現実のフェーズ」に移行したことを示唆している。

NVIDIAとOpenAIの1000億ドル協定は、おそらく形を変えながら、最終的には何らかの合意に至るだろう。両社は相互に依存しており、共倒れするわけにはいかないからだ。しかし、その契約内容は、当初の熱狂的な報道よりも、はるかに条件付きで、段階的(マイルストーンベース)なものになる公算が高い。

投資家や業界ウォッチャーは、単に「契約したか否か」ではなく、「OpenAIが実際に電力を確保できたか」「AMDのチップが実運用でどれだけの性能を出したか」という、現場の進捗(KPI)に注目すべき時が来ている。

NVIDIAは、アナリストらが設定した高すぎるハードルをも楽々乗り越え、驚異的な決算を発表した。加えて、2025年と2026年のデータセンター向け売上高が目標対比で上振れする可能性についても楽観的な見方が示されていた。それにもかかわらず、同社の株価は時間外取引、及び現地での取引時間開始後に5%もの大幅な上昇を見せた後、一転して急落し、前日比3.2%のマイナスで引けている。株価水準は、今月半ばに記録した212ドルから15%下げ、1か月前の水準に巻き戻された形だ。

だが、NVIDIAの技術的優位性が大きく失われたわけではない。業績は依然として驚異的であり、OpenAIとの交渉も継続中だ。しかし、AMDの猛追や巨大テック企業の自社チップ開発、そして今回の契約リスクの露呈により、NVIDIAの「無敵神話」に陰りが見え始めたことは事実と言えるだろう。


Sources