週500万人以上が使うCodexだが、現状ではユーザーのPC電源に依存している。ノートPCを閉じると処理が止まり、8時間連続でのタスク実行は不可能だ。この制約がエンタープライズ導入の最大の障壁だった。コードを書くのはモデルだが、それを動かし続けるための「場所」をOpenAIは自前で持っていなかった。
OpenAIは2026年6月11日、クラウド開発環境スタートアップのOna(旧Gitpod)を買収すると発表した。買収条件は非開示で、規制当局の承認を経て完了する予定だ。この一手が意味するのは、Codexが「会話相手のAI」から「企業のクラウドの中に常駐するエージェント」へと変わるということだ。
Gitpodが「Ona」になった理由:IDEからエージェントへの転換
Onaは2020年にドイツのKielで設立され、クラウドベースの開発環境として200万人の開発者を支援してきた。もともとはGitpodという名称で、ブラウザだけで完結するIDE(統合開発環境)として知られていた。それが2025年9月、突然「Ona」という名前に変わった。
CEO Johannes LandgrafはリブランドにあたってAIエージェントへの軸足移動を明言している。「IDEが前の時代を定義したように、エージェントが次の時代を定義する。エンジニアの仕事はタイピングからプロダクトの判断・レビューへとシフトしている」と宣言した。開発者が画面の前でコードを書くための環境を提供するビジネスから、AIエージェントが安全・確実に動作するための実行インフラを提供するビジネスへと、事業軸を切り替えた宣言だった。
OpenAIが9ヶ月後に買収先に選んだという事実は、その転換の方向性が正確だったことを示している。Onaがその期間に積み上げていたエージェント実行基盤こそが、買収価値の核心だった。同社のWebベースIDE技術はAIエージェント向けに拡張されており、長時間タスクの継続実行と企業インフラとの統合という2点で突出した技術基盤を持っていた。
Codexが抱える「ラップトップ依存」という根本的な制約
Codexの週間アクティブユーザーは4月の300万人から6月時点で500万人超へと増加している。その急成長の裏側に、エンタープライズ展開を妨げる構造的な問題が潜んでいた。
現状のCodexはユーザーのローカル環境や一時的なクラウドセッションに依存して動作する。ノートPCを閉じれば処理は止まり、数時間にわたるコード生成・テスト実行・PRの自動作成といったタスクは途中で打ち切られる。大規模な開発プロジェクトでは、AIが8時間連続で稼働することは現実的ではない。
Onaの技術はこの制約を根本から変える。Onaのクラウド実行環境は、エージェントがPC電源のオンオフに左右されることなく、企業が指定したクラウドインフラ内で継続してタスクを処理し続けることを可能にする。8時間連続稼働が現実になることで、従来なら複数人の開発者が手動で行うPRレビュー・テスト・統合作業をエージェントが自動化できる。OpenAI Codexがモデルとオーケストレーションを担い、Onaが実行環境を担うという役割分担だ。Onaのスタッフ全員がCodexチームに合流する。
Landgrafが「エージェントはインテリジェンス以上のものを必要とする——信頼できるワークスペースが必要だ(原文:"Agents need more than intelligence — they need a trusted workspace.")」と述べたことは、この問題を正確に言語化している。モデルの性能がいかに高くても、それが安定して動作する場所がなければエンタープライズの現場には入れない。
なぜエンタープライズ展開にはセキュアな実行環境が必要なのか
金融機関や医療機関など規制の厳しい業種では、コードが自社クラウドの外に出ることを禁じているケースが多い。OpenAIのサーバーにコードを送信してAIに処理させるという一般的なSaaS型の構成は、こうした企業にとって選択肢にならない。
Onaのアーキテクチャはこの問題に対する答えを持っている。エージェントの実行環境を顧客自身のクラウドインフラ内に展開し、OpenAIはモデルとオーケストレーションのみを提供するという分離構成だ。コードやデータはクラウド環境の外に出ない。AWSやAzure上にコンテナとして展開するのと同じ感覚で、企業が「AIエージェント専用のサーバーをクラウドに立ち上げる」という運用モデルを可能にする。
OpenAIはすでに2025年から買収を通じた開発者エコシステムの囲い込みを続けている。Pythonツールのuv・Ruffを開発したAstralの買収はPython開発者との接点を確保し、Jony Iveのioスタートアップをおよそ64億ドル(6.4 billion dollars)で買収したのはハードウェアレイヤーへの布石だった。Onaの取り込みはその延長線上にあり、クラウド実行環境というソフトウェアスタックの根幹部分を内製化する動きだ。
Claude Codeとの差を縮めるための戦略的買収
AIコーディング市場でOpenAIが直面している最大の競合は、AnthropicのClaude Codeだ。Claude Codeは長時間・複雑なコーディングタスクのリーダーとして開発者コミュニティの間で評価が高く、自律エージェントとしての稼働実績という点でCodexに対して先行している。
この差を縮めるためにモデルの性能だけを改善しても不十分だ。長時間タスクを自律的にこなすには、実行インフラの安定性・セキュリティ・オーケストレーションの品質が同等以上に重要になる。OpenAIがOnaを選んだのは、その三要素をまとめて解決できる選択肢だったからだと読める。
Onaの200万人規模の開発者基盤は、Codexの既存ユーザーとの親和性も高い。両社の統合が完成すれば、Codexは「チャット画面でコードを提案するツール」から「企業のクラウドに常駐して自律的に開発プロセスを進めるエージェント」へと定義が変わる。Claude Codeとの競争は、単一機能の優劣ではなく「どちらが企業のインフラに深く組み込まれるか」という次の次元に移行しつつある。
買収完了後の最初のフェーズとして、クラウド実行環境の試験提供がCodexエンタープライズユーザー向けに段階展開されるとみられる。OpenAIはコメントを控えているが、規制審査の過去事例から判断すれば2026年内の承認完了は現実的なラインだ。Claude Codeとの競争に勝つためには、2026年秋から年末にかけての実装が戦略上の重要なタイムラインになる。