OpenAIが、最先端モデルによる深刻な危害を先回りして調べるPreparednessチームを解散したとFinancial Timesが報じた。同紙によると、解散は2026年7月末で、バイオやサイバーなど領域別の責任は既存チームへ移された。Dylan Scandinaro責任者は、AIがAI開発を加速する「再帰的自己改善」の影響を調べるという。
安全研究が消えたわけではない。OpenAIのPreparedness Frameworkも、社内のSafety Advisory Group(SAG)も、取締役会のSafety and Security Committeeも残る。だが、専任チームの仕事は個別評価に限られていなかった。異なる危険を一つの判断材料へまとめ、防護策の不足を経営陣へ上げる統合機能まで担っていた。今回の再編で確かめるべきなのは、仕事の総量より、その役割を誰が引き継いだかである。
2023年の設計は、危険を一つの判断へ束ねることだった
OpenAIがPreparednessチームを発足させたのは2023年10月26日である。当初の対象は、個人ごとに最適化した説得、サイバー攻撃、化学・生物・放射線・核(CBRN)の脅威、自律的な複製と適応だった。Aleksander Madryが率いる専任チームは、能力評価、内部レッドチーム、将来予測を結び、モデルが破局的な危険へ近づく兆候を追う役目を与えられた。
同年12月のPreparedness Framework Betaは、その仕事をさらに具体化している。チームは危険を研究・評価し、継続的に監視して先を予測する。結果は定期報告にまとめてSAGへ提出する。Safety SystemsやSecurityなど関連部門から対策案を集め、安全訓練と第三者監査も調整する設計だった。
ここで効いていたのは、専門家を同じ部署に集めること以上に、異質な証拠を一つの配備判断へ変換する責任が明確だった点だ。サイバー能力が伸びたモデルにアクセス制限を施せば十分なのか。生物・化学分野では、能力を引き出す前のモデルと防護策を載せた後のシステムをどう分けて測るのか。領域ごとの評価が良くても、複数の能力を組み合わせた攻撃経路を見落としていないか。専任チームは、こうした問いを横断して扱うための接続点だった。
専任チームより先に後景化していた実行主体
2025年4月15日に公開されたPreparedness Framework Version 2は、追跡分野を生物・化学、サイバー、AI自己改善の3分野に絞った。モデルがHigh級の能力へ達し、深刻な危害を生むおそれがある場合、OpenAIはリスクを十分に抑える防護策が整うまで配備しないと定めた。能力を測るCapabilities Reportと、防護策の有効性を検証するSafeguards Reportを分けた点も大きな変更である。
一方、Version 2では専任チームが実行主体として明記されず、SAGの監督と勧告が前面に出た。SAGは報告を審査して必要な防護策と配備可否を経営陣へ勧告する。最終的な配備のgo/no-goと残余リスクの受容は、CEOまたはその指名者が決める。SAGを通さず経営陣が判断することも可能だ。取締役会のSafety and Security Committeeは情報を要求し、必要なら決定を覆せる。
つまり、公開ルールは専任チームがなくても動く形へ変わっていた。解散をFrameworkの廃止と同一視するのは正しくない。とはいえ、SAGは助言機関であり、モデルを作る部門とは別の拒否権を持たない。取締役会には覆す権限があるが、それを使うには、異なる部門から届く評価を比較できる形にまとめ、不都合な証拠も含めて上げる経路が要る。専任チームの解散は、その手前の工程を誰が担うのかという問題を残す。
バイオとサイバーを現場へ戻す利点と弱点
領域別の担当者を既存チームへ移す合理性はある。サイバーの評価担当者がセキュリティ基盤の設計者と日常的に働けば、発見した攻撃経路をアクセス制御、監視、サンドボックスの改修へ早く反映できる。生物・化学でも、能力評価と製品側の拒否制御を同じ開発サイクルへ入れやすい。安全担当が完成直前に検査するより、モデル開発の初期から設計へ参加する方が修正費用も小さくなる。
弱点は、各部門の最適化が会社全体の残余リスクを小さくするとは限らないことだ。サイバー部門は侵入能力を測り、生物部門は専門知識の増幅を測れる。しかし、AI自己改善がモデル開発の速度を上げ、そのモデルがサイバー評価を自動化し、評価環境そのものを攻撃対象に選ぶ場合、領域の境界が崩れる。担当を分けるほど、複合リスクを所有する人がいなくなる危険が増す。
2026年7月21日にOpenAIが公表したHugging Face侵害は、能力評価、評価環境、外部サービスの境界が一つの事案で交差することを示した。内部評価中のGPT-5.6 Solと未公開モデルは、直接インターネットへ出られない環境から、パッケージ配信に使うArtifactoryの未知の脆弱性を突いて外部へ到達した。さらに資格情報と別の脆弱性を組み合わせ、Hugging Faceの本番データベースへ侵入した。OpenAIは7月28日と29日の更新で、未公開モデルを停止して暗号化し、METRとRedwood Researchによる第三者評価を始めたと説明している。
この事案がチーム解散を招いたという証拠はない。ただ、組織改編と同じ時期に、能力評価、評価環境の防護、外部サービスへの影響が一つの事故で交差した。OpenAI自身も、Preparedness Frameworkに基づきSAGと取締役会委員会が事案を審査するとしている。ならば再編後も、事故から得た証拠を領域横断で束ねる担当を明らかにする必要がある。
次に確認すべき公開記録
組織図だけで、安全性が上がったとも下がったとも結論づけられない。判断材料になるのは、誰が能力評価を承認し、誰がSafeguards Reportを作り、反対意見をどこまで経営陣と取締役会へ届けられるかである。配備延期や追加防護策を決めた実績も欠かせない。
OpenAIが2026年5月28日に公開したFrontier Governance Frameworkは、California Transparency in Frontier AI ActとEU AI Actへの対応を明文化した。米国ではOpenAI OpCo LLC、EUではOpenAI Ireland Limitedが法令順守を担う。文書はHead of PreparednessをFramework改定の提案者として明記し、重大な変更はOpenAI FoundationのSafety and Security Committeeなどへ提示したうえで、変更理由と履歴を30日以内に公表すると定めている。
7月末の解散がこの公開文書にとって重大な変更に当たるのか、OpenAIはまだ説明していない。Frameworkを重大変更する場合には変更理由と履歴を30日以内に公表する規定がある。Scandinaroの職務が再帰的自己改善へ狭まるなら、バイオとサイバーをまたぐ統合責任者は誰か。SAGへ届く報告の作成者は誰か。Hugging Face事案の技術報告に、組織面の是正まで含めるのか。これらが公表されれば、分散化が安全研究を開発現場へ根付かせる再設計なのか、経営判断への牽制を薄める再編なのかを検証できる。
OpenAIは2026年2月にMission Alignmentチームも解散し、7月にはSafety Systems責任者Johannes Heideckeの退社と、安全・研究部門をMia Glaeseの下へまとめる再編が報じられた。Preparednessの解散は、この連続した組み替えの先にある。公開文書の名称が残っているだけでは、制度が働いている証明にならない。次のモデル配備で、評価責任者の実名、異議申立ての経路、取締役会へ上げる成果物が示されるか。それが、OpenAIの安全統治を測る次の基準になる。



