米シンクタンクのRANDは2026年9月16日、企業のAI利用と保険の補償範囲にずれが生じているとする研究報告書「The Insurability of Artificial Intelligence」を公表した。AI関連の損害を補償する商品が登場する一方、既存契約から除外する動きや、補償の可否を明記しない対応も併存する。導入企業にとっては、保険に入っているという事実だけでAIの失敗に備えたことにはならない。実際の商品を比べると、AIのどの働きを測り、誰に生じた損害を引き受けるのかによって、保険の役割は大きく変わる。

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契約にAIの記載がない場合の不確実性

RANDの報告書は、Sasha Romanosky氏とCeline Robinson氏が米国のAI関連事故や訴訟を調べ、成立した州法と認可保険市場の届出も検討したものだ。RANDの査読を経る研究報告シリーズに属する。保険会社の対応を分けるのは、AI関連損害を明示的に補償するか、免責条項で対象外にするか、それとも契約に明記しないかという違いである。

記載がない場合、補償される可能性は残る。ただし、実際の判断は約款の文言や損害の性質、既存の免責条項などに左右される。報告書は、この状態を補償が確定していることと同一視しないよう指摘する。

調査の読み方にも注意が要る。報告書の20ページでは、残る保険会社が補償可否を明記していないという整理に、届出分析からの推論が含まれることを脚注で説明している。全契約を調べて、無保険の企業の割合を測定した研究ではない。RANDが提言するAI補償通知も、保険種目ごとに補償・除外・記載なしを明らかにするための提案であり、施行済みの制度とは区別する必要がある。

AI保険でも、性能不足と賠償責任は別の問題だ

Mosaic Insuranceは2026年2月26日、Munich Reと組んで「Mosaic x aiSure」を提供すると発表した。AI開発・販売企業を対象に、あらかじめ定めた性能をモデルが満たさないことで生じる経済的損失を扱う。対してMunich Re傘下のHSBは、AI利用に伴う身体障害や財物損壊などへの賠償責任を扱う商品を案内している。

両社の公開説明から、補償対象と判断の軸を抜き出すと次のようになる。

比較する項目 Mosaic x aiSure HSB AI Liability Insurance
商品説明が置く中心 AI開発・販売企業の性能リスク AIを利用する企業などの賠償責任
対象として示す損害 定義したAI性能の未達による経済的損失 身体障害、財物損壊、人格権・広告に関する侵害
判断の軸 明確に定義した性能基準と測定可能なデータ AI利用に関連する第三者からの請求と契約条件
既存保険との関係 サイバー保険や技術業務の過誤を扱う保険を補完 一般賠償責任保険のAI免責で生じ得る隙間に対応

出典:Mosaicの発表HSBの商品説明。2026年9月19日に確認した公開説明の比較であり、全約款や保険料の比較ではない。補償の可否は個別契約の条件・免責・提供地域に従う。

Mosaicは定義したAI性能の未達による損失を、HSBはAI利用に伴う第三者への賠償責任を補償の軸に据えている。

この違いは、企業が何を「AIの失敗」と呼ぶかに直結する。モデルの回答精度が合意した水準を下回ったという問題と、その回答を使った結果、顧客から損害賠償を求められたという問題は、確認する事実が違う。同じ出来事から両方が生じることも考えられるが、片方を扱う商品を選べばもう片方まで自動的に補償されるとはいえない。

Mosaicが説明するのは、測定可能な性能データを支払い判断に使う、パラメトリック型に近い仕組みだ。損害の経路をすべて一から調べる負担を抑え、迅速な処理につなげるとしている。この方式では、導入前に「期待する性能」を測定できる形へ落とす作業が、保険条件と結び付く。

HSBは、AI清掃ロボットが顧客に衝突する場合や、生成コンテンツが著作権侵害を問われる場合を例示する。これらは想定される請求の説明であり、実際の支払実績として掲載したものではない。性能評価の成績が良くても、第三者被害をどう扱うかは別途確認が必要になる。

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共通モデルへの依存と、重なり得る損失

RANDが9月2日に公表したサプライチェーンとAI保険の別の報告書は、企業間に隠れた依存関係ができると指摘する。別々の会社でも、同じモデル提供者やクラウド、物流ソフトウェアに頼っていれば、共通の障害から同時に損失を被り得る。保険でいう集積リスク、つまり共通原因によって複数の契約に損害が重なる問題だ。

たとえば、複数の物流企業が同じAIサービスを使う場面を考える。各社の倉庫も顧客も異なっていても、共通する判断機能が誤れば、別々の場所で業務に支障が出る可能性がある。これは仕組みを説明する仮想例だが、保険会社から見ると、契約先の会社が違うだけではリスクが分散したことにならない。

同報告書は、文献や事故・訴訟の調査に、関係者への聞き取りとシナリオ分析を組み合わせている。将来の保険金支払額を実測したものではない。運用企業に対しては、AIの利用箇所を把握し、人による監督や監視を設け、代替手順を実際に試しておくことなどを勧める。

導入側に引き寄せると、モデルを選ぶ際の比較項目に、障害時にどこまで業務を続けられるかが加わる。人が判断を引き継げるのか、共通サービスの停止で複数工程が一緒に止まるのか。同じ精度のAIでも、任せる権限と業務への組み込み方によって、失敗が損害へ至る道筋は変わる。

保険の前に問われる、AIの運用を説明できるか

Munich ReはAI保険の技術審査に関する説明で、性能保証の対象とするAIに技術的なデューデリジェンス、すなわち引受前の詳細な調査を実施するとしている。売り手が「高精度」とうたうだけでは、保険会社が引き受けるリスクを十分に定義できないという問題がある。

AIエージェント向けには、認証と保険を組み合わせる動きもある。AIUCの商品説明では、AI企業がAIUC-1認証を取得し、エージェントの失敗で顧客に損害が出た場合に備えて保険を購入する流れを示す。認証を得ることと、保険契約を結ぶことは別の段階である。

AIUC-1の認証手順は、対象となるエージェントと運用状況を定め、技術試験と第三者監査を経て認証する構成だ。認証の有効期間は1年で、四半期ごとの再試験を行う。試験対象には、外部の指示で挙動を変えられるプロンプトインジェクションや情報漏えいがあり、安全でないツールの呼び出しも含まれる。試験を通ったことは、あらゆる事故が起きないという保証にはならない。

ここから導けるのは、AIの運用を説明する資料が、調達と保険の両方で役立ち得るということだ。顧客対応AIを例にすれば、返金方法を文章で案内するだけなのか、実際に送金する権限まで持つのかを分けて示す。仮に送金まで任せるなら、その権限をどう試験し、問題が出たときに誰が止めるのかも説明する。単に「AIを使っている」と伝えるより、損害につながる経路を具体的に検討できる。

米国中心のRANDの診断から、日本の保険契約の補償範囲を直接判断することはできない。それでも、性能の未達と第三者への損害を分け、実際の権限や依存先を契約条件と照合するという問いは残る。任せる業務と保険が引き受ける損害を具体的に対応付けられれば、企業はAI導入の費用に、失敗したとき自社で負担する範囲も織り込めるようになる。