オフィスの天井に並ぶLED照明や卓上スタンドの光は、屋外の直射日光に比べてはるかに弱く、エネルギーも限られた波長域に集中している。電卓の小さな受光面のように、室内光だけでセンサーや小型機器を長期間動かす技術は古くから期待されてきたが、従来のシリコン太陽電池では十分な電圧と出力を得にくかった。太陽光発電用に設計された半導体をそのまま薄暗い室内へ持ち込んでも、高い変換効率は得られない。
ペンシルベニア州立大学などの共同研究チームは、結晶内のハロゲン組成を調整することで、室内光に特化したペロブスカイト太陽電池を試作した。学術誌『APL Energy』に2026年9月1日付で掲載された査読済みオープンアクセス論文(DOI: 10.1063/5.0337271)によると、臭素の比率を35%に調整した薄膜素子が、1000ルクスの白色LED照明下で36.2%の室内光電変換効率(PCE(i))を記録した。受光部の開口面積がわずか0.093平方センチメートルという極小の試験セルで得られた数値である。
学術的なポイントは、臭素を増やすと結晶内部で相分離が起こりやすくなり、安定性が低下するという従来の課題を、特定の有機塩による表面保護層によって抑えた点にある。ただし、研究発表で言及された「数千時間の動作寿命」という見通しは、実験室で得られた200時間余りのデータを基にした外挿値であり、実際に数千時間の連続動作を確認したものではない。技術の実用性を判断するには、高効率という数字だけでなく、測定条件と、熱試験で明らかになった材料上の制約を分けて考える必要がある。
0.093平方センチメートルの極小セルが示した36.2%の測定条件
太陽電池の性能評価では、地上での標準的な太陽光スペクトル(AM 1.5G、放射照度100ミリワット毎平方センチメートル)を模擬した光源が使われる。一方、室内光発電(Indoor Photovoltaics: IPV)の研究では、照度や光源スペクトルなどの測定条件が長年十分に統一されてこなかった。同じ材料であっても、照射するLEDの色温度や測定時のマスク開口面積によって、報告される変換効率が大きく変わることがある。
今回、ペンシルベニア州立大学材料科学工学科および同大学材料研究所(Materials Research Institute)のIvy M. Asuo氏とNutifafa Y. Doumon氏らが率いる研究グループには、ノースカロライナ・セントラル大学の研究者も参加した。研究チームが報告した数値は、明確に規定された小面積セルでの測定に基づいている。
開発された素子は、1000ルクスの白色LED照射下において、最大出力密度112.2マイクロワット毎平方センチメートル()、曲線因子(Fill Factor: FF)76.5%、開放電圧(Voc)1.04ボルト、短絡電流密度(Jsc)141.28マイクロアンペア毎平方センチメートル()を達成した。
この測定で用いられた受光開口面積は0.093平方センチメートルで、一辺が約3ミリメートルの正方形に満たない小さな試験セルである。市販の電子機器に搭載される数平方センチメートル以上のモジュールや、建材一体型の大型パネルとは規模が大きく異なる。小面積セルでは膜厚のばらつきや局所的な結晶欠陥の影響を避けやすく、電極抵抗の影響も小さくできるため、大面積モジュールより高い効率を得やすい。
データを表で見る
| 35Br素子 (DCB+PEABr) (特性値) | |
|---|---|
| 短絡電流密度 (µA/cm²) | 141.28 |
| 開放電圧 (10 mV単位) | 104 |
| 曲線因子 (%) | 76.5 |
| 光電変換効率 (%) | 36.2 |
棒グラフが示す通り、室内光発電では短絡電流密度がマイクロアンペア台と極めて小さいため、開放電圧と曲線因子をいかに高く維持できるかが全体の変換効率を左右する。研究チームが大学の広報発表(2026年9月14日付)で想定用途として挙げたのは、スマートサーモスタットやウェアラブル機器、リモコンといった低消費電力端末の自立電源化である。ただし、論文が報告しているのは、制御された実験室環境で単一の微小セルを評価した結果である。
太陽光向けから室内光向けへ、臭素35%によるバンドギャップ設計
半導体が光を吸収して電子を励起するために必要な最小のエネルギー差を、バンドギャップ(Eg)と呼ぶ。半導体に入射する光のエネルギーがバンドギャップより小さいと光は吸収されずに透過し、逆にバンドギャップを大きく上回ると余分なエネルギーが熱として失われる。この熱損失と透過損失の兼ね合いから、紫外線から近赤外線まで広い波長域を含む太陽光の下では、1.3〜1.4電子ボルト(eV)付近のバンドギャップが理論上の最適値となる。
しかし、室内照明のスペクトルは大きく異なる。オフィスや住宅で一般的に使われる白色LEDは、青色LEDと蛍光体を組み合わせて白色光を作り出しており、主なエネルギーは可視光域に集中している。700ナノメートルを超える近赤外光は、一般的な室内照明にはほとんど含まれていない。
太陽光向けに設計された狭いバンドギャップの半導体を使うと、室内LED光が持つ光子エネルギーの一部が熱として失われ、取り出せる電圧も制限される。室内光のスペクトルに合わせる場合、バンドギャップを1.7〜1.9 eV程度まで意図的に広げることで、電圧を高め、変換効率を改善できる。
ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造(一般式)を持つ材料には、ハロゲン原子が入る$X$サイトのヨウ素(I)と臭素(Br)の比率を変えることで、バンドギャップを連続的に調節できるという特徴がある。ヨウ素の比率を高めるとバンドギャップは狭くなり、臭素の比率を高めると広がる。
研究チームは、セシウム(Cs)、ホルムアミジニウム(FA)、メチルアンモニウム(MA)の3種類の陽イオンを組み合わせたトリプルカチオン系ペロブスカイトを母体とし、臭素の比率を15%から55%まで段階的に変えた6種類の組成を合成した。
この比較実験で、屋外太陽光向けの基準組成(15Br)として用いられたのが、バンドギャップ1.62 eVの
である。
一方、室内光向けの候補として選ばれたのが、臭素比率を35%まで高め、バンドギャップを1.74 eVとした
(35Br)だった。
筆頭著者のJustin Lin氏は、臭素とヨウ素の比率を細かく変えながら光学特性を検証した結果、今回対象とした室内白色LED光源では、臭素35%の組成が最も高い出力を示したと説明している。ただし、この35%という値は、実験に用いた特定の白色LED光源のスペクトルと強度に対して、6つの候補の中で最適だったことを意味する。白熱電球や蛍光灯、色温度の異なるあらゆる室内照明に対して、常に最適になるわけではない。
アンチソルベントとフェネチルアンモニウム塩で結晶欠陥を抑制
バンドギャップを1.74 eVへ広げること自体は、臭素の添加量を増やすことで実現できる。この分野で長年の課題となってきたのは、臭素の比率を30%以上に高めると、光照射によって結晶内部がヨウ素に富む領域と臭素に富む領域へ分かれる「ハロゲン相分離(ハライドセグリゲーション)」が起こりやすくなることだった。
相分離が起こると、局所的にバンドギャップの狭いヨウ素リッチな領域が生じ、そこへ電荷が集まることで再結合損失が増える。さらに、臭素を多く含む混合結晶では、成膜時に結晶粒(グレイン)が不均一になりやすく、膜中に空隙(ボイド)や未配位の鉛イオン()などの欠陥が増える。
室内光の強度は屋外の太陽光に比べて非常に弱いため、生成される電子と正孔の数も少ない。そのため、わずかな結晶欠陥であっても、電荷が移動中に捕獲されて失われる非放射再結合が起こると、発電性能に大きく影響する。
研究チームはこの課題に対し、単一の手法ではなく、組成調整、アンチソルベントによる結晶化制御、表面パッシベーションという3つの工程を組み合わせた。
第一の工夫は、スピンコート法による薄膜形成時の結晶化制御である。前駆体溶液を基板上に滴下して回転させる際、一般的に用いられるアンチソルベントのクロロベンゼン(CB)に代えて、オルトジクロロベンゼン(DCB)を採用した。
DCBを用いることで溶媒の蒸発速度が緩やかになり、結晶核の生成と成長のバランスが改善され、より大きく緻密な結晶粒からなる均一な薄膜が形成される。共同責任著者のIvy M. Asuo氏は大学広報で、この工程の改善が空隙や欠陥の少ない高密度な薄膜形成につながったと説明している。DCBによる結晶粒の大型化については、同研究グループが以前の研究ですでに確認していたという。
第二の工夫が、薄膜表面へのフェネチルアンモニウム臭化物(PEABr)の導入である。成膜したペロブスカイト薄膜の表面にPEABr溶液を塗布して熱処理することで、3次元ペロブスカイト結晶の最表面に厚さ数ナノメートルの「擬2次元(Quasi-2D)ペロブスカイト層」が形成される。
研究チームは比較対象としてフェネチルアンモニウムヨウ化物(PEAI)を用いたパッシベーション層も作製したが、臭素比率を高めた35Br組成では、同じ臭素を含むPEABrとの組み合わせが最も良好な界面特性を示した。
| 介入手法・組成 | バンドギャップ (eV) | 1000ルクス下での測定性能 | 光安定性試験(MPP追跡、200時間超) | 熱安定性試験(65℃、150時間、窒素中) | 論文における著者の結論 |
|---|---|---|---|---|---|
| 基準組成(15Br) | |||||
| 修飾なし(CB溶媒) | 1.62 | 太陽光向けの基準特性。室内LED光では電圧が低い | 相分離は起こりにくいが、初期性能が一定程度低下 | 緩やかに劣化するが、急激な低下は示さない | 屋外光には適するが、室内光スペクトルに対してはバンドギャップが十分に最適化されていない |
| 基準組成(15Br) |
- PEABr層 | 1.62 | 表面パッシベーションにより初期の曲線因子と電圧がわずかに向上 | 初期出力を良好に維持 | 数時間以内に初期性能の80%(T80)を下回る急激な劣化 | PEABrの導入は、熱ストレス下では劣化を抑制できない | | 高臭素組成(35Br) 修飾なし(CB溶媒) | 1.74 | バンドギャップ拡大により開放電圧が向上するが、欠陥による再結合損失が大きい | 高照度下でハロゲン相分離が進み、性能が早期に低下 | 150時間を通じて緩やかに劣化 | 室内光に適した光学特性を持つ一方、結晶欠陥と相分離が課題 | | 統合最適化(35Br) DCB溶媒 + PEABr層 | 1.74 | PCE(i) 36.2%、最大出力密度112.2 、FF 76.5% | 10,000ルクスの高照度下でも200時間以上にわたり顕著な劣化なし | PEABr無添加の35Br素子と同程度に緩やかに劣化(熱耐性は改善せず) | 擬2次元層が臭素相分離を抑え、光安定性を大きく改善したが、熱劣化には別の対策が必要 |
比較表から分かるように、PEABrの導入は光安定性の向上に大きく寄与した一方、熱安定性に対する万能な解決策ではなかった。
論文の過渡光電圧(TPV)測定などの分析によると、かさ高いフェネチルアンモニウム陽イオンが薄膜表面の未配位鉛イオンをパッシベーションするとともに、結晶格子内でのイオン移動を抑えることで、ハロゲンの偏りを防いでいると考えられている。ただし、このイオン移動抑制機構は電気的測定結果などから導かれた解釈であり、結晶内部の個々のイオン移動を直接観察したものではない。
200時間の実験データと「数千時間」の外挿が抱える隔たり
ペロブスカイト太陽電池の実用化を考える上で、特に慎重に扱う必要があるのが耐久性と寿命の評価である。大学の広報発表や一部の二次報道では、「高照度下で240時間性能が低下せず、数千時間動作する見込み」といった表現が使われている。しかし、査読済み論文に示された実験データを見ると、そこには明確な試験条件の制約と、性能上のトレードオフがある。
まず、論文の実験結果に記載されている光安定性試験の継続時間は「200時間以上(>200 h)」である。広報発表に記された「240時間」とは若干表記が異なるものの、いずれにしても実際に測定された期間は10日前後である。
「数千時間動作しうる」という予測は、この200時間余りの試験期間中に急激な性能低下が観測されなかったことを基に、将来の劣化を推定した外挿値である。実験室で実際に数千時間連続運転した結果ではない。
さらに、試験環境も実際の使用環境とは異なる。光安定性試験では、通常の室内照度に近い1000ルクスに加えて、その10倍となる10,000ルクスのLED光を照射し、最大電力点(MPP)で動作させながら性能を追跡した。
高照度下で200時間以上にわたって顕著な劣化が生じなかったことは、光誘起相分離の抑制という点で重要な成果である。しかし、建物内で数年間使用される機器では、光だけでなく湿度、酸素、温度変化といった要因も長期安定性を左右する。
論文に示された熱安定性試験は、この技術が依然として抱える課題を示している。乾燥した窒素雰囲気のグローブボックス内で素子を65℃に保ち、150時間の熱ストレスを加えたところ、室内光用の35Br素子では、PEABr層の有無にかかわらず、時間の経過とともに開放電圧と曲線因子が徐々に低下した。
さらに、太陽光用の15Br素子にPEABr層を加えた比較試料では、65℃での加熱開始後、数時間以内に初期性能の80%(T80)を下回る急速な劣化が生じた。
フェネチルアンモニウム塩などの有機分子は、結晶表面の欠陥を抑える効果を持つ一方、熱ストレス下では界面構造の変化や材料劣化に関与する可能性がある。
著者らも論文中で指摘しているように、PEABr保護層の追加は10,000ルクスという高照度下での光安定性を大きく改善したものの、1000ルクス下での安定性には明確な差をもたらさず、65℃での熱安定性も改善しなかった。
湿度を排除した窒素雰囲気であっても熱による性能低下が確認されている以上、日常的な湿度や温度変化にさらされる環境で数千時間の寿命を実現できるかどうかは、今後の検証課題である。
評価基準の統一とIoT自立電源化への現実的な距離
室内光発電を研究室の小型セルから、乾電池の代わりとなるスマート家電や医療用ウェアラブル機器の電源へ発展させるには、二つの大きな課題がある。第一は測定データの再現性と評価方法の標準化、第二は大面積モジュールの製造と封止技術である。
これまでペロブスカイト室内光発電の研究では、研究グループごとに異なるLEDや蛍光灯を使用し、それぞれの条件で変換効率を算出してきた。そのため、論文間で性能を直接比較することが難しいという問題があった。
同じペンシルベニア州立大学のDoumon氏らが2026年2月に学術誌『Advanced Energy Materials』へ発表した室内光発電の安定性に関する総説論文(DOI: 10.1002/aenm.202506091)によると、過去に報告された室内ペロブスカイト太陽電池には、44%以上の変換効率を報告した研究も存在する。しかし、光源の放射照度や受光面積を正確に測定しない場合、室内光発電の効率計算には10〜100%もの相対誤差が生じる可能性があると同総説は指摘している。
もう一つの課題が、安定性評価方法の統一である。太陽電池の信頼性評価に広く使われる「ISOSプロトコル(有機・ペロブスカイト太陽電池の安定性試験手順)」を適切に採用している室内光発電研究は、全体の約7%にとどまるという。屋外用太陽電池では国際電気標準会議(IEC)の規格に基づく熱サイクル試験や耐湿試験が行われているのに対し、室内光発電では評価手法の標準化がまだ進行中である。
こうした課題を受け、Doumon氏を含む国際的な研究者グループは、2026年8月18日付の『Nature Energy』に「室内光電変換デバイスの性能および安定性測定に関する合意勧告(Best practices for measuring the performance and stability of indoor photovoltaic devices)」(DOI: 10.1038/s41560-026-02101-x)を発表した。
このコンセンサス文書では、今後の測定基準として、国際照明委員会(CIE)が定めるCIE LED B-3スペクトル(色温度4000 K)を使用し、住宅向けの評価ではLED B-1(2700 K)も利用することを推奨している。また、基準照度を一般的な室内環境に近い200ルクスとし、補助的に1000ルクスや50ルクスで測定することも提案された。
今回のAPL Energy論文で用いられた1000〜10,000ルクスという条件は、この新たな合意文書が基準とする200ルクスと比較すると5〜50倍の照度に相当する。
大学の広報発表では、「新コンセンサスが求める強度の10倍から50倍、太陽光の8%から50%に相当する強い光でも性能を維持した」と、光に対する安定性を強調している。一方、薄暗い廊下や夜間の間接照明など、200ルクス以下の環境で発電特性や再結合損失がどのように変化するかについては、さらに検証する余地がある。
共同責任著者のDoumon氏自身も、広報発表の中で次のように述べている。
「この技術はスマートサーモスタットやウェアラブル医療機器、テレビのリモコンなどを動かせる可能性を秘めているが、我々はまだその段階には到達していない。」
材料が熱や水分を含む環境で劣化する問題はまだ解決されておらず、測定精度の向上も引き続き課題となっている。今回の研究では、実製品に不可欠なガスバリア性を持つ封止構造の検証や、温度サイクル試験、複数セルを直列接続して実用的な電圧・電流を取り出す集積モジュールの試験は行われていない。
臭素比率35%の組成と擬2次元層による欠陥制御は、室内光のスペクトルに合わせて半導体のバンドギャップを調整し、光誘起相分離を抑制する一つの方法を示した。
しかし、0.093平方センチメートルの実験室セルで得られた36.2%という効率が、そのまま市販機器から乾電池を不要にすることを意味するわけではない。実際の空気にさらされる大面積モジュールが、数カ月から数年にわたって安定した出力を維持できることを、標準化された試験方法で示せるかどうかが次の課題となる。
室内光発電が研究段階から実用技術へ進むためには、変換効率の向上だけでなく、熱、湿度、長期動作に対する安定性をどこまで高められるかが重要になる。



