古典力学では、コインを投げたときに表と裏のどちらが出るかは、初期条件によって決まっていると考えられる。結果が偶然に見えるのは、投げる力や方向、空気抵抗などを正確に把握できないためであり、自然現象そのものが不確定だからではない。ところが、20世紀前半に確立された量子力学は、それまでの決定論的な自然観に大きな問いを投げかけた。光子や電子などの測定結果は確率によって予測され、量子力学の標準的な記述だけでは、個々の測定で何が起きるかを一意に決められない。このことから、量子力学にはまだ記述されていない物理量、すなわち「隠れた変数(hidden variables)」が存在するのではないかという議論が生まれた。
1940年代、英国の数学者Edmund Taylor Whittakerは、光子の偏光測定を例に挙げ、量子力学の予測を決定論的な隠れた変数モデルで再現することは不可能だと主張した。当時、量子力学によって古典的な決定論が否定されたとする議論が科学誌『Nature』でも交わされていたが、その主張に疑問を呈した物理学者の一人が、波動力学の創始者Erwin Schrödinger(エルヴィン・シュレーディンガー)だった。Schrödingerは、光子に連続的な値を持つ隠れた変数を与えることで、偏光実験の統計的な結果を決定論的に再現できることを数学的に示していた。しかし、その原稿は公表されないまま保管され、80年以上を経てジュネーブ大学のFlavio Del Santoによって詳しく分析されることになった。
ウィーン大学に残されていたSchrödingerの未発表原稿
今回の研究成果は、Flavio Del Santoが2026年10月14日にプレプリントサーバーarXivで公開した論文「Schrödinger's unpublished hidden-variable model in the 1944-45 debate over the 'Collapse of Determinism'」(arXiv:2610.20752、DOI: 10.48550/arXiv.2610.20752)にまとめられている。Del Santoは、ウィーン大学のオーストリア中央物理学図書館にあるErwin Schrödinger Archiveに保管されていた未発表原稿を翻刻し、1940年代の論争との関係や数理モデルの内容を分析した。これは歴史資料の調査と理論的解析に基づく研究であり、新たな物理実験やシミュレーションを行ったものではない。また、現時点では査読付き学術誌に掲載された論文ではなく、プレプリントの段階にある。
調査対象となった原稿は、資料番号「W33-781/9」で保管されている「Collapse of Determinism(決定論の崩壊)」と題された手書き文書だ。執筆年月日は記載されていないが、本文には1944年11月25日付の『Nature』に掲載されたWilfred W. Barkasの投稿への言及がある。このため、原稿が書かれたのは少なくとも同日以降と考えられる。ただし、1944年11月中に執筆されたと断定できる証拠はなく、正確な執筆時期は分かっていない。
この原稿の重要性は、Schrödingerが量子力学を覆す新理論を完成させていたという点にはない。当時の物理学界では、量子力学の確率的な性質を根拠に、自然界の振る舞いを決定論的に説明することは論理的に不可能だとする議論が広がっていた。Schrödingerはその主張の根拠となった論証を検討し、単純な数学モデルによって反例を示していた。Del Santoは、この原稿を決定論への支持表明ではなく、特定の不可能性の証明が成立していないことを示す原理的な検証として位置づけている。
偏光板を使ったWhittakerの論証は何を見落としていたのか
Schrödingerが反論の対象としたのは、Whittakerが1943年の講演で提示した議論だった。Whittakerは、光子が偏光板を通過する確率に着目し、その結果を隠れた変数によって決定論的に説明することはできないと主張した。議論の中心にあったのは、光の偏光と偏光板の角度によって透過率が変わる「マリュスの法則(Malus' law)」である。
直線偏光した光子が、その偏光方向に対して角度 だけ傾いた偏光板に入射するとき、光子が透過する確率は次の式で与えられる。
この式によれば、偏光方向と偏光板の透過軸が一致する場合、光子は100%の確率で通過する。両者が直交する90度では透過確率が0%となり、45度では50%になる。角度に応じた理論上の透過確率は次の通りだ。
| 偏光板の角度 | 透過確率 |
|---|---|
| 0° | 100% |
| 15° | 約93.3% |
| 30° | 75% |
| 45° | 50% |
| 60° | 25% |
| 75° | 約6.7% |
| 90° | 0% |
Whittakerは、このように連続的に変化する透過確率を、光子があらかじめ持っている隠れた変数で説明できるかを考えた。彼が想定したのは、光子が偏光板を「通過する」か「反射・遮断される」かを決める、0と1の2値からなる1ビットの情報だった。光子が光源を出た時点でこの情報を持っていれば、測定結果は事前に決まっていることになる。しかし、光子が偏光板に向かって飛行している途中で、実験者が偏光板の角度を変えたらどうなるだろうか。
光子が保持する1ビットの情報は変化しないため、この仮定では偏光板を回転させても透過する光子の割合は変わらない。一方、マリュスの法則では、偏光板の角度を変えれば透過確率も連続的に変化する。Whittakerはこの矛盾から、光子の振る舞いを隠れた変数によって決定論的に説明することは不可能だと結論づけた。
しかし、Del Santoが指摘するように、この議論で否定されたのは、隠れた変数を0と1の2値に限定した特定のモデルにすぎない。偏光板の角度は連続的に変化するのだから、測定結果を決める情報が1ビットだけでは不十分であっても不思議ではない。重要なのは、測定結果が光子自身の状態だけでなく、測定装置の設定にも依存するという点だ。実際、古典力学でも、飛行中のコインに対して床の高さを変えるような場合には、コインの状態だけから結果を決めることはできない。したがって、Whittakerの論証は、決定論全般が不可能であることを示すものではなかった。
連続的な隠れた変数でマリュスの法則を再現する
Schrödingerは未発表原稿の中で、Whittakerが置いた1ビットという制約を取り除き、光子ごとに連続的な値を持つ隠れた変数を与えるモデルを構築した。ここで導入されるのが、0から1までの実数値を取る変数 である。すべての光子について、この値が区間 に一様に分布していると仮定する。
隠れた変数の確率密度関数は次のように表される。
そして、偏光板の角度を としたとき、光子が透過するかどうかを次の規則で決める。
ここで、$T=1$ は透過、$T=0$ は遮断を表す。この規則では、光子の隠れた変数 と偏光板の角度 が定まれば、測定結果は一意に決まる。個々の光子について、測定時に確率的な選択が行われるわけではない。Whittakerのモデルと異なるのは、測定結果を決める際に、光子が持つ連続的な値と測定装置の設定の両方を考慮している点だ。
では、この規則に従う $N$ 個の光子を偏光板に入射させると、全体としてどのような結果になるのか。透過条件を満たす光子の割合は、隠れた変数の分布を から1まで積分することで求められる。透過する光子数を とすると、次のようになる。
三角関数の恒等式 により、透過する光子の割合はマリュスの法則と完全に一致する。つまり、個々の光子の結果が決定論的に定まるモデルであっても、集団全体では量子力学と同じ透過確率を再現できる。これは、確率的な測定結果が得られるという事実だけでは、背後に決定論的な仕組みが存在する可能性を排除できないことを示している。
ただし、このモデルを1枚の偏光板だけでなく、複数の偏光板を連続して通過する場合にも適用するには、もう一つ問題を解決する必要がある。最初の偏光板を通過した光子は、 という条件を満たすものに限られる。そのため、透過後の隠れた変数は、もとの 全体ではなく、 という狭い区間に分布する。この区間内では一様分布が保たれるものの、分布範囲が変わるため、そのままでは次の偏光板に同じ規則を適用できない。
Schrödingerはこの問題にも気づき、偏光板を透過した光子の隠れた変数を、次のように更新する規則を提示していた。
この式は、透過後の変数が分布する区間 を、再び に写す線形変換である。変換後の は0から1までの一様分布となり、次の測定でも同じ形式の規則を使用できる。しかも、この更新は確率的な操作ではなく、変換前の値と偏光板の角度によって結果が決まる。つまり、光子が偏光板を通過するかどうかだけでなく、透過後にどのような隠れた状態を持つかについても、決定論的に記述できる。
Schrödinger自身の原稿は、この更新規則を提示したところで計算を終えている。Del Santoはその続きを数理的に検討し、2枚目の偏光板に対しても量子力学の予測が再現されることを確認した。1枚目の偏光板の角度を 、2枚目の角度を とすると、両者の相対角度は となる。したがって、2枚目を通過する光子数 は次の式で求められる。
この結果は、2枚の偏光板を連続して通過する光子について、量子力学が予測する透過率と一致する。Schrödingerが導入した決定論的な状態更新を適用すれば、1枚目だけでなく、続く偏光測定についても正しい統計を得られるわけだ。ただし、これは実験データとの比較によって検証されたものではなく、数式から導かれる理論的な一致である。また、このモデルが説明するのは単一光子の偏光測定であり、量子力学のあらゆる現象を再現できることまで示したものではない。
今回の研究で扱われる議論と、後に登場したベルの定理との関係を整理すると、次のようになる。
| 理論・論証 | 主な仮定 | 示された内容 | 適用範囲と限界 |
|---|---|---|---|
| Whittakerの論証(1943年) | 光子が0か1の1ビットの隠れた変数を持つ | 固定された1ビットの情報では、偏光板の角度変化に伴う透過率を説明できない | 連続値や測定装置の設定に依存する決定論的モデルまで排除したわけではない |
| Schrödingerの反例(1944年以降) | 光子が に一様分布する隠れた変数を持ち、測定後も決定論的に更新される | マリュスの法則と、連続する偏光測定の統計的予測を再現できる | 自然界が決定論的であることや、多粒子の量子もつれを説明したわけではない |
| Bellの定理(1964年) | 空間的に離れた粒子間の局所性など、特定の条件を満たす隠れた変数モデルを仮定する | 局所的な隠れた変数モデルの相関には、ベルの不等式による制約がある | 非局所的な隠れた変数理論を含め、すべての決定論的理論を否定するものではない |
1944〜1945年の論争とPelzerによる先行研究

Schrödingerがこのモデルを公表しなかった理由を考えるうえで重要なのが、1943年から1945年にかけて英国の科学界で交わされた決定論をめぐる論争だ。その発端の一つは、Whittakerが1943年5月18日に行ったガスリー記念講演「Chance, Freewill and Necessity in the Scientific Conception of the Universe」だった。もう一つは、インドの物理学者Satyendra Nath Boseが1944年1月3日のインド学術会議で行った会長講演「The Classical Determinism and the Quantum Theory」である。両者はそれぞれ、量子力学の発展によって古典的決定論を維持することが難しくなったと論じた。
こうした議論を受け、1944年7月には英国の数学者H. T. H. Piaggioが『Nature』に「Collapse of Determinism」という論説を発表した。これをきっかけに、Gilbert D. WestやWilfred W. Barkas、Whittakerらによる論争が続き、決定論を論理的に否定できるのかという問題が改めて注目された。とりわけ争点となったのが、量子力学に隠れた変数を追加することは不可能だとされたJohn von Neumannの1932年の論証と、Whittakerによる偏光板の例だった。
この論争では、隠れた変数モデルを否定する議論に対して、すでに重要な反論が提出されていた。Westは1945年1月の投稿で、Whittakerの議論が光子自身に属する変数だけを考慮しており、偏光板を構成する結晶の状態など、測定装置側の物理量を無視していると指摘した。光子と測定装置の相互作用を考えれば、測定結果を決める要因を光子だけに限定する必要はないというわけだ。この指摘は、Schrödingerが未発表原稿で構築したモデルの考え方とも共通している。
Del Santoの調査によって、さらに興味深い先行研究の存在も明らかになった。英国エレクトロン社に所属していたHeinrich Pelzerは、1944年1月21日に論文を提出し、同年5月1日に「Is an Interpretation of Quantum Phenomena by Hidden Parameters Impossible?」を発表していた(Proceedings of the Physical Society、DOI: 10.1088/0959-5309/56/3/305)。この論文では、Whittakerの主張に対する反例として、機械的な模型と隠れた変数による数理モデルが提示されていた。
Pelzerのモデルでは、光子に連続的なパラメーターを与え、その値と偏光板の角度に応じて透過するかどうかを決める。パラメーターの分布を適切に設定すれば、透過確率としてマリュスの法則を再現できる。Del Santoによると、Pelzerのモデルは変数変換 を施すことで、単一の偏光板についてはSchrödingerのモデルと数学的に等価になる。つまり、Whittakerの論証が決定論全般を否定するものではないことは、Schrödingerの原稿とは別に、すでに公表された研究でも示されていた。
ただし、二つのモデルには重要な違いがある。Pelzerは、複数の偏光板を連続して通過する場合、隠れた変数の分布を再び整える必要があると述べていた。しかし、個々の光子の隠れた変数をどのように更新するかについて、具体的な決定論的変換式は示していなかった。一方、Schrödingerは前述の への線形変換を明示しており、透過後の状態更新まで決定論的に扱えるモデルを構築していた。
では、Schrödingerはなぜこの成果を公表しなかったのだろうか。Del Santoは、Schrödingerが『Nature』の論争を追う過程でPelzerの先行研究を知り、反論の中心となる論点はすでに示されていると判断した可能性を指摘している。実際、1945年1月のWestの投稿ではPelzerの論文が引用されており、Schrödingerがそれを知る機会はあったと考えられる。ただし、本人が公表を断念した理由を記した書簡や日記などの直接的な証拠は見つかっていない。そのため、先行研究を知ったことが未発表に終わった理由だという説明は、あくまでDel Santoによる推測である。
Schrödingerは決定論を支持していたのか
今回の未発表原稿について、最も注意が必要なのは、Schrödingerが量子力学の確率性を否定し、決定論を支持していた証拠として受け取らないことだ。一般には、SchrödingerはAlbert Einsteinと並んで量子力学の非決定論的な解釈に懐疑的だった人物として語られることがある。しかし、Del Santoが分析した原稿には、そのような単純な理解とは異なる考え方が記されていた。Schrödingerが問題にしていたのは、決定論と非決定論のどちらが正しいかではなく、一方を論理的に不可能だと断定する議論の妥当性だった。
原稿の中でSchrödingerは、観測事実と論理的な推論を組み合わせても、決定論と非決定論のいずれか一方が不可能だと証明することはできないと述べている。厳密な数学的論証であっても、その結論が適用できるのは、証明で置かれた仮定の範囲内に限られる。どちらかの立場を維持するために不自然な仮説を追加しなければならなくなることはあっても、それだけで論理的な不可能性が証明されるわけではない、という考え方だ。
さらにSchrödingerは、非決定論を支持する強い根拠は、量子力学が成立する以前から存在していたと指摘している。Del Santoと物理学者Nicolas Gisinが2026年に発表した『Nature Reviews Physics』の解説「Was Schrödinger ever a determinist?」(DOI: 10.1038/s42254-026-00968-z)でも、この点が論じられている。Schrödingerは1920年代から物理学者Franz Serafin Exnerの影響を受け、自然法則が本質的に統計的な性格を持つ可能性に注目していた。こうした立場から見れば、Schrödingerが隠れた変数モデルを構築したことは、必ずしも決定論への転向を意味しない。
むしろ、決定論を論理的に排除する議論に反例を示すことと、自然界が実際に決定論的であると信じることは、まったく別の問題である。Schrödingerが示したのは、量子力学の確率的な予測を再現できる決定論的モデルが、少なくとも単一光子の偏光測定という範囲では構築可能だという事実だった。このようなモデルは、ある理論が原理的に成立し得ることを示す「原理的実証(proof of principle)」として重要だが、実際の自然がその仕組みに従っている証拠にはならない。
また、今回のモデルが、現在の量子力学における隠れた変数理論の議論を根本から覆すわけでもない。1964年、物理学者John Stewart Bellは、量子もつれの状態にある複数の粒子の相関について、局所的な隠れた変数モデルが満たさなければならない制約を導いた。これが「ベルの定理」(DOI: 10.1103/PhysicsPhysiqueFizika.1.195)であり、その後の実験では、局所的な隠れた変数モデルでは説明できない量子相関が確認されている。
ただし、ベルの定理が否定するのは、局所性などの特定の条件を満たす隠れた変数理論であり、あらゆる決定論的な量子理論ではない。例えば、非局所的な性質を持つド・ブロイ=ボーム理論のような決定論的解釈まで排除するものではない。一方、Schrödingerの未発表モデルが扱うのは単一光子の偏光測定であり、空間的に離れた複数の粒子間で生じる量子もつれの相関は対象としていない。したがって、このモデルによってベルの定理が否定されたり、量子力学の確率的な解釈が誤りだと証明されたりしたわけではない。
今回の発見が持つ意義は、量子力学の新たな実験的事実ではなく、その基礎をめぐる議論の歴史をより正確に理解できるようになった点にある。Schrödingerは、決定論が自然界の真実だと証明しようとしたのではなく、決定論を不可能だとする主張が本当に成立するのかを数学的に検証していた。80年以上前の未発表原稿は、物理学の重要な問題を考えるうえで、理論の予測が成り立つことと、その背後にある解釈が唯一正しいと証明されることを区別する必要性を改めて示している。



