あなたの手から奪われたiPhoneは、一体どこへ消えるのか? 最新の調査報道により、西側諸国で盗まれたiPhoneが、驚くべき巧妙さで中国・深圳の巨大な闇市場へと流れ着き、そこで新たな「価値」を与えられている実態が明らかになった。たとえパスコードでロックされ、アクティベーションロックがかかっていたとしても、窃盗団にとっては「宝の山」なのだ。
盗まれたiPhone 15 Pro、9000キロメートルの旅路の果てに
ロンドン在住の技術起業家Sam Amrani氏は、悪夢のような体験をした。WhatsAppでメッセージを返信中、突如現れた電動自転車に乗った2人組の男に最新のiPhone 15 Proをひったくられたのだ。しかし、彼は諦めなかった。Appleの「探す(Find My)」機能を駆使し、愛機が辿った驚くべき道のりを追跡した。
Amrani氏のiPhoneは、ロンドン市内の数カ所を経由した後、数マイル離れた裏通りの携帯電話修理店へ。そして1週間後、それは9,000キロメートル以上離れた香港・九龍に出現。間もなく中国本土の深圳へと移動し、最終的に華強北(Huaqiangbei)電子街にある「飛揚時代(Feiyang Times)ビル」の近辺でその痕跡は途絶えた。このビルこそ、オンラインフォーラムや被害者の間で「盗まれたiPhoneビル」と囁かれる、国際的な盗品iPhone取引の拠点の一つなのである。
Financial Times(FT)の調査によれば、この飛揚時代ビルの4階は、欧米から持ち込まれた中古iPhoneを専門に扱うフロアだという。もちろん、正規の下取り品も含まれるが、盗品が公然と取引されていることは、関係者の間では周知の事実のようだ。皮肉なことに、この深圳という都市は、多くのiPhoneを製造するFoxconnの巨大工場から車でわずか30分ほどの距離にある。
香港経由で深圳へ:巧妙な国際流通網
盗まれたiPhoneが深圳に集まる背景には、巧妙に構築された国際的な流通ネットワークの存在がある。欧米で盗まれた端末の多くは、まず香港へと送られる。特に、九龍半島の観塘(Kwun Tong)地区にある「鴻圖道1號(1 Hung To Road)」といった工業ビルには、数百もの中古端末卸売業者が軒を連ね、その多くが「iCloudロック」といったラベルを付けたiPhoneを、WeChatやFacebook、WhatsAppなどのメッセージングアプリを通じて公然と広告しているという。
香港は自由貿易港であり、電子機器に対する輸入関税が基本的にかからない。このため、窃盗団や密輸業者は、香港を経由することで中国本土の高い関税を回避し、盗品を効率的に深圳へ持ち込むことができるのだ。ある深圳の業者はFTに対し、「パスコードロックされた端末は、おそらく米国で盗まれたものだろう。それらが香港で売られ、中東などの国へ送られる」と語っている。
ロックされていても「価値あり」:部品取りと脅迫の実態
なぜ、パスコードやiCloudでロックされたiPhoneに価値があるのだろうか? 答えは単純明快だ。深圳の華強北には、iPhoneのあらゆる部品――スクリーン、基板、カメラモジュール、各種チップ――を買い取る専門業者が無数に存在し、巨大なエコシステムを形成しているからだ。たとえ端末自体が使えなくても、個々の部品は修理用や再生品として十分に利益を生む。報道によれば、ロックされたiPhoneは、アンロックされたものの約30%の価格で取引されるという。
香港で取材に応じたiPhone販売業者、通称Kevin Li氏は、「ロックされたiPhoneの需要がある場所は多くないが、深圳には需要がある。巨大な市場だ」と証言している。
さらに悪質なのは、被害者への脅迫だ。iPhoneを紛失モードに設定すると、発見者が連絡を取れるように電話番号やメールアドレスを表示できる。窃盗団はこれを悪用し、被害者に「あなたの大切なデータ(クレジットカード情報や家族の連絡先など)が流出するかもしれない。我々はリサイクル業者であり、盗んだ犯人ではない。速やかにアクティベーションロックを解除すれば、工場出荷状態に戻してデータを消去する」といった内容のiMessageを送りつけ、ロック解除を強要したり、金銭を脅し取ろうとしたりするケースが報告されている。もちろん、これは完全なデマであり、ロックされたiPhoneから個人情報が抜き取られることはない。しかし、技術に詳しくない一般ユーザーにとっては、十分に恐怖心を煽る手口と言えるだろう。
深刻化するスマホ盗難:当局の対応と限界
スマートフォン、特に高価なiPhoneの盗難は、世界各地で深刻な問題となっている。ロンドン警視庁の報告によれば、2023年には1年間で毎日平均157台のスマートフォンが盗まれており、その被害総額は年間5000万ポンド(約90億円)にも上ると推定されている。別の統計では、2022年にロンドンで盗まれた携帯電話は約91,000台にのぼり、1日平均248台、実に6分に1台が盗難被害に遭っている計算になるが、そのうち回収されたのはわずか2%に過ぎない。パリやニューヨークといった大都市でも同様の傾向が見られる。
こうした状況に対し、ロンドン市長のSadiq Khan氏は、AppleやGoogleなどのメーカーに対策強化を求める会合を招集した。しかし、メーカー側は既に長年にわたり盗難防止機能(アクティベーションロックやGoogleの同様の機能など)を導入・強化してきているとの指摘もある。
Appleは、「探す」機能やアクティベーションロックに加え、近年では「盗難デバイスの保護」といったより強力なセキュリティ機能を導入している。この機能は、iPhoneが自宅や職場など普段とは異なる場所にある場合、Apple IDパスワードの変更やパスコードの変更といった重要な操作を行う際に、Face IDまたはTouch IDによる生体認証を必須とし、さらに1時間の待機時間(セキュリティ遅延)を設けることで、万が一パスコードが知られてしまっても、窃盗犯が即座にアカウント情報を乗っ取ることを困難にするものだ。
しかし、今回明らかになった深圳の闇市場の存在は、こうしたメーカー側の努力だけでは、巧妙化・組織化する国際的な窃盗ネットワークを根絶することがいかに困難であるかを浮き彫りにしている。
香港警察はFTの取材に対し、「実際の状況と法律に基づき、必要に応じて適切な措置を講じる」と述べているが、Apple社および深圳政府は、この盗難iPhoneオペレーションに関する報道についてコメントしていない。国際的な捜査の壁、断片的な責任、そして安価な電子部品や修理可能な端末への根強い需要が、この問題の解決を一層複雑にしている。
私たちにできる自衛策とは?
「盗まれたiPhoneビル」の存在は、私たち自身のデバイスを守る意識を新たにする必要性を示唆している。基本的な対策としては、以下のような点が挙げられる。
- 強力なパスコードの設定: 推測されにくい複雑なパスコードを使用する。
- 「盗難デバイスの保護」の有効化: 最新のiOSにアップデートし、この機能を必ずオンにしておく。
- 「探す」機能の有効化: 万が一の際に追跡できるよう、常に有効にしておく。
- 公共の場での注意: 人混みや駅、イベント会場などでは、スマートフォンを無防備に操作しない。背後からのひったくりに注意する。
- 不審なメッセージへの警戒: ロック解除を求める脅迫めいたメッセージが届いても、決して応じない。個人情報が抜き取られることはないと冷静に判断する。
テクノロジーの進化は私たちの生活を豊かにする一方、新たな犯罪の温床ともなり得る。この国際的なiPhone窃盗ネットワークは、その一端を象徴していると言えるだろう。メーカー、法執行機関、そして私たちユーザー一人ひとりが、この問題に対してより一層の警戒と対策を講じていく必要があるのではないだろうか。
Sources
- Financial Times: Inside China’s ‘stolen iPhone building’