米国エネルギー省(DOE)が、次世代原子力の未来を切り拓く歴史的な一歩を踏み出した。2025年7月1日、アイダホ国立研究所(INL)に新設されるテスト施設「DOME」で、世界初となる燃料を用いたマイクロリアクター実験を行う企業として、原子力大手のWestinghouse社と新興企業のRadiant社を条件付きで選定したと発表。早ければ2026年春にも開始されるこの実験は、データセンターの爆発的な電力需要、エネルギー安全保障、そして脱炭素化という現代社会が抱える課題に対し、「手のひらサイズの原子炉」が現実的な答えとなり得るかを見極める、壮大な試みの始まりとなりそうだ。
アイダホの砂漠で始まる次世代エネルギー実験
今回の発表の舞台となるのは、アイダホ国立研究所の「DOME(Demonstration of Microreactor Experiments)」だ。ここは、かつて米国の高速増殖炉研究の中心地であった実験用高速増殖炉EBR-IIの跡地を再利用した、世界で唯一のマイクロリアクター専用テストベッドである。
エネルギー省の発表によれば、DOMEは最大20メガワット(MW)の熱出力を生み出す原子炉の実験を安全に実施できる設計となっている。目的は明確だ。民間企業が開発する革新的な原子炉設計を、実際の燃料を用いてテストする場を提供し、商業化への道を一気に加速させることにある。
エネルギー省の原子核エネルギー担当次官補代理、Mike Goff氏は「マイクロリアクターは、米国内での原子力利用拡大において大きな役割を果たすだろう」と述べ、Trump政権のリーダーシップの下、この実験が米国の家庭、軍事基地、そして重要インフラに信頼性の高い電力を供給する未来に繋がるとの期待を表明した。
この実験は、自社資金で実施され、各社は技術的な準備状況や規制当局の承認計画などに基づいて実験の順番を待つことになる。一度の実験期間は最大6ヶ月と見積もられており、この間に得られる貴重な実証データが、各リアクター技術の商業化とライセンス取得の鍵を握ることになる。
選ばれた2つの挑戦者:WestinghouseとRadiantの革新的設計
今回、栄えある最初の実験者として選ばれたのは、対照的ながらも極めて野心的な設計を持つ2社だ。
Westinghouse「eVinci」:熱パイプ技術で遠隔地を照らす
ペンシルベニア州に拠点を置く原子力産業の巨人、Westinghouse社が持ち込むのは「eVinci」核実験炉だ。この設計の最大の特徴は、先進的な熱パイプ技術にある。これは、外部からの電力供給や複雑なポンプシステムを必要とせず、物理法則だけで炉心を自然に冷却する「受動的安全」の究極形とも言える技術だ。
eVinciの商用モデルは、わずか2エーカー(約8,000平方メートル)の土地に設置可能で、5メガワットの電力を生み出す。その用途は、送電網が届かない遠隔地のコミュニティや鉱山開発、そして今、世界中で爆発的に需要が拡大しているデータセンターへの電力供給などが想定されている。工場で完全に組み立てられ、トラックで輸送可能なこの原子炉は、エネルギーが必要な場所に迅速に展開できる即応性も兼ね備えている。
Radiant「Kaleidos」:ディーゼル発電機を置き換えるクリーンな動力源
一方、カリフォルニア州エルセグンドのスタートアップ、Radiant Nuclear社がテストするのは「Kaleidos」開発ユニットだ。こちらは1.2メガワットの電力を発生させる高温ガス炉で、その明確なターゲットはディーゼル発電機の代替である。
病院や軍事施設など、非常時のバックアップ電源として現在主流のディーゼル発電機は、燃料の補給や騒音、そして排出ガスの問題が常に付きまとう。Kaleidosは、一度の燃料装填で5年間運転可能という設計で、これらの課題を根本から解決する可能性を秘めている。災害時や有事の際に、燃料補給の心配なく、クリーンで静かな電力を長期間安定して供給できる能力は、まさにゲームチェンジャーと言えるだろう。
「規制の壁」を壊すTrump政権の強力な後押し
なぜ今、マイクロリアクター開発がこれほど急加速しているのか。その背景には、技術革新と並行して進む、大胆な規制緩和の動きがある。
2025年6月17日、米原子力規制委員会(NRC)は、マイクロリアクター開発における長年の障壁を取り払う画期的な方針を承認した。それは、「工場での燃料装填は、直ちに原子炉の『運転開始』とは見なさない」というものだ。
従来の規制では、原子炉に核燃料が装填された瞬間から、最も厳格な「運転ライセンス」が必要とされた。このライセンス取得には、NRCの審査だけで30ヶ月から72ヶ月という長い時間が必要であり、工場で完成品を大量生産するというマイクロリアクターのビジネスモデルとは相容れないものだった。
しかし新方針により、メーカーは製造ライセンスの下で、受動的安全機能が作動していることを条件に工場内で燃料を装填し、輸送することが可能になる。これにより、審査プロセスは大幅に効率化され、まさに「規制の高速道路」が敷かれた格好だ。この動きは、トランプ大統領が2025年5月に署名した、原子炉設置を推進する大統領令とも軌を一にしており、政権の強い意志が技術開発を後押しする構図が鮮明になっている。
そもそもマイクロリアクターとは何か?大型原子炉との決定的違い
ここで改めて、マイクロリアクターとは何かを整理しておこう。これは従来の巨大な原子力発電所とは、設計思想そのものが根本的に異なる。
- 小型・軽量: 熱出力は通常1〜20メガワット。大型炉の数百分の一のサイズ。
- 工場生産: 部品を現地で組み立てるのではなく、工場で一体型の製品として完成させる。品質管理が容易で、コストダウンも期待できる。
- 輸送可能: トラック、船、飛行機などで輸送でき、必要な場所に迅速に設置できる。
- 自律運転・長期運転: 一度の燃料装填で数年〜10年以上、補給なしで運転可能な設計が多い。
- 受動的安全性: 外部電源や人間の操作に頼らずとも、物理現象(重力や自然対流など)によって自動的に冷却・停止する安全システムが組み込まれている。
その用途も、単なる発電に留まらない。高温の熱を直接利用して、水素製造や海水の淡水化、地域暖房などに活用することも可能で、社会全体の脱炭素化に貢献するポテンシャルを秘めている。
データセンターから軍事基地まで広がる巨大市場と未来
DOMEでの実験は、巨大な潜在市場への扉を開く。特に喫緊の課題となっているのが、AIブームを背景としたデータセンターの電力需要だ。安定したクリーン電力を大量に求めるデータセンターにとって、敷地内に設置できるマイクロリアクターは理想的な解決策となり得る。
また、エネルギー安全保障の観点から、軍事利用も現実味を帯びている。米国防総省はすでに「プロジェクト・ペレ」として、移動可能なマイクロリアクター開発を進めており、アイダホ国立研究所で2025年にも実証炉の試運転が計画されている。海外の米軍基地への電力供給を化石燃料や現地の送電網に頼るリスクをなくすことは、国家安全保障上の重要課題だ。
もちろん、課題がなくなったわけではない。元NRC委員長のChristopher Hanson氏が指摘するように、使用済み核燃料を積んだ原子炉を輸送する際の安全規制の確立は、依然として重要な検討事項だ。
さらにその先には、AIによる自律制御という未来も描かれている。ミシガン大学の研究チームは、強化学習(AI)を用いてマイクロリアクターの出力を自律的に調整するシミュレーションに成功したと発表。これは、将来的に宇宙空間での動力源や、完全に自動化された地上施設への応用も視野に入れた、まさにSFのような技術の現実化に向けた一歩と言えるだろう。
DOMEでの実験は、米国が次世代原子力の覇権を握るための重要な布石だ。コスト、社会的な受容性、そして使用済み燃料の最終処分といった課題は残るものの、この小さな原子炉が世界のエネルギー地図を塗り替える可能性は、もはや無視できない。アイダホの砂漠から始まるこの静かな革命を、我々は注視していく必要がある。
Sources
- U.S. Department of Energy: Energy Department Announces First Microreactor Experiments in DOME Test Bed