2025年11月22日、中国・西寧で開催された「2025雷神杯・ACL全国大学eスポーツエリート大会」の決勝戦会場にて、中国のPCメーカーThunderobot(雷神科技)が発表した新型デスクトップPC「黒武士・猟刃Pro(Black Warrior Hunter Pro)」が注目を集めた。

一見すると、派手なRGBライティングを施された典型的なゲーミングPCに見えるこのマシンだが、その心臓部には極めて政治的かつ技術的な「革新」が隠されている。搭載されているのは、IntelでもAMDでもない、中国国産のx86プロセッサ「Hygon C86-4G(海光C86)」だ。

これまで「事務用」や「サーバー用」の領域に留まっていた中国国産CPUが、ついに絶対的な性能が求められる「ゲーミング市場」へ殴り込みをかけたのだ。

AD

ゲーミング市場への「国産」の進出

Thunderobotが発表した「黒武士・猟刃Pro」は、極めて重要な意味を持つ製品だ。これまで中国の「信創(情報技術応用革新)」産業は、主に政府機関や金融機関向けのPC置換を進めてきた。しかし、今回のターゲットは、最もユーザーの目が厳しく、純粋なパフォーマンスが商品価値を左右するコンシューマー(一般消費者)向けゲーミング市場となるからだ。

業界初の国産CPU搭載ハイエンドホスト

Thunderobotは、このモデルを「初の国産CPU搭載eスポーツホスト」と位置づけている。公式発表および中国メディアの報道によれば、このPCは単なるプロトタイプではなく、実際に『VALORANT』や、中国発のAAAタイトル『黒神話:悟空(Black Myth: Wukong)』を実用的なフレームレートで動作させることが可能だとされている。

これは、「国産チップは性能が低い」「ゲームは動かない」というこれまでの市場の常識を覆すための、象徴的なデモンストレーションであると言えるだろう。

謎多きCPU「Hygon C86-4G」の正体

このPCの核心であるCPU「Hygon C86-4G」について、提供されたソースから判明しているスペックは以下の通りだ。

  • コア/スレッド: 16コア / 32スレッド
  • アーキテクチャ: x86互換(AMD Zenアーキテクチャの系譜)
  • 基本クロック: 2.8GHz
  • L3キャッシュ: 32MB
  • 最新規格対応: DDR5メモリ、PCIe 5.0対応
  • 製造プロセス: チップレット技術を採用(8コア×2ダイ構成の可能性)

AMD Zenアーキテクチャの影と進化

ここで技術的な文脈を補足する必要がある。Hygon(海光)は、かつてAMDとの合弁事業を通じて「Zen」アーキテクチャ(第1世代)のライセンス供与を受けた経緯を持つ。そのため、この「C86-4G」も基本設計にはZen 1のDNAが色濃く残っていると推測される。

しかし、特筆すべきはI/O(入出力)周りの近代化だ。オリジナルのZen 1時代には存在しなかった「DDR5」や「PCIe 5.0」といった最新規格に対応している点は驚きに値する。これは、Hygonが計算コア(Core Complex)の設計資産を維持しつつ、周辺回路(I/Oダイ)を独自に、あるいは新たな技術を用いて現代的に再設計した「ハイブリッドな進化」を遂げていることを示唆している。

x86ネイティブ対応という強み

中国にはLoongson(MIPSベースの独自命令セット)やHuawei Kunpeng(ARMベース)など複数の国産CPUが存在するが、Hygonの最大の武器は「x86ネイティブ互換」である。Windows OSがそのまま動作し、既存の膨大なSteamライブラリやPCゲームが(翻訳レイヤーなしで)直接動作する。この「エコシステムとの親和性」こそが、ThunderobotがゲーミングPCにHygonを採用できた最大の理由である。

AD

ベンチマーク分析:Intel Core i7との対決

では、実際の性能はどうなのか。公開されたベンチマークスコアから、その実力を客観的に評価する。

マルチコア性能:Intel第13世代に肉薄

Thunderobotおよびテックメディアが公開したデータ(V-Rayレンダリングテスト)によると、Hygon C86-4Gのスコアは以下の通りである。

  • Intel Core i7-14700K: 22,532
  • Hygon C86-4G: 17,640
  • Intel Core i7-13700: 16,436
  • Intel Core i7-12700: 13,628

この結果は衝撃的だ。コンテンツ制作やレンダリング能力を示すマルチスレッド性能において、Hygon C86-4GはIntel Core i7-13700を約7%上回り、i7-14700Kには及ばないものの、明確にハイエンド帯のパフォーマンスを発揮している。 16コア32スレッドという物理的な物量が、このスコアを支えていることは間違いない。動画編集や3Dレンダリングといったクリエイティブ用途においては、十分すぎる実力を持っていると言える。

シングルコア性能:依然として残る課題

一方で、Geekbench 6.2のスコアに目を向けると、別の側面が見えてくる。

  • シングルコア: 1,073
  • マルチコア: 8,811

シングルコアスコア「1073」という数値は、現代の基準からすると低い。これはIntelの第10世代~第11世代、あるいはAMDの初代Ryzenに近い水準であり、最新のCore i7-14700K(通常2000後半〜3000近いスコア)とは大きな開きがある。基本クロックが2.8GHzと控えめであることが主な要因だろう。

ゲーミング性能への影響

ここから導き出されるゲーミング性能の現実はシビアかつ興味深い。
多くの最新ゲームはGPU負荷が高いが、CPUのシングルスレッド性能もフレームレートの安定性に大きく寄与する。Hygon C86-4Gは、『黒神話:悟空』のようなグラフィック重視のタイトルではGPU(今回はNVIDIA RTXシリーズが搭載されている模様)の力で快適に動作するだろう。しかし、CPUのシングル性能に依存しやすい高フレームレート型のFPSタイトルなどでは、Intelの最新CPUと比較してボトルネックが発生する可能性は否定できない。

それでも、「動く」「遊べる」というレベルを超え、ミドルレンジ以上の体験を提供できるラインに到達したことは、中国半導体産業にとっては一つのマイルストーンだろう。

なぜ今、この製品が登場したのか?

単なる新製品発表として片付けるには、このニュースはあまりに多くの「含意」を含んでいる。

① 「使用不能」から「実用段階」へのパラダイムシフト

これまで中国の国産CPU搭載PCは、政府調達(公的機関での強制的な採用)によって支えられてきた側面が強かった。しかし、Thunderobotのような民間の人気ブランドが、一般ユーザー向けの主力製品ラインナップにこれを加えたことは、国産チップのフェーズが「あっても使えない(あるいは我慢して使う)」ものから、「選択肢の一つとして検討できる」レベルへ移行し始めたことを意味する。

② 米国制裁下での「サプライチェーンの強靭化」

Hygonは米国のエンティティリスト(禁輸措置対象)に加えられており、最先端の製造プロセスへのアクセスが制限されているはずだ。にもかかわらず、DDR5やPCIe 5.0に対応した高性能チップを量産し、コンシューマー市場に投入できるだけの供給能力を確保している事実は注目に値する。これは、中国国内におけるパッケージング技術や、制裁の網をかいくぐる、あるいは独自のサプライチェーン構築がある程度機能している証左とも受け取れる。

③ 「GPUはNVIDIA」という皮肉と現実

「純国産」を謳いつつも、ゲーミング性能の要であるグラフィックボードには、画像や報道からNVIDIA GeForce RTXシリーズが搭載されていることが確認できる。これは、CPU(汎用演算)では追いつけても、GPU(高度な並列演算とグラフィックス処理)の分野では、依然として西側技術への依存度が高いという現状を浮き彫りにしている。
Thunderobotとしても、「ゲーミングPC」として販売する以上、ユーザー体験を損なわないためにGPUは実績のあるNVIDIA製を選択せざるを得なかったのだろう。この「CPUは国産、GPUは米国産」というハイブリッド構成こそが、過渡期にある中国PC市場のリアルな姿である。

AD

市場への影響と今後の展望

Thunderobotの「黒武士・猟刃Pro」は、世界中のゲーマーがこぞって買い求める製品にはならないかもしれない。特に中国国外では、価格競争力やサポートの面でIntelやAMDの牙城を崩すのは現時点では不可能だ。

しかし、この製品の真のターゲットは、愛国心を重視する中国国内の巨大な内需市場である。「自分の国のチップで、最新のゲームを遊ぶ」という体験には、スペック表には現れない付加価値がある。

また、IntelのRaptor Lake(Core i7-13700/14700)クラスのマルチスレッド性能を持つCPUが、中国国内で自給自足できるようになった事実は重い。これは将来的に、西側の技術供給が完全に途絶えたとしても、中国国内のデジタル経済やエンターテインメント産業が「ある程度の質を維持しながら」自走できる可能性を示しているからだ。

「黒武士」の登場は、半導体戦争における中国の粘り強さと、コンシューマー市場における「脱・欧米依存」の静かなる幕開けを告げている。我々は、スペックの数値以上に、このマシンが市場に存在するという事実そのものを注視すべきである。


Sources