高度な人工知能モデルの学習や膨大な推論タスクを処理する現代のデータセンターは、情報処理の物理的な壁に直面している。従来の電気配線によるデータ伝送は、通信速度の向上に伴って莫大な熱を発生させ、消費電力と伝送帯域の両面で物理的限界を迎えつつある。このボトルネックを解消する切り札として急速に普及しているのが、光と電子の性質を微小な半導体チップ上で融合させるシリコンフォトニクス技術だ。光の束を情報キャリアとして用いる光集積回路は、高帯域かつ低発熱な次世代インフラの基盤を成す。
しかし、ナノメートルスケールで形成される光導波路や干渉回路は、周囲の温度変動や製造工程における微小な形状のばらつきに対して極めて敏感に反応する。回路内部で特定の波長を抽出するリング共振器や、光の位相を制御するマッハ・ツェンダー干渉計などが設計通りの光学特性を維持するためには、チップ内の各所で光の強度や共振状態をリアルタイムに監視し、フィードバック制御を常時行う仕組みが不可欠となる。
早稲田大学理工学術院 北智洋教授の研究チームは、この光集積回路の安定稼働に不可欠な「回路内モニタリング」において、画期的なブレイクスルーを達成した。マルチモード干渉という光の波動的性質を巧妙に操ることで、光信号をほとんど減衰させることなく、従来のシリコンPIN型光検出器と比較して約340倍という驚異的な光電流の増幅を生み出す「超小型光回路モニタ」を開発したのだ。
観測行為が引き起こすジレンマと既存技術の壁
光集積回路の内部を監視するにあたり、エンジニアたちは長らく一種の物理的なジレンマに悩まされてきた。回路内を流れる光の強度を電気信号として読み取るためには、何らかの形で光のエネルギーを吸収し、電荷(電子と正孔)に変換しなければならない。ゲルマニウムなどを吸収層に用いた従来の導波路型PINフォトダイオードは、効率よく光を電流に変換する能力を持つ反面、測定行為そのものが対象となる光信号を著しく減衰させてしまう。数百から数千の素子が密集する大規模な光マトリックススイッチなどの内部にこうした検出器を多数配置すれば、最終段に出力される本来の通信用光信号は枯渇してしまうのである。
損失を避けるために微弱な光のみを吸収させようとすると、今度は生成される光電流が極端に小さくなる。この微小な電流をノイズに埋もれさせることなく読み取るためには、トランスインピーダンスアンプ(TIA)と呼ばれる大掛かりな増幅回路を各検出器に併設する必要が生じる。TIAは1基あたり数十から数百ミリワットの電力を消費するため、何千ものモニタを集積する将来のチップにおいては、アンプの消費電力そのものが熱暴走の原因となり、システム全体の電力バジェットを破綻させてしまう。
これまでに提案された非接触型の導波路導電率モニタ(CLIPP)や、二光子吸収を利用したシリコン検出器といった代替技術も、それぞれ独自の弱点を抱えていた。CLIPPは光の損失がほぼゼロである反面、容量結合による読み出しとロックインアンプを用いた複雑な信号処理を伴うため、応答速度がキロヘルツ帯域に制限されてしまう。一方、二光子吸収検出器は高速応答が可能であるが、吸収効率が光強度の二乗に比例するという非線形特性を持つため、ミリワット級の比較的強い光が入力されなければ実用的な感度が得られず、長大なデバイス長を必要とする。低損失、省スペース、高感度、そして無増幅での読み出しという相反する要件をすべて満たすモニタ素子の開発は、困難を極める課題であった。
マルチモード干渉(MMI)が導く「電極の透明化」
研究チームがこの複雑な連立方程式を解くために採用したアプローチは、光波の干渉現象を利用した空間的な電場制御だ。彼らは「マルチモード干渉(MMI: Multimode Interference)」と呼ばれる、光導波路内の波の伝搬特性に着目した。通常の単一モード導波路よりも幅を広く設計したMMI導波路の内部では、基本モードと高次モードと呼ばれる複数の波の進み方が同時に許容される。これらの異なるモードの波はそれぞれ異なる伝搬定数(波の進む速度の指標)を持つため、導波路を進むにつれて位相のずれが生じ、波同士が足し合わされたり打ち消し合ったりする干渉を起こす。
この干渉現象の結果として、導波路内では光のエネルギーが幅全体に広がる状態と、中央部分に極めて鋭く集中する「セルフフォーカシング(自己集束)」状態が周期的に繰り返される。研究チームは、このセルフフォーカシングが起きる正確な位置を三次元電磁界シミュレーション(FDTD法)によって割り出し、光が集中するポイントのすぐ脇の側壁に、高濃度に不純物を添加したシリコン電極を配置する構造を設計した。通常、シリコン導波路に高濃度のドーパントを含む電極を近づけると、不純物による自由キャリア吸収や屈折率の変化によって深刻な伝搬損失が発生する。しかし、この独自構造においては、光のエネルギーが導波路の中心部へと自発的に退避しているため、光と電極が空間的に重なり合う領域が極限まで減少する。

実際に標準的なシリコンフォトニクスファウンドリのプロセスを経て作製されたデバイス(MID: Multimode Interference Detector)は、その長さをわずか4.7マイクロメートルに収めつつ、驚異的な低損失特性を示した。波長1515ナノメートルの光に対して、デバイス1個あたりの挿入損失はわずか0.028デシベルにとどまった。これは、光がデバイスを通過する際のエネルギー減衰が1%未満であることを意味する。さらに、通信で多用される1500ナノメートルから1600ナノメートルという100ナノメートル以上の広帯域にわたって、挿入損失の増加を0.1デシベル未満に抑え込むことに成功した。極めて短い電極を、光の波面を乱すことなく配置するというこの逆転の発想が、無損失に近いインラインモニタの実現を可能にしたのである。
ナノスケールの電荷動態とフォトコンダクティブゲイン
極小の損失と極小のフットプリントを実現したデバイスに、いかにして実用的な検出感度を持たせるのか。その答えは、デバイスの材料境界に潜む微視的な欠陥構造と、電極間距離の短縮が生み出す動的な電荷のアンバランスにあった。光通信で標準的に使用される1550ナノメートル帯の近赤外光は、約0.8電子ボルト(eV)の光子エネルギーを持つ。これはシリコン結晶が持つ約1.12電子ボルトのバンドギャップを越えられないため、純粋なシリコン内部では光電効果による電子と正孔の生成(バンド間遷移)は発生しない。
しかし、シリコン導波路のコアと、それを覆う酸化シリコン(SiO2)クラッドの境界面には、結晶構造の不連続性に起因する「界面準位」と呼ばれる無数のエネルギーのトラップ(罠)が存在している。この界面準位を介した遷移により、本来吸収されないはずの近赤外光がわずかに吸収され、少量のキャリア(電子と正孔)が生成される。本デバイスは、この微細な現象を「フォトコンダクティブゲイン(光導電利得)」という物理メカニズムによって劇的に増幅する設計を採用している。
フォトコンダクティブゲインの大きさは、光によって生成されたキャリアが材料内に留まる「寿命(ライフタイム)」と、キャリアが電極間を移動して外部回路に抜け出すまでの「走行時間(トランジットタイム)」の比率によって決定される。界面準位にトラップされたキャリアの寿命は、通常ナノ秒(10億分の1秒)スケールと比較的長い。一方で、MMI構造による低損失化の恩恵を受けて1.24マイクロメートルという極めて短い距離に配置された電極間をキャリアが走破する時間は、1ボルトの電圧印加時において約30ピコ秒(1兆分の30秒)にまで短縮される。
光吸収によって生まれた電子と正孔のペアのうち、一方がピコ秒単位の猛スピードで電極に吸い込まれると、素子内部にはもう一方の電荷がナノ秒単位で取り残されることになる。自然界は局所的な電荷の偏りを嫌うため、電気的中性を保とうとして外部の電源回路から新たな同種のキャリアが瞬時に素子内へと注入される。取り残されたキャリアが消滅するまでの間、この「注入と引き抜き」のサイクルが幾度となく繰り返される。その結果、1つの光子を吸収しただけで、数百個の電子が外部回路を駆け巡るという雪だるま式の増幅現象が発生する。実験において、本デバイスは従来のシリコンPINフォトダイオードと比較して約340倍もの光電流生成効率を達成した。特殊な増幅材料を一切添加することなく、電極の幾何学的な配置と界面物理の連成によってこれほどの高感度を引き出した点は、半導体工学における極めて洗練された成果である。
リング共振器での稼働実証と無増幅読み出しの達成
この革新的な光回路モニタが実際のシステム環境において機能することは、シリコンリング共振器への統合テストによって厳密に立証された。リング共振器は、光導波路をマイクロメートル単位のループ状に形成した部品であり、周回する光の波長がループ長の整数分の一に一致した時のみ共振現象を起こし、特定の波長の光だけを選択的に取り出す働きを持つ。波長分割多重(WDM)通信における極小の光学フィルターや変調器として不可欠な部品であるが、温度変化による屈折率の微小な変動によって共振波長が容易にずれてしまうため、内部の光強度をモニタリングし、マイクロヒーター等で温度を補正する制御機構が必須となる。
研究チームは、このリング共振器を構成する直線導波路部分に、開発したモニタデバイスを直列に2基組み込んだ。共振器の性能を示す最も重要な指標である「Q値(Quality Factor)」を測定した結果、モニタを搭載していない純粋なリング共振器のQ値が17976であったのに対し、2基のモニタを搭載した状態でも16253という数値を維持した。Q値の低下を10%未満に抑え込んだという事実は、モニタを挿入しても共振器内部で光が十分な回数周回を続けられること、すなわち追加の光学的損失が極めて微小であることを実証している。また、波長を連続的に変化させながら入射光を与えた実験では、モニタから出力される光電流の強弱パターンが、リング共振器を透過してくる光のスペクトル形状と完璧な一致を見せた。これはデバイスが光の共振状態の微妙な変化を忠実に、かつリアルタイムに読み取っていることを示している。
特筆すべきは、この高感度な読み取りが、電力を大食いするトランスインピーダンスアンプ(TIA)の助けを一切借りずに達成されたことである。研究チームは、モニタデバイスに対して直列に100キロオームの安価な抵抗器を接続し、そこに流れる微小な電流を電圧降下として直接読み取るという極めてシンプルな回路構成を採用した。この無増幅の構成でありながら、入射光1ミリワットあたり75ミリボルトの電圧信号を出力する感度を実現した。さらに、リング共振器内で光のエネルギーが蓄積される共振波長においては、その感度は234 mV/mWへと跳ね上がった。1ボルトの駆動電圧において、デバイス単体が光検出に費やす消費電力はわずか1マイクロワット程度に抑えられている。数千個のモニタをチップ上に並べたとしても、全体の消費電力は数ミリワットに満たない計算となり、次世代の大規模集積回路が直面する熱設計の壁を完全にクリアする性能を備えている。
次世代インフラを支える自律制御システムへの布石
本研究が提示した「極小かつ光を減衰させない超高感度モニタ」の誕生は、今後の光エレクトロニクス産業の進化の方向性を大きく左右する潜在力を秘めている。真っ先に恩恵を受ける領域が、AIデータセンターの通信インフラとして開発が進むCo-Packaged Optics(CPO)技術である。CPOは、大容量の光トランシーバモジュールと、データ処理を行う巨大なスイッチングASICを同じ基板パッケージ上に高密度に混載し、電気配線の距離を極限まで短縮する技術である。パッケージ内は極度の高温環境となるため、光回路の特性変動は避けられない。今回開発されたモニタをチップの至る所に網の目のように配置することで、各光チャネルのパワーの偏りや、リングモジュレータの波長のズレを常に監視し、動的に自動補正をかける「自律制御型光ネットワーク」の構築が現実のものとなる。
さらに、三次元空間をレーザー光で精緻にスキャンするLiDARシステムへの波及効果も計り知れない。次世代の自動運転車両において主流となると目されているFMCW(周波数変調連続波)方式のLiDARは、微細なアンテナ素子を無数に並べた光フェーズドアレイ(OPA)を用いて、機械的な可動部なしに光のビームの向きを自在に操る機構を備える。このビームステアリングを正確に機能させるためには、各アンテナ素子へと分配される光の位相と強度が完全に制御されていなければならない。回路内に損失を生じさせない本モニタデバイスを活用すれば、数千におよぶ光経路の全容をリアルタイムに把握し、精密なキャリブレーションを実行する高度なセンシングチップの量産化へと繋がる。
また、ゲルマニウムの成膜工程や化合物半導体の複雑なウェハー接合技術を一切用いることなく、世界中の標準的なシリコンフォトニクスファウンドリの製造ラインにそのまま乗せることができるという事実は、新技術の社会実装を強力に後押しする。光という捉えどころのない波の物理的性質を深く理解し、ナノスケールの構造設計に落とし込むことで巨大な障壁を突破した本研究の成果は、光と電子が織りなす次世代の情報基盤を強固に支える揺るぎない礎となっていく。
論文
- Journal of Lightwave Technology: Compact and Ultra-Low-Loss Inline Optical Power Monitor Based on Multimode Interference for Silicon Photonic Integrated Circuits
参考文献