米政府と産業界は、リチウム供給網の国内化を急いでいる。電気自動車、蓄電池、防衛・先端産業のサプライチェーンを国外に依存したくないという思惑がある。ところが、2026年5月28日に『Communications Earth & Environment 』[1]で発表された研究は、国内資源の量とは別の制約を浮き彫りにした。既存1鉱山と提案中22鉱山をすべて動かしても、元素リチウム換算で2050年の需要に届かない上、多くの候補地は将来の水不足と重なるという結果だった。問題は「リチウムがない」ことではない。リチウムはある。だが、そこで水、権利、処理技術、地域の合意が同時に成り立つかが問われている。
研究が見たのは鉱床ではなく、鉱山が置かれる流域
Jenna N. Trost、Nedal T. Nassar、Jennifer B. Dunnの三人による今回の研究は、米国のリチウム開発を鉱床のリストとしてではなく、水収支の問題として扱った。研究チームはS&P Capital IQなどから2025年9月時点で提案・稼働中の米国リチウム鉱山サイト115件を集めた。そのうち、リチウムが主産物で、近年の技術報告や許認可情報があり、生産量や水消費を推定できる23件に絞り込んでいる。内訳は、米国で唯一稼働中のネバダ州シルバーピーク(Silver Peak)と、開発段階の提案鉱山22件だ。
研究の焦点は、2040年から2060年の間にこれらの鉱山が属するHUC8流域にどれだけ水が残るかだった。水供給は米国森林局のWater Supply Stress Index Model(WaSSI)で推定し、家庭、灌漑、産業、畜産、熱電発電といった非鉱業の需要を重ね合わせた。気候・社会経済の組み合わせはSSP1-4.5、SSP2-8.5、SSP3-8.5、SSP5-8.5の4通り、気候モデルは5通りを想定している。水供給、既存需要、鉱山水需要にはそれぞれ不確実性があるため、著者らは10,000回のモンテカルロ計算で幅を評価した。
この設計が重要なのは、リチウム開発を「採掘事業の水消費」という枠に閉じていない点である。流域には先に住民、農業、畜産、発電、既存産業がある。乾燥地域では鉱山の追加需要が総需要のなかで小さな割合に見えても、すでに過剰に配分された水系では最後の一押しになり得る。論文は、リチウム鉱山の水需要は多くの流域で家庭や灌漑に比べれば小さいものの、ラルストン・ストーンキャビン・バレー(Ralston-Stone Cabin Valleys)とサザン・ビッグスモーキー・バレー(Southern Big Smoky Valley)では総需要の最大50%に達し得ると指摘している。
対象地域の偏りも大きい。米国のリチウム計画はネバダ州、アリゾナ州、カリフォルニア州など西部に集中するが、これらは同時に水ストレスが強い地域でもある。一方で、ボドコー・バイユー(Bodcau Bayou)、サウスフォーク・カタウバ(South Fork Catawba)、アッパー・ブロード(Upper Broad)といった南東部流域や、アッパー・コロラド・ケーンスプリングス(Upper Colorado Kane Springs)は、提案鉱山を支える水がある可能性が高いとされた。つまり、国内リチウム供給の成否は「米国内か国外か」だけではなく、「どの流域のどの水を使うのか」に左右される。
22鉱山が全部動いても、2050年需要には届かない
米国の足元の依存度は高い。USGSの「Mineral Commodity Summaries 2026」によれば、米国で商業規模のリチウム生産を行っているのはネバダ州の大陸ブライン操業のみで、国内生産量は企業情報保護のため非公開とされている。純輸入依存度は2023年、2024年、2025年推定のいずれも50%を超えた。2021年から2024年の輸入元はチリ54%、アルゼンチン43%、その他3%で、米国の上流供給は南米ブラインに強く依存している。
今回の研究は、この依存を国内鉱山だけで解消する難しさを数字で示した。2050年の米国リチウム需要は、リチウムイオン電池の普及速度とリサイクル回収の進み具合により、元素リチウム換算で年間0.75百万〜1.7百万トンと見込まれる。提案22鉱山がすべてフル稼働し、シルバーピークも継続操業した場合、炭酸リチウムや水酸化リチウムなどのリチウム含有製品は年間0.66百万〜1.23百万トンになる。これを元素リチウム換算に直すと0.14百万〜0.25百万トンで、需要見通しの下限にも届かない。
世界市場も米国の都合で待ってはくれない。IEAの「Global Critical Minerals Outlook 2025」によれば、2024年のリチウム需要は前年比で約30%増え、2010年代の年10%成長を大きく上回った。STEPSシナリオでは、リチウム総需要は2024年の205 ktから2030年に455 kt、2040年に928 ktへと伸びる。短期的には供給増で価格が下がり、2021〜2022年に8倍へ急騰したリチウム価格は2023年以降80%以上下落したが、IEAは2030年代には需要増で再び不足方向へ向かうとみている。
精製の集中も課題として残る。IEAは、2024年のリチウム精製で上位3カ国が96%を占めており、2030年と2040年でも85%にとどまると推計している。米国が鉱石やブラインを国内で得られたとしても、処理、精製、電池材料化、セル製造までを国内または同盟国側に広げなければ、供給網の脆弱性は消えない。水制約で鉱山の立ち上げが遅れれば、その間も海外の採掘・精製ネットワークへの依存が続く。
ソルトン湖とネバダ州が示す、水と技術のねじれ
カリフォルニア州のソルトン湖(Salton Sea)は、米国のリチウム構想の象徴である。論文はこの地域に約4.1百万トンの炭酸リチウム換算資源があると紹介している。ただし、その推定は今後の探査や資源評価で変わり得る。地熱ブラインからリチウムを取り出し、同時に地熱発電を活用する「リチウムバレー(Lithium Valley)」構想は、蒸発池を広げる従来型ブライン開発より一見すると低負荷に映る。
しかし、研究が最も水余力の小さい流域として挙げたのもソルトン湖だった。同地域はコロラド川に強く依存しており、上流域の水不足や流量低下の影響を受ける。論文のNorESMモデルでは、ソルトン湖流域はリチウム鉱山を足す前の非鉱業需要だけで、すべてのパーセンタイルと気候シナリオにおいて総水供給を上回った。そこにDLEと地熱発電設備の水需要が上乗せされる。
DLE(直接リチウム抽出)は、しばしば「水を戻す」「蒸発池より速い」「環境負荷が低い」技術として語られる。だが今回の論文は、ここに注意線を引いている。ブライン蒸発では最大620 m³/t LCEの水消費があり得る一方で、DLEも技術によっては500 m³/t LCEを超える。イオン交換樹脂の再生、ファウリングを抑えるための希釈、洗浄、最終製品の精製に水が必要になるからだ。DLEは有望な技術群だが、魔法の水削減装置ではない。
ネバダ州でも、水は単なる物理量ではなく権利の問題である。シルバーピーク周辺を含むラルストン・ストーンキャビン・バレーでは、Albemarleが地域の水利権を持つが、その割当をすべて使い切っているわけではない。論文はこの流域内に提案鉱山が22件あり、研究に含まれた5件はシルバーピークとは別に、Albemarleから水利権を得るか競合せざるを得ないと指摘した。水がモデル上「少し残る」ことと、事業者が合法的かつ社会的に使える水を確保できることは別の話である。
許認可を速めても、水配分の政治は消えない
2025年3月20日の米大統領令14241「Immediate Measures to Increase American Mineral Production」は、鉱物生産を国家・経済安全保障の課題として位置づけた。命令は鉱物生産を採掘だけでなく処理、精製、製錬、派生製品まで広く定義し、各省庁に対して優先案件の特定、迅速な許認可、連邦地の活用、Defense Production Actなどによる資金支援を求めている。政策の方向は明確で、国内鉱物供給網を太くすることである。
それでも、許認可の迅速化が水を増やすわけではない。論文の結論は、最も湿った気候シナリオでも多くの流域が水不足に直面し、水移転に頼らなければ全需要を支えにくいというものだった。さらに、この研究は水移転の将来予測を組み込んでおらず、地下水への気候影響も十分には扱っていない。水利用効率の改善によって需要が下がる可能性もあるが、逆に水効率規制が緩められれば需要が増える余地もある。
国内リチウム政策の現実解は、鉱山を増やすか輸入を続けるかの二択ではない。水制約には、水効率の高い採掘・処理、DLEの実証、廃水からのリチウム回収が効く。国内供給不足には、使用済み電池のリサイクル、需要側での電池化学の多様化、国外調達先の環境・人権リスク管理が必要になる。精製の集中には、国内外の精製能力から電池材料化までを含む投資が欠かせない。IEAもAI探査、DLE、尾鉱・鉱山廃棄物の再採掘、精製・リサイクル技術を供給多様化の鍵として挙げている。
米国のリチウム問題は、地下に資源があるかどうかという段階から、どの水を誰が使うのかという段階へと移っている。農業、家庭、先住民の権利、生態系、既存鉱山、銅など他の重要鉱物計画が、同じ流域で競合する。リチウムは脱炭素に不可欠だが、その採掘が水不足を深めれば、供給網の自立は地域の反発と訴訟で遅れる。今回の研究が示したのは、米国が輸入依存を減らせないという諦めではない。水を勘定に入れない「国内採掘強化」は、最初から供給戦略として不完全だという警告である。