中国のスタートアップMonicaが2025年3月5日、汎用AIエージェント「Manus」を招待制限定でリリースした。複雑なタスクを自律的に実行できると主張し、OpenAIの同等機能「Operator」を上回る性能を示すと話題になっている。しかし急速な人気上昇とともに、実際の能力や技術的独自性に疑問の声も上がっている。
Manusの概要と機能
Manusは単なるチャットボットではなく、ユーザーの指示に従って実際のタスクを自律的に実行できるAIエージェントである。「Mens et Manus」(ラテン語で「頭脳と手」)に由来する名前が示すように、思考と行動の両方を担うことを目指している。

Manusの公式Webサイト(manus.im)によれば、このAIエージェントは以下のようなタスクを実行できるとされる:
- 日本旅行の計画立案
- Tesla社の株式に関する詳細分析
- 中学校教師向けインタラクティブコース作成
- 保険ポリシーの比較
- B2Bサプライヤーの調達支援
- カスタムウェブサイト作成
Monica社はこれらのタスクを段階的プロセスで実行するデモ動画を公開し、短期間で大きな注目を集めた。特筆すべきは、GAIAベンチマーク(汎用AIアシスタントの実世界問題解決能力を評価する指標)においてOpenAIのDeep Research機能を上回るパフォーマンスを示すと主張している点である。
開発チームと背景
Manusを開発したのは、Monica社創業者のXiao Hong氏、通称「Red」率いるチームである。Xiao 氏は1992年生まれの若き起業家で、華中科技大学でソフトウェアエンジニアリングを学んだ後、複数のテック企業を立ち上げた経歴を持つ。
彼の最初の主要ベンチャーはNightingale Technologyで、企業向けに「Yi Ban Assistant」と「Wei Ban Assistant」というAIアシスタントを開発。これらのプロダクトは200万人以上のユーザーを獲得し、TencentやZhenFundなどから投資を受けた。
2022年、Xiao氏は国際市場を視野に入れたMonicaを設立。当初はChatGPTなどの人気モデルを統合したAIアシスタントブラウザ拡張機能として開始し、Tencentのベンチャーキャピタル部門からの支援を受けた。
共同創業者のJi Yichao(「Peak」)氏は、Manus技術アーキテクチャの主要責任者である。Jiは以前、Peak Labsを創設し、Magi検索エンジンの開発を手がけた経験を持つ。
技術的特徴と実態
Manusの技術的詳細については、開発チームはほとんど公開していないが、複数の独立したモデルを活用した「マルチエージェントシステム」として機能しているとされる。
「Manusは多重署名システムを採用し、複数の独立モデルによって駆動されています」とJiは説明しており、オープンソースコミュニティへの感謝を表明しつつ、一部モデルのオープンソース化を約束している。
興味深いのは、Manusが標準モードと高性能モードの両方で動作することである。これはOpenAIのOperatorに似た推論モデルを使用していることを示唆している。OperatorはWebタスク専用に強化学習で微調整されたo3モデルを通じて、より高い出力品質を実現している。
だが、Manusは独自の基盤モデルを開発したDeepSeekとは異なり、既存の大規模言語モデル(LLM)を基盤にしている可能性が高そうだ。Manusの詳細は明らかにされていないが、AnthropicのClaudeやAlibabaのQwenなど、既存モデルの組み合わせを使用している可能性があるとの報告もある。
評価と課題
Manusの登場は業界に大きな波紋を広げ、一部のAI研究者やインフルエンサーからは絶賛の声が上がった。Hugging FaceのプロダクトヘッドはManusを「これまで試した中で最も印象的なAIツール」と評し、AI政策研究者のDean Ball氏は「最も洗練されたコンピュータ使用AI」と称した。
しかし、TechCrunchが実施した実際のテストでは、シンプルなタスクでも失敗する例が報告されている。レポーターはチキンフライサンドイッチの注文、日本行きの飛行機の予約、レストランの予約など、比較的単純なタスクを試みたが、いずれもエラーやクラッシュが発生したとしている。
また、招待制の制限付きリリースにより、実際に製品を評価できるユーザーは極めて限られている。中国の中古オンラインマーケットプレイスXianyuでは、Manusの招待コードやアカウントのレンタルが高額で取引される事態となり、一部批評家からは意図的な「希少性マーケティング戦術」との批判も出ている。
こうした状況について、Manus AIのプロダクトパートナーであるZhang Tao氏は「現在の招待制限は、この段階での真のサーバー容量の制限によるものです」と説明。当初はデモレベルのサーバーリソースしか計画していなかったと謝罪している。「現在のManusバージョンはまだ初期段階であり、最終製品で提供することを目指しているものからはほど遠い」と付け加えた。
中国AIの文脈における位置づけ
中国メディアはManusを「国内製品の誇り」と称賛し、DeepSeekに続く中国AI産業の勝利と位置づける傾向にある。年初にはDeepSeekが低コスト推論モデルで世界のAI業界に衝撃を与え、中国のAI技術力を示した。
しかし専門家の間では、ManusとDeepSeekを同列に扱うことに疑問の声もある。DeepSeekは基盤モデルそのものの技術革新を実現したのに対し、Manusは既存モデルの組み合わせとエージェントフレームワークに焦点を当てている点で根本的に異なるアプローチを取っている。
中央政府から地方政府まで、中国全土でAI開発の支援が強化される中、Manusを開発したButterfly Effectは北京と湖北省武漢に従業員数十人を擁する企業とされる。地元国営メディアが会社について取り上げるなど、地方政府がAI産業で存在感を高めようとする動きも見られる。
Manusの今後
現時点でManusは招待制のプレビューとして提供されているが、急速な人気にサーバーインフラが追いついていない状況である。同社はコンピューティングキャパシティを拡張し、報告された問題を修正する取り組みを進めているとしている。
AIエージェント開発は業界全体で激しい競争が続いており、OpenAIはOperatorシステムとSwarmと呼ばれる新しいマルチエージェントフレームワークを発表。GoogleもMarinerというブラウザエージェントで同様のアプローチを取っている。
セキュリティ研究者は、AIエージェントが操作される可能性があることを指摘し、特にこれらのシステムがユーザーの個人Webサービスやアカウントにアクセスできる場合、特定のリスクが生じると警告している。
Manusの実力と将来性については、現在の過度な期待を超えて、より広範なユーザーによる検証と技術的詳細の透明化が求められるだろう。
Sources
- TechCrunch: Manus probably isn’t China’s second ‘DeepSeek moment’
- South China Morning Post: Was Manus another DeepSeek moment? Chinese AI agent faces doubts after rapid rise to fame