AIモデルを動かす単価が下がれば、AIエージェントの利用費も下がる――そう考えると、Gartnerが8月17日に示した見通しは逆向きに見える。同社はエージェント型ワークフロー1件当たりのAI推論費が、2028年までに5倍超へ増えると予測した。ここでいう費用は企業のAI総支出や顧客への請求額ではない。製品責任者が管理する、ワークフローごとのプロバイダー推論費である。

背景にあるのは、より安い推論を使えるようになった結果、より強力で高価なモデルを、より長い手順で使うようになる動きだ。エージェントは回答を1回返して終わるとは限らない。計画を立て、ツールを呼び、結果を評価し、必要ならやり直し、別のエージェントへ仕事を渡す。単価よりも、呼び出し回数と渡すコンテキスト、選ぶモデル、終了させる条件が、1件の費用を左右する。

Gartnerはこの現象を「Inference Paradox」と呼ぶ。費用効率の改善が高機能モデルの利用を広げ、総費用を押し上げる一方で、価値が同じ比率で予測可能に増えるとは限らないという意味である。企業側の管理では、プロバイダー推論費とは別に、仕事1件を受け入れ可能な結果へ仕上げるまでの「成果1件当たりの費用」を見る必要がある。

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5倍超は、何の費用を指すのか

Gartnerによると、基本的なチャットボットとの比較では、タスクをエージェント型の推論モデルへ振り分けると、プロバイダー側の推論費は少なくとも5倍になる。タスクが複雑になるほど、差はさらに広がることがあるという。2028年までの「5倍超」も同じくワークフロー単位の予測であり、すべての企業、用途、エージェントの請求額が一律に5倍になるという意味ではない。

公開発表には、2026年時点と2028年時点の絶対額、業種別の内訳、推計モデル、サンプルは示されていない。したがって、この倍率をドル額へ置き換えることはできない。モデル提供者の推論原価、顧客が払うAPI料金、企業内で発生する人件費を含む総コストも、同じ指標ではない。

費用が膨らむ経路は、トークン単価だけでは説明できない。エージェントは、次の手を決める推論、外部ツールへの呼び出し、その出力を読んだ後の検証を連鎖させる。複数エージェントを使えば、役割ごとの応答と引き継ぎも増える。短いチャット応答と比べて、1ワークフローに投入するトークンと推論回数が増える設計なら、単価低下の効果は途中で吸収される。

単価が下がる予測と矛盾しない理由

Gartnerは3月、1兆パラメーター規模の大規模言語モデルで推論を実行する生成AIプロバイダーの費用が、2030年には2025年比で90%超低下すると予測していた。2022年の同規模の初期モデルと比べれば、2030年のLLMは最大100倍、費用効率が高くなるという見通しである。同規模のモデルを動かすプロバイダー側の費用が下がる、という予測だ。

一方で同社は、エージェント型モデルが標準的な生成AIチャットボットより、タスク当たりで5〜30倍のトークンを必要とすると見込む。この5〜30倍はトークン消費量であり、企業の総費用や顧客請求額の倍率ではない。90%超の低下はプロバイダー費用の見通しであり、顧客向けのAPI価格を直接予測する数値でもない。

二つの数字は、分母も対象も異なる。だから掛け合わせて将来の顧客費用を計算することもできない。年次、モデル規模、トークンの種類、プロバイダーのマージン、タスクの複雑さが揃っていないためだ。Gartner自身も、トークン単位の費用低下が企業顧客へ完全に転嫁されるとは見込んでいない。

単価低下は、利用を抑える要因ではなく、高度な推論を試すハードルを下げる要因にもなる。安価なモデルへ定型処理を任せ、フロンティアモデルは複雑で高い利益率を見込める推論に絞るという同社の助言は、利用量を減らすというより、仕事ごとに使う能力を選び直す考え方である。

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実装では、並列化がトークンを増幅する

Anthropicが2025年6月に公開したClaude Researchの説明は、増幅がどこで起きるかを示す一例になる。同社の内部データでは、エージェントはチャットのやり取りの約4倍、複数エージェントのシステムは約15倍のトークンを使った。これはAnthropicの研究システムに限る数値で、市場全体の平均でもGartner予測の直接検証でもない。

同社は、Claude Opus 4をリード役、Claude Sonnet 4をサブエージェントにした構成が、社内の研究評価で単一エージェントのClaude Opus 4を90.2%上回ったと報告する。評価結果のばらつきの95%は、トークン使用量、ツール呼び出し、モデル選択の3要因で説明でき、そのうちトークン使用量だけで80%を説明できたという。ただし、これも内部評価である。トークンを増やせば常に費用対効果が上がる、という結論にはならない。

複数エージェントが向くのは、並列化する仕事が多く、単一のコンテキストウィンドウに収まらず、複雑なツールを扱う高価値のタスクだとAnthropicは説明する。共有コンテキストや依存関係が多い仕事は向かず、コーディングでも並列化の余地が小さい場合がある。役割を増やす判断は、エージェント数そのものではなく、タスクを分割することで得られる成果が、追加で発生する推論コストに見合うかで決める必要がある。

リクエストではなく、成果1件で管理する

Gartnerは、基本的なチャットボットから自律的なエージェント型AIへ移る際、財務管理を「リクエスト当たりの費用」から「結果当たりの費用」へ変える必要があるとしている。安いモデルを使っても、失敗による再試行や人による修正が増えれば、受け入れた結果までの総費用は下がらない。逆に、高価な推論でも最初の試行で適切な成果が出るなら、判断は変わる。

対策としてGartnerが挙げるのは、推論層の使い分け、ルーティング、オーケストレーションである。すべての仕事に汎用的な自律知能を既定で当てると、最適化された製品群より桁違いに高くなり得るという。定型で高頻度な処理を小型または特定分野向けモデルへ振り、難しい推論だけに上位モデルを使う設計が、費用と性能の両方を比較可能にする。

AWSのAgentic AI Lensも、計画・実行・検証・振り返りのループと、複数エージェントの協調が費用を増幅すると指摘する。明示的な終了条件、反復回数の上限、トークン予算を設定し、引き継ぐコンテキストを最小限に抑えることが推奨される。階層を浅くし、推論の費用と調整の費用を分けて測れば、どの工程が成果に寄与せずに回数を重ねているかを追える。ただし、これは設計の指針であって、各手法の費用削減率を示す実験結果ではない。

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普及予測と中止予測の間で測る数字

Gartnerは2025年6月、エージェント型AIプロジェクトの40%超が、費用上昇、事業価値の不明確さ、リスク管理の不備のいずれかを理由に2027年末までに中止されると予測した。同時に、2028年までには日常業務の意思決定の少なくとも15%をエージェント型AIが自律的に行い、企業向けソフトウェアの33%がエージェント型AIを含むとの見通しも示している。広がることと、個別案件が採算に合うことは別の話である。

企業が確認すべきなのは、モデルごとのトークン単価を下げられたかではない。受け入れた成果1件当たりの費用、成功率、再試行の回数、人による確認にかかる負担を、ワークフローごとに追えるかどうかである。推論を増やす設計は、そこで得られる結果が追加分を正当化すると確かめられた時に初めて、運用の選択肢になる。