AMDは、台湾で開催されたComputex 2025の基調講演において、待望の新型ハイエンドデスクトップ(HEDT)およびワークステーション向けCPU、「Ryzen Threadripper 9000」シリーズおよび「Ryzen Threadripper PRO 9000 WX」シリーズを正式に発表した。最新の「Zen 5」アーキテクチャを採用し、最大96コア/192スレッドという驚異的なメニーコア構成を実現。プロフェッショナルクリエイターやAI開発者、そして究極のパフォーマンスを求めるエンスージアストにとって、まさに待望の製品と言えるだろう。
HEDT市場への帰還とワークステーション市場の更なる支配へ
長らくHEDT市場におけるAMDの牙城であったThreadripperシリーズが、ついに最新世代へと進化した。今回の発表では、DIY市場やエンスージアスト向けの「Ryzen Threadripper 9000」シリーズと、より高度なプロフェッショナル用途やエンタープライズ向けに特化した「Ryzen Threadripper PRO 9000 WX」シリーズの2つのラインナップが用意された。
IntelがHEDT向けプロセッサの更新を数世代にわたり見送っている現状において、AMDによるこの新シリーズの投入は、ハイエンド市場における同社のリーダーシップをさらに強固なものにする可能性を秘めている。特に、Zen 5アーキテクチャによる大幅な性能向上が期待されており、コンテンツ制作、3Dレンダリング、大規模な科学技術計算、そして急速に需要が拡大するAI開発といった分野で、その真価を発揮することになるだろう。
Zen 5の力、最大96コアの衝撃:Threadripper 9000シリーズ詳細スペック
今回発表されたThreadripper 9000シリーズは、その圧倒的なコア数とZen 5アーキテクチャによる効率改善が最大の注目点だ。
Ryzen Threadripper 9000シリーズ (HEDT向け)

エンスージアストやプロシューマーをターゲットとするHEDT向けのラインナップは以下の通り。前世代のThreadripper 7000シリーズと同様にsTR5ソケットを採用し、既存のTRX50チップセットマザーボードでもBIOSアップデートにより対応可能となる見込みだ。
CPUモデル名 | コア数/スレッド数 | ベースクロック | ブーストクロック | L3キャッシュ | メモリサポート | TDP |
---|---|---|---|---|---|---|
Threadripper 9980X | 64 / 128 | 3.2 GHz | 5.4 GHz | 256 MB | 4ch DDR5-6400 | 350W |
Threadripper 9970X | 32 / 64 | 4.0 GHz | 5.4 GHz | 128 MB | 4ch DDR5-6400 | 350W |
Threadripper 9960X | 24 / 48 | 4.2 GHz | 5.4 GHz | 128 MB | 4ch DDR5-6400 | 350W |
特筆すべきは、フラッグシップモデルのThreadripper 9980Xが64コア/128スレッドという構成を維持しつつ、ブーストクロックが前世代の5.1GHzから5.4GHzへと引き上げられている点だ。また、下位モデルになるほどベースクロックが高く設定されており、ワークロードによっては高いシングルコア性能も期待できる。

AMDによって明らかにされたチップレイアウトによれば、HEDT向けのモデルは最大8基のCCD(Core Complex Die)と1基のIOD(I/O Die)で構成されるようだ。

Ryzen Threadripper PRO 9000 WXシリーズ (ワークステーション向け)

より高度なプロフェッショナル用途、特にエンタープライズ環境での利用を想定したPRO WXシリーズは、さらに強力なラインナップとなっている。最大96コア/192スレッドという圧倒的なコア数を誇る9995WXを筆頭に、幅広いニーズに対応するモデルが用意されている。こちらもsTR5ソケットを採用し、WRX90チップセットマザーボードが対応する。
CPUモデル名 | コア数/スレッド数 | ベースクロック | ブーストクロック | L3キャッシュ | メモリサポート | PCIeレーン | TDP |
---|---|---|---|---|---|---|---|
Threadripper PRO 9995WX | 96 / 192 | 2.5 GHz | 5.4 GHz | 384 MB | 8ch DDR5-6400 ECC | 128 | 350W |
Threadripper PRO 9985WX | 64 / 128 | 3.2 GHz | 5.4 GHz | 256 MB | 8ch DDR5-6400 ECC | 128 | 350W |
Threadripper PRO 9975WX | 32 / 64 | 4.0 GHz | 5.4 GHz | 128 MB | 8ch DDR5-6400 ECC | 128 | 350W |
Threadripper PRO 9965WX | 24 / 48 | 4.2 GHz | 5.4 GHz | 128 MB | 8ch DDR5-6400 ECC | 128 | 350W |
Threadripper PRO 9955WX | 16 / 32 | 4.5 GHz | 5.4 GHz | 64 MB | 8ch DDR5-6400 ECC | 128 | 350W |
Threadripper PRO 9945WX | 12 / 24 | 4.7 GHz | 5.4 GHz | 64 MB | 8ch DDR5-6400 ECC | 128 | 350W |
PRO WXシリーズは、8チャネルDDR5-6400 ECCメモリをサポートし、最大128レーンのPCIe 5.0を提供。これにより、複数の高性能グラフィックスカードや高速NVMeストレージを余裕をもって搭載できる。また、AMD PRO Technologiesに対応し、エンタープライズレベルのセキュリティ、管理性、信頼性を提供する。AMDが明らかにしたチップレイアウトによれば、PROモデルは最大12基のCCDとIODで構成されるようだ。


共通の進化点とプラットフォーム
両シリーズに共通する進化点は多岐にわたる。
- Zen 5アーキテクチャ採用: AMDによれば、Zen 5は前世代のZen 4と比較して平均16%のIPC(Instructions Per Clock:クロックあたりの命令実行数)向上を実現しているとされ、これが全体のパフォーマンス向上に大きく寄与する。
- 4nmプロセス採用: コンピュートダイにはTSMCの4nmプロセスが採用され、電力効率と集積度の向上が図られている(IODは6nm)。
- ブーストクロック向上: 全モデルで最大ブーストクロックが5.4GHz(一部ソースでは9995WXが5.45GHzとも)に統一され、シングルスレッド性能も強化されている。
- メモリサポート強化: DDR5-5200からDDR5-6400へとメモリクロックのサポートが向上し、メモリ帯域幅が大幅に増加。
- AVX-512サポート強化: 特にAIや科学技術計算で重要となるAVX-512命令セットのサポートが強化され、XDAによればZen 4の256ビットデータパスx2分割実行から、Zen 5ではフル512ビットデータパスでの実行が可能となり、対応アプリケーションでの性能向上が期待される。
- プラットフォーム継続性: 既存のsTR5ソケット、およびWRX90/TRX50チップセット搭載マザーボードとの互換性が維持される(BIOSアップデートが必要)。既存のsTR5クーラーもそのまま利用可能だ。
- TDP据え置き: これだけの性能向上を果たしながら、TDP(熱設計電力)は前世代同様の350Wに据え置かれている点も評価できる。
PCWorldの報道によると、AMD担当者は32コアモデルのCCD構成について、1CCDあたり6コアを有効化し、各CCDは32MBのL3キャッシュを搭載すると説明したという。これにより、キャッシュ容量とコア数のバランスが最適化されているようだ。
性能は?競合Intelとの差はさらに開くのか
AMDが公開したベンチマーク結果によれば、その性能は圧倒的だ。例えば、フラッグシップモデルのThreadripper PRO 9995WXは、Cinebench R23のマルチコアレンダリングにおいて、Intelの現行最上位ワークステーション向けCPUであるXeon W9-3595X(60コア)に対して最大2.2倍、前世代のThreadripper 7995WX(96コア)に対しても最大22%高いスコアを叩き出したとしている。

さらに、メディア&エンターテイメント、設計・製造、LLM(大規模言語モデル)の推論など、多岐にわたる実際のアプリケーションにおいても、Xeon W9-3595Xに対して140%から245%という驚異的な性能向上を示すデータも公開された。

もちろん、これらはベンダー提供のベンチマークであり、第三者による独立したレビュー結果を待つ必要があることは言うまでもない。しかし、Zen 5アーキテクチャのIPC向上、コア数のアドバンテージ、そしてメモリ帯域幅の拡大を考慮すれば、AMDが主張する性能向上は十分に現実的な範囲と言えるだろう。Intelの現行Xeon Wシリーズ(Sapphire Rapidsベース)がコア数、PCIeレーン数、メモリ速度といった基本スペックで既にThreadripper 7000シリーズに後れを取っていたことを考えると、この差はさらに拡大する可能性が高い。
誰のためのCPUか?想定される用途と市場への影響
Ryzen Threadripper 9000シリーズは、その名の通り「スレッドを切り裂く」ほどの圧倒的なマルチスレッド性能を誇る。
- HEDT向け (9000シリーズ): プロのコンテンツクリエイター(映像編集、3D CG制作)、建築家、エンジニア、ソフトウェア開発者(大規模コンパイル)、そしてローカル環境でAIモデルのトレーニングやファインチューニングを行いたい研究者や開発者にとって、最適な選択肢となるだろう。複数の重いタスクを同時に、かつ高速に処理できる能力は、生産性を劇的に向上させるはずだ。
- Pro WXシリーズ: こちらはさらにミッションクリティカルなワークロードを想定している。大規模なシミュレーション、ハリウッドレベルのVFX制作、金融モデリング、そして本格的なAI開発基盤としての利用が考えられる。AMD PRO Technologiesによる高度なセキュリティ機能やリモート管理機能は、企業システムへの導入を容易にする。
この新シリーズの登場により、AMDはHEDTおよびワークステーション市場における優位性を確固たるものにし、Intelに対するプレッシャーを一層強めることは間違いない。特にAI分野での活用が期待され、ローカル環境での高性能なAI処理基盤を求める声に応える製品となりそうだ。
価格と発売時期 – 高性能の代償は?

AMD Ryzen Threadripper 9000シリーズおよびPRO 9000 WXシリーズは、2025年7月に発売が予定されている。
気になる価格については、本稿執筆時点ではまだ正式に発表されていない。しかし、前世代のThreadripper 7000シリーズのHEDT向けモデルが1,400ドルから4,999ドルという価格帯であったことを考えると、新シリーズも同様か、あるいは若干上昇する可能性も否定できない。これだけの性能を持つCPUであれば、その価格に見合う価値を提供してくれることは間違いないだろうが、導入には相応の予算が必要となるだろう。
HEDT市場の未来を担う存在となるか
AMD Ryzen Threadripper 9000シリーズの発表は、高性能コンピューティングの世界に新たな基準を打ち立てたと言えるだろう。Zen 5アーキテクチャのポテンシャルを最大限に引き出し、最大96コアという前人未到の領域に足を踏み入れたこのCPUは、プロフェッショナルやエンスージアストの創造性を新たな高みへと導くに違いない。
筆者としては、特にAVX-512サポートの強化が、AIや科学技術計算分野でどのようなブレークスルーをもたらすのか、そして実際のアプリケーションでAMDが主張するほどの性能を発揮できるのか、独立したレビューが今から待ち遠しい。
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