4K120HzモニタをRadeon GPUでLinuxに接続したユーザーは、HDMI 2.0の帯域制限に直面してきた。クロマサブサンプリングによる画質低下やDSC未対応で高リフレッシュレートを出せない状態が続いていたのだ。

2026年5月、Harry Wentlandが投稿した21パッチはFixed Rate Link(FRL)サポートをamdgpuドライバに追加する。21,627行規模の変更はDCN30からDCN42までの14世代を対象とし、Linux 7.2マージウィンドウへの統合が見込まれる。背景にはHDMI Forumが2024年にオープンソース公開を2年間阻止した経緯がある。

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HDMI ForumがFRLコードの公開を拒否した構造的理由

HDMI 2.0まで採用されたTMDS方式は、各レーンのクロック信号とデータ信号を分離して扱う単純な構造だった。FRL方式は4レーンそれぞれで最大12Gbpsを固定レートで伝送し、合計48Gbpsを達成する。信号タイミングはFRL packet構造に依存し、エンコーディングには独自のscramblingとcoding tableが組み込まれる。これらの詳細がLinuxドライバに公開されると、Forum側が懸念したproprietary IPが第三者に解析される経路が生まれる。2024年2月にArs Technicaが報じた時点で、ForumはAMDに対しFRL signalingとtimingパラメータの開示を一切認めなかった。物理層仕様全体をブラックボックスに留めたいという組織的判断が、オープンソース実装への扉を閉ざしてきた。

元AMDエンジニアRodrigo Siqueiraが残した未投稿コード

FRL対応コードの基盤部分はRodrigo SiqueiraがAMD在籍中に作成した。Siqueiraは2024年までに主要なdisplay controller変更を完了させていたが、Forum判断により投稿を断念した。2026年5月1日のパッチカバーレターでHarry Wentlandは「数年前にこの作業を準備したSiqueiraに感謝する。残念ながら彼はAMDに在籍中にこれを送出することができなかった」と記した。Siqueiraは離職後Igaliaに移籍した。IgaliaはANGLEプロジェクトやVulkan/Mesaドライバでコンシューマグラフィックススタックへの貢献を重ねてきた企業である。元AMDエンジニアがオープンソース専門企業へ移籍する動きは、GPUドライバ分野で繰り返されてきた。今回のパッチでもSiqueiraはCC欄に名を連ねており、移籍後もamd-gfxの議論に間接的に関与している。

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21パッチが対象とする14世代のディスプレイコントローラ

パッチシリーズはDCN30からDCN42までの14世代を網羅する。DCN30はNavi 21世代のRX 6800/6900シリーズに搭載され、DCN31系はRDNA 3アーキテクチャの各製品に対応する。DCN32はNavi 31のRX 7900シリーズ、DCN401はRDNA 4世代のRX 9000シリーズを対象とする。179ファイルに及ぶ変更は、amdgpu Display Coreスタック全体に散在するFRL関連レジスタ定義とタイミング計算を更新する内容だ。これによりPolaris以降のRadeon GPUがHDMI 2.1帯域を扱えるようになり、ドライバ規模が一気に拡大した。Forumの公開阻止期間中、AMD内部では世代別差異を吸収する抽象化レイヤーまで完成形に達していたことが、コード規模から読み取れる。パッチ最終版ではHDMI公式コンプライアンステストの主要サブセットを通過した事実も明記された。

Valveが2025年に進めていた非公式交渉

ValveはSteam Machine向けAMD APU採用を進めながら、HDMI 2.0の帯域制限に直面していた。2025年12月にValve関係者が「we've been working on trying to unblock things」と述べた背景には、SteamOSリリースに向けた具体的な交渉があった。Steam Machine(2026年発売予定)はHDMI 2.0ポートで4K@120Hzを出力する際、YCbCr 4:2:0クロマサブサンプリングを強制される状態だった。SteamOSはWindowsと同等のゲーム体験をLinuxベースで提供する位置付けであり、VRRや高帯域出力の欠如は直接的な競争力低下を招く。ValveはSteam Deck開発を通じてRADVとACOドライバへ多大な貢献を行ってきており、AMDとの技術的信頼関係は既に構築されていた。この実績がFRL公開交渉の再開を後押しした構図と読み取れる。

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VRRが含まれないため残るHDMI 2.1の未完部分

今回のパッチにはVariable Refresh Rate(VRR)機能が含まれていない。HDMI VRRは規格で定義された可変リフレッシュレート機能であり、AMD独自のFreeSync over HDMIとは異なる方式だ。FreeSyncはAMD GPU側でタイミングを制御するが、HDMI VRRはsink側との双方向ネゴシエーションを必要とする。HDMI 2.1のその他の機能であるALLM、QFT、QMSも現時点で未実装である。FRL単体で4K120Hzと5K240Hzが利用可能になり、DSCと組み合わせれば4K240Hzおよび8K120Hzも扱える。しかしVRR未対応のままではゲーミング用途の完全なHDMI 2.1体験には到達しない。AMDドライバ開発者agd5fはPhoronixフォーラムで「パッチが準備でき、コンプライアンステストを完了次第、フル実装が最終的に利用可能になる」と述べた。HDMI 2.1機能スタック全体を完成させるには、VRR用など複数の別パッチシリーズが必要となる。

Linux 7.2マージウィンドウへの統合見通し

パッチは現在amd-gfxメーリングリストでレビュー中である。Phoronixは今回のFRLおよびDSCパッチがAMDGPU Display Core (DC) シリーズに含まれることから、次期Linuxカーネルサイクルでの取り込みが現実的だと報じている。Jerry ZuoがAMD内で堅牢化とテストを担当したコードは、Forumの正式認定を取得するまでは「HDMI 2.1準拠」を名乗れない可能性もある。Forumからは、現時点で回答は得られていない。パッチが7.2に取り込まれれば、SteamOSを含む主要ディストリビューションでの4K高リフレッシュレート出力が現実の選択肢となる。VRRを含むフルHDMI 2.1機能スタックの完成は、引き続き別パッチシリーズの進捗待ちとなる。