米半導体大手AMDは、Trump政権による新たな輸出規制強化を受け、中国向けAIアクセラレータ「Instinct MI308」に関連して最大8億ドルの費用が発生する可能性があると発表した。これはNVIDIAに続くものであり、米中間の技術覇権を巡る対立が半導体業界に与える影響の深刻さを示している。
新たな輸出規制がAMDを直撃、8億ドルの衝撃
AMDが米国証券取引委員会(SEC)に提出した報告書によると、同社は米政府が新たに導入した特定の半導体製品に対する輸出ライセンス要件の初期評価を完了した。この規制は、中国(香港、マカオを含む)および「D:5諸国」と呼ばれる国々への輸出、またはそれらの国に本社や最終的な親会社を持つ企業への輸出に適用される。
具体的には、AMDのAIアクセラレータ「Instinct MI308」がこの規制の対象となる。これに伴い、AMDは「在庫、購入コミットメント、および関連引当金に関連して、最大約8億ドルの費用」が発生する可能性があると見込んでいる。
この8億ドルという金額のインパクトは大きい。AMDが2024会計年度に計上した純利益は16億ドルであり、その実に50%に相当する規模である。また、この金額はAMDのInstinct製品ラインの2024年度収益の約16%に当たる。中国市場はAMDにとって極めて重要であり、Reutersによると2024年には売上高全体の24%以上を占める約62.3億ドルを生み出す第2位の市場であった。CNBCは、AMDの2024年の記録的な売上高が258億ドルだったことに触れつつ、今回の規制が今後の成長に水を差す可能性を示唆している。
AMDは輸出ライセンスを申請する意向を示しているが、「ライセンスが付与される保証はない」とも述べている。Jefferiesのアナリストは、これまでGPU(Graphics Processing Unit、画像処理半導体でありAI計算にも多用される)の中国向け輸出ライセンスが米国政府から承認された例はないと指摘しており、ライセンス取得のハードルは極めて高いと見られる。
この発表を受け、市場は敏感に反応した。AMDの株価は発表翌日に7%以上下落、NVIDIA株も同様に下落し、ハイテク株全体に影響が及んだ。
なぜ規制は強化されたのか? MI308とは何か?
今回の規制強化の背景には、AI分野における米国の技術的優位性を維持し、中国の軍事的・経済的な台頭を警戒する米政府の強い意図がある。米政府は中国が最先端のAIチップを入手することを制限し、国家安全保障と経済的安全保障を守ろうとしているのだ。
この動きはTrump政権下で加速しており、最近では中国製品に対する関税を最大145%に引き上げるなど、強硬な姿勢が目立つ。一方で、中国以外の貿易相手国に対する関税率の譲歩や、一部品目の輸入関税の一時撤回など、限定的な緩和策も見られるが、ことAI関連の先端技術に関しては、中国への流出を阻止する断固たる姿勢を崩していない。
AMDのInstinct MI308は、まさにこうした規制の変遷の中で生まれた製品である。AMDは元々、ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)分野で高い評価を得てきたが、近年、AI分野でNvidiaに対抗する製品開発を強化。2023年末に発表した「MI300X」は、当時のNVIDIAのフラッグシップ製品H100を一部のAIワークロードで上回る性能と、大容量メモリ、広帯域幅を誇った。
しかし、2023年後半に導入された米国の輸出規制により、MI300Xのような高性能チップは中国へ輸出できなくなった。これに対応するため、AMDはMI300Xの性能、特に浮動小数点演算能力やインターコネクト(チップ間のデータ伝送路)帯域幅を意図的に制限した中国市場向けのバージョンを開発した。それがMI308である。その性能は、同様に規制対応版として開発されたNVIDIAのH20と同程度と見られていた。
だが、今回の新たな規制強化により、性能を落としたはずのMI308でさえ、ライセンスなしでは輸出できなくなったのである。これは、米政府が規制の「抜け穴」を塞ぎ、中国への先端技術移転をより厳格に管理しようとしていることの表れと言える。
NVIDIAに続く打撃、半導体業界への波紋
AMDの今回の発表は、NVIDIAが先行して同様の発表を行った直後のことである。NVIDIAは、中国向けに開発したAIチップ「H20」が新たな輸出規制の対象となり、約55億ドルという巨額の費用が発生する見込みだと明らかにしている。NVIDIAにとって中国は第4位の市場であり、両社ともに中国ビジネスへの大きな打撃は避けられない状況だ。
この一連の動きは、AMDやNVIDIAだけでなく、先端半導体を扱う他の企業にとっても他人事ではない。米中間の貿易戦争と技術覇権争いがエスカレートする中で、地政学リスクが事業計画に与える影響はますます大きくなっている。企業は、規制の動向を注視し、サプライチェーンや市場戦略の見直しを迫られることになるだろう。
今後の展望と規制の実効性という課題
倉庫に眠る大量のMI308を抱えることになったAMDは、今後どのような対応を取るのだろうか。一つの可能性として、現行の設計をさらに修正し、最新の性能制限をクリアする新たな規制対応チップを開発することが考えられる。
また、MI308を、輸出が許可されている他の国向けの、より安価なAI推論(学習済みモデルを使って予測や分類を行う処理)用チップとして再設計し、投資の一部を回収する道も考えられる。NVIDIAがかつて、中国向け規制対応チップA800を、後に高性能ワークステーション向けチップとして再利用した前例もある。
一方で、こうした輸出規制の実効性については疑問の声も上がっている。規制が強化されれば、対象となっているNVIDIAの高性能GPU(H200など)が、マレーシア、ベトナム、台湾といった第三国を経由する形で、依然として中国国内に流入しているというイタチごっこ状態であるのが実態であり、シンガポールやマレーシアなどの国々は流出防止策を強化しているものの、巨大なブラックマーケットの需要を完全に抑え込むのは容易ではない。
米中間の対立が続く限り、半導体業界は不安定な状況に置かれ続けるだろう。AMDやNVIDIAのような企業は、技術開発力だけでなく、地政学的な変化に柔軟に対応する戦略的な舵取りが求められることになる。今回の8億ドルという数字は、その困難さを改めて浮き彫りにしたと言えるだろう。
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