私たちが暮らす地球は、宇宙空間から見れば美しい青い球体として認識される。しかし、物理学の眼、とりわけ「重力」というレンズを通して地球を観察すると、その姿は大きく異なることが分かる。地球上の重力は決して一様ではなく、岩石の密度の違いや内部構造の不均一性によって、強い場所と弱い場所が複雑に入り組んだ、まるで表面が凹凸に満ちたジャガイモのような形状をしているのだ。この重力的な地球の真の姿を示す等電位面を「ジオイド(Geoid)」と呼ぶ。

そして驚くべきことに、地球上で最も深く、最も広大な重力のくぼみ、すなわち「重力の穴」は、厚い氷に覆われた南極大陸の下に存在している。

フロリダ大学の地球物理学者であるAlessandro M. Forte氏と、フランスのパリ地球物理学研究所(Institut de Physique du Globe de Paris)に所属するPetar Glišović氏は、学術誌『Scientific Reports』に発表した画期的な論文において、この南極地下の重力異常の起源と進化を時系列で解き明かした。彼らは、最新の地震波データと高度な流体力学モデルを駆使して、過去7000万年間にわたる地球深部マントルの流動を「逆再生」することに成功したのである。

この研究は単に地球内部の構造を明らかにしただけではない。深さ数千キロメートルという地下の営みが、いかにして南極大陸の海面を変化させ、結果として地球全体を寒冷化させた巨大氷床の誕生を後押ししたのかという、地球環境の壮大なつながりを示唆している。

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見えざる地球の真の姿:重力分布が描く惑星の素顔

我々が普段「重力は一定である」と錯覚してしまうのは、その変動幅が人間の感覚では捉えきれないほど微小だからだ。しかし、地球規模の精密な測定を行えば、重力の強さは場所によって明確に異なる。地下に密度の高い重い岩石が大量に存在すれば重力は強くなり、逆に密度の低い軽い岩石や高温のマグマだまりがあれば重力は弱くなる。

南極に存在する地球最大の「重力のくぼみ」

人工衛星を用いた精密な重力測定技術(NASAのGRACEミッションなど)により、海流や潮汐の影響を排除した純粋な地球の重力場が明らかになっている。通常、地球の自転に伴う遠心力によって赤道付近が膨らむ「楕円体」を基準とするが、地球物理学においては、この自転効果を完全に差し引いた「非静水圧ジオイド(Nonhydrostatic Geoid)」が用いられる。これは、地球内部の質量分布、つまりダイナミックなマントルの動きのみに由来する純粋な重力の凹凸を示す指標だ。

この非静水圧ジオイドにおいて、地球で最も深い重力の底(Geoid Low)は、インド洋ではなく南極大陸のRoss Sea(ロス海)周辺、Victoria LandとMarie Byrd Landの間に位置している。これが「Antarctic Geoid Low (AGL)」と呼ばれる現象である。この地域では、周囲の標準的な重力環境に比べて地球の中心に向かって引っ張る力が相対的に弱くなっている。

長年、科学者たちはこのAGLを現在の地球における「静的な状態」として扱ってきた。しかし、Forte氏とGlišović氏の研究チームは、この重力の穴が決して普遍的なものではなく、地質学的な時間スケールの中でダイナミックに変化してきた「生きている地形」であることを突き止めたのだ。

過去7000万年を巻き戻すタイムマシン:マントル対流の時系列再構築

現在の重力異常の分布をマッピングすることは可能だが、「それがいつ、どのように形成されたのか」を解き明かすことは極めて困難な挑戦である。なぜなら、地球内部のマントルは、硬い岩石でありながら地質学的な時間スケールでは粘性を持つ流体として振る舞い、数千万年という時間をかけてゆっくりと対流しているからだ。

流体の動きを過去に向かって逆算することは、ミルクを混ぜたコーヒーからミルクだけを元の形に分離するようなものであり、熱拡散による情報の上書き(平滑化)が起きるため、計算が破綻しやすい。

地震波を用いた地球規模の「CTスキャン」

この難題に挑むため、研究チームは地球規模の地震波データを用いた。地震波は、地下の密度の高い(冷たい)岩石を通る時は速く、密度の低い(熱い)岩石を通る時は遅くなる性質がある。彼らは「GyPSuM」と呼ばれる最新のトモグラフィーモデルを使用し、地震波の伝播速度の違いから地球内部の3次元的な温度と密度のマップを作成した。これはまさに、地震波をX線代わりに見立てた地球の巨大な「CTスキャン」である。

現在の地球内部の正確な3次元構造を初期条件として、研究チームはスーパーコンピュータを用いた「quasi-reversibility (QRV) method(準可逆法)」と「back-and-forth nudging (BFN) technique(前後ナッジング手法)」という高度な計算手法を適用した。これにより、物理法則を逆回しにして時間を遡りながらも、計算の誤差が発散するのを抑え込み、過去7000万年間(Cenozoic:新生代の全期間に相当)のマントル対流を安定して再構築することに成功したのだ。

真の極移動による精度の証明

どんなに精緻なコンピュータシミュレーションであっても、それが過去の現実を正確に反映しているかを検証する独立した証拠が不可欠である。この研究が極めて高い信頼性を持つのは、「True Polar Wander (TPW:真の極移動)」と呼ばれる独立した地質学的記録と計算結果が見事に一致した点にある。

地球内部で巨大な質量の移動(マントル対流)が起きると、独楽(こま)に重りをつけるとその回転軸がブレるように、地球全体の慣性モーメントが変化し、自転軸自体が地表面に対して相対的に移動する。これがTPWである。過去の岩石に記録された古地磁気のデータから、地球の自転軸は約5000万年前に急激な方向転換(Uターン構造)を経験したことが知られている。

Forte氏とGlišović氏が構築したマントル対流モデルから導き出された自転軸の変動予測は、この古地磁気データが示す5000万年前の特異な軌跡と驚くほど正確に一致した。この事実は、彼らのシミュレーションが単なる数学的な産物ではなく、地球の物理的現実を極めて高い精度で捉えていることを証明している。

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マントル深部で繰り広げられる巨大なダイナミクス

時計の針を7000万年前、すなわち恐竜が絶滅する直前の白亜紀末まで巻き戻すと、現在の南極周辺の重力異常は比較的弱く、不安定な状態であった。当時、地球上で最大の重力のくぼみは、現在の南大西洋(南緯30度〜45度付近)に位置していたのだ。

しかし、約5000万年前から3000万年前の期間にかけて、地球内部で劇的な構造変化が起きた。最大の重力のくぼみが急速にRoss Sea付近へと移動し、その振幅(くぼみの深さ)が激しく変動した後に、現在の位置で安定して強力になり始めたのだ。過去3500万年間にわたって、AGLの強度は約30%も増幅し続けている。

湧昇する熱いマントルと沈み込む冷たいプレートの攻防

この重力の穴の急激な深化を引き起こしたのは、地球内部における「上昇」と「下降」の壮大な綱引きである。

研究チームの解析によれば、もともと南極大陸の地下深部(コア・マントル境界付近)には、安定した巨大な低密度の領域が存在していた。その一方で、南極の辺縁部(かつてのゴンドワナ大陸縁辺)では、数千万年にわたって冷たく重い海洋プレートがマントル深部へと沈み込み続けていた。この冷たいスラブ(プレートの残骸)の沈み込みが、地球内部の深層流を押し動かした。

約4000万年前になると、地下深くから上昇してきた熱く浮力のあるマントル物質の巨大な塊(マントル・プルーム)が、深さ1300kmよりも浅い上部マントルへと到達し始めた。重力異常は、地下の浅い場所で起きる密度変化に強く影響される。周囲よりも圧倒的に熱く、密度が低い(=軽い)物質が地下浅くに大量に供給されたことで、その上の地表面を地球中心方向へ引っ張る重力が著しく弱まり、「重力の穴」が急激に深くなったのである。

深部地球と表層気候の予期せぬ交差点:氷床誕生の引き金か

重力の穴が深く、強くなることは、単に目に見えない物理量が変わるというだけには留まらない。重力は海水の分布を直接的に支配しているからだ。

水は重力が強い場所に向かって流れ込み、重力が弱い場所からは遠ざかる性質を持つ。つまり、南極大陸周辺で重力が弱まる(AGLが強化される)ということは、南極周辺の海水を外洋に向けて押し出す効果を生む。結果として、南極大陸沿岸の局所的な海面(Sea Level)は、世界平均と比べて相対的に低下することになる。

始新世-漸新世移行期との不気味な一致

ここで注目すべきは、AGLが急速に強化され、その位置を確固たるものにした「5000万年前〜3000万年前」というタイミングである。

地球の気候史において、約3400万年前は「始新世-漸新世移行期」と呼ばれる決定的な転換点であった。それまで地球全体が温暖な温室状態であったものが、急激に寒冷化し、現在の南極大陸を覆う巨大な氷床が初めて形成され始めた時期なのである。

これまで、南極の氷床形成は、主に大気中の二酸化炭素濃度の低下や、南米大陸と南極大陸が切り離されて「南極周極流(Antarctic Circumpolar Current)」という冷たい海流が誕生したことなど、表層の環境変化によって説明されてきた。しかし本研究は、地球深部の営みが氷床形成に極めて重要な役割を果たした可能性を新たに提示している。

海面低下がもたらした氷床成長への寄与

氷床が成長するためには、陸地に降り積もった雪が氷河となり、それが海へと流れ出た際にすぐに溶けたり崩壊したりしない安定した「接地点」が必要である。海面が高い状態では、せっかく海に張り出した氷も浮力を得てしまい、棚氷として容易に分離・融解してしまう。

しかし、マントルからの熱い湧昇流によって南極周辺の重力が低下し、相対的な海面が下がるとどうなるか。海面が低下することで、大陸棚のより遠くまで氷床が海底に「接地」できるようになる。水中に浮くのではなく、しっかりと岩盤の上に根を下ろすことで、氷床は自身を安定させ、内陸部に向けてさらに巨大に成長することが可能になるのである。

論文の著者は「マントルのダイナミクスが海面変化を引き起こし、それが氷床の成長と安定性に寄与する要素であったかもしれない」と慎重に述べている。今後の研究において、この動的な重力変化を古気候学の海面変動モデルに組み込むことで、氷床形成のメカニズムに対する理解が飛躍的に進むことが期待されている。

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地球というシステム全体を俯瞰する新たな視点

Forte氏とGlišović氏の研究は、固体地球物理学と気候変動科学という、これまで独立して扱われがちだった二つの分野を見事に架橋するものである。

私たちが空を見上げて気候変動を論じる時、その原因を太陽活動や大気成分にのみ求めがちである。しかし、私たちの足元数千キロメートルの暗闇の中で、数千万年という途方もない時間をかけて対流する熱い岩石の流れもまた、海面の高さを変え、氷床の成長を促し、地球表面の環境を根本から作り変える力を持っている。

南極の厚い氷の下に隠された「地球最大の重力の穴」は、地球が表面から核の奥深くに至るまで、すべてが密接に絡み合った一つの巨大でダイナミックなシステムであることを、私たちに雄弁に物語っているのである。


論文

参考文献