工場の生産ラインを支えるロボットや自動化機器において、モーターの故障は致命的な生産停止(ダウンタイム)を引き起こす。交換部品が遠方の流通業者からしか調達できない場合、数日から数週間にわたる遅延と莫大なコスト的損失が発生することは珍しくない。もし、現場の片隅にある機械で、必要な電気モーターそのものを数時間で「印刷」できるとしたら、世界のサプライチェーンのあり方は根本から変わるだろう。
マサチューセッツ工科大学(MIT)のMicrosystems Technology Laboratories(MTL)に所属する研究チームは、このSFのようなビジョンを現実のものとする画期的な製造プラットフォームを開発した。学術誌『Virtual and Physical Prototyping』に発表された論文によると、Jorge Cañada氏、Zoey Bigelow氏、およびLuis Fernando Velásquez-García博士らのチームは、性質の全く異なる複数の材料を同時かつ高精度に処理できる「マルチモーダル・マルチマテリアル押出3Dプリンター」を構築したのだ。
このシステムを用いることで、研究チームは完全に機能する線形電気モーター(リニアモーター)を約3時間で、わずか50セント(約75円)の材料費で出力することに成功した。出力後の後処理は、部品の一部を磁化する工程のみだという。本稿では、複雑な電子機械の「モノリシック(一体的)製造」を可能にしたこの革新的な技術の全貌と、それがもたらす製造業への衝撃について見ていきたい。
既存3Dプリントの限界を突破する「マルチモーダル」アプローチ
電気モーターや発電機、変圧器といった電気機械は、電磁エネルギーの生成や変換において中心的な役割を果たす。しかし、その製造プロセスは伝統的に複雑である。導電性のコイル、磁束を導く磁気コア、永久磁石、そしてそれらを支える構造体や機械的結合部といった個別のコンポーネントを別々に製造し、精密に組み立てる必要があるからだ。専用の設備と多大な労力を要するため、特定の製造拠点に依存せざるを得ないのが現状である。
近年、アディティブ・マニュファクチャリング(AM:積層造形、いわゆる3Dプリント)を用いてこれらの部品を製造する研究が進められてきた。しかし、従来のマルチマテリアル3Dプリンターの多くは、単一の形態(主に熱可塑性樹脂のフィラメント)の材料しか扱うことができない。フィラメントに金属や磁性体の粉末を混ぜ込んで機能性を持たせることは可能だが、材料が脆くならない限界の充填率(体積比で約55%)に留まるため、十分な電気的・磁気的性能を得ることが困難であった。高い導電性や透磁率を得るためには、ペレット(粒状の樹脂)やインクといった、フィラメントとは物理的形態(モード)が異なる材料を使用する必要がある。
MITの研究チームは、この限界を打ち破るべく、既存の3Dプリンター(E3D Motion System and ToolChanger)をベースに、約4,000ドル未満の安価な市販部品とカスタムパーツを用いて、新たなマルチモーダル・マルチマテリアル押出システムを構築した。このシステムには、以下の4つの全く異なるツール(押出ヘッド)が搭載されており、ロボットアームがこれらを印刷中に自動で切り替えることができる。
- フィラメント押出機: 標準的なポリマーフィラメントを溶かして押し出す。
- ペレット押出機: 高濃度の機能性粒子を含有するペレット状の材料をスクリューで押し出す。
- インク押出機(シリンジポンプ): 粘度の高い機能性インクを圧力によって精密に吐出するカスタムメイドの機構。
- ヒーター: ノズルを持たず、吐出されたインクの軌跡をなぞるように高温で加熱し、印刷ベッド上でインクを乾燥・硬化させるツール。
形態の異なる材料は、それぞれ最適な吐出速度や引き戻し(リトラクション)の挙動が異なる。チームは各ツールが材料を垂らすことなくスムーズに切り替わるよう、独自の制御フレームワークと調整用の印刷パターン(ダミー構造の配置など)を開発し、ミクロン単位での積層ズレを防ぐ高度なオーケストレーションを実現した。
5つの異素材が織りなす機能美:モーターを構成する材料群

この4つのツールを駆使し、研究チームは電気モーターに必要なすべての要素を単一のプロセスで造形するために、5種類の特殊な材料を厳選して採用した。これらの材料が複雑に組み合わさることで、単なるプラスチックの塊ではなく、動的な機械が誕生する。
第一の材料は「誘電体(絶縁体・構造材)」である。基盤となる構造サポートや電気的な絶縁層として、環境負荷が低く印刷が容易なPLA(ポリ乳酸)フィラメントが用いられた。フィラメント押出機によって、モーターの外枠やコイル間の絶縁層が正確に構築される。
第二の材料は、モーターの心臓部であるコイルを形成する「導電体」である。チームは、従来の銅ドープPLAフィラメントよりも抵抗率が約3桁も低い「銀ナノインク(PriElex AG-1074)」を採用した。インク押出機によって線幅約1 mmの微細なジグザグ経路を描くように塗布される。インクが吐出された直後、ヒーターツールが300℃に設定された熱を1.5 mmの距離から照射し、周囲のPLA構造を溶かすことなくインク部分だけを約80℃で硬化させるという極めて繊細な乾燥プロセスが組み込まれている。
第三の材料は、磁場の強さを増幅させる「軟磁性体(磁気コア)」である。銀インクのコイルの中心に配置されるこのコアには、FeSiAl(鉄・ケイ素・アルミニウム合金)粉末を体積比50%でドープしたナイロン12のペレットが使用された。ペレット押出機を用いることで、フィラメントでは不可能な高濃度の磁性体充填を実現し、高い透磁率を確保している。
第四の材料は、動力を生み出す起点となる「硬磁性体(永久磁石)」である。ストロンチウムフェライトを体積比69%という超高濃度で配合したナイロンペレットが用いられ、これもペレット押出機で造形される。造形後に強力な外部磁場をかけることで、この部品は強力な永久磁石へと変化する。
第五の材料は、機械的な動きを支える「柔軟素材(フレキシブル素材)」である。硬い部品だけでなく、モーターの可動部を滑らかに動かすための弾性要素として、TPU(熱可塑性ポリウレタン)ベースのFiberFlex 40Dフィラメントが使用された。この素材はモーターの「2軸曲げスプリング」として機能するだけでなく、ナイロン素材のベッドへの定着性を高めるためのラフト(下敷き)としても極めて有効に機能した。
わずか3時間で出力されるリニアモーターの性能と製造の工夫
これらの技術を結集して出力されたのは、直線的な往復運動を生み出す「線形電気モーター(リニアアクチュエータ)」である。ロボット工学のピックアンドプレース機構や、光学システムの調整、ベルトコンベアの駆動などに広く用いられる形態である。
モーターの構造は、銀インクと軟磁性コアからなる「ソレノイド(電磁石)」の上に、TPUで作られた柔軟な「2軸曲げスプリング」が被さり、そのスプリングの中央に「3Dプリントされた永久磁石」が配置されるというものである。ソレノイドに電圧をかけると磁場が発生し、上部にある永久磁石を吸引または反発させる。この磁気力によってスプリングがたわみ、磁石が上下に直線運動をする仕組みだ。
この複雑な構造体は、事前の組み立て工程を一切必要とせず、約3時間でプリンターのベッド上に完全な形で出力される。印刷後に唯一必要な工程は、完成した硬磁性体部品を振動試料型磁力計(VSM)などの外部磁場(1.5 T)に短時間さらし、磁石として着磁させることだけである。
その性能は驚くべきものであった。銀インクベースのソレノイドは、高電流を流すことができるため、従来の銅ドープフィラメントを用いた研究報告と比較して約4倍にあたる2.03 mT(ミリテスラ)の磁場を生成した。永久磁石部分も最大71 mTの残留磁束密度を記録している。これらを組み合わせたリニアモーターに共振周波数(41.6 Hz)の交流電圧を印加したところ、最大318 μm(マイクロメートル)の変位を達成した。研究チームの性能テストによれば、複雑な油圧アンプリファイアに依存する一般的な同種のリニアエンジンと比較しても、数倍の駆動力を発生させることが確認されている。
印刷の過程では、エンジニアリング上の泥臭い問題解決も多々行われている。例えば、ナイロンベースのペレット材料は通常の印刷ベッドには定着しにくいという特性を持つ。そこでチームは、極めて接着性の高いTPU素材(柔軟素材)を薄いプレート状に印刷し、その上に磁石を出力するという手法を採用した。こうした材料同士の相性(界面密着性)のコントロールも、モノリシック製造においては性能を左右する決定的な要因となっている。
サプライチェーンの民主化とオンデマンド製造の未来
この電気モーターの成功は、単なる「面白いプロトタイプ」に留まらない。部品レベルではなく、機能する機械そのものをデータから物理空間に直接召喚できるという、製造業におけるパラダイムシフトの証明である。
Velásquez-García博士は次のように述べている。「これは素晴らしい偉業ですが、始まりに過ぎません。グローバルなサプライチェーンに依存するのではなく、ハードウェアを現場で一段階で作ることで、ものづくりのあり方を根本的に変える機会が我々にはあります。今回のデモンストレーションで、それが可能であることを示しました」。
工場で機械が故障した際、データさえダウンロードすれば、その日のうちに交換用のモーターを自前で製造し、ラインを復旧させることができる。あるいは、宇宙ステーションや災害現場、極地観測所といった補給が困難な「オフグリッド」の環境において、必要な動力源をその場で即座に作り出すことも可能になる。
研究チームは既に次の目標を見据えている。現在唯一の後処理となっている「着磁プロセス」を、印刷中に電磁石付きのノズルを用いて同時に行う技術の統合である。また、今回は直線的な動きをするリニアモーターであったが、電気自動車などで使われる完全な「回転式電気モーター」の3Dプリントも視野に入れている。さらには、プラットフォーム上のツールの数を増やすか、可溶性のサポート材(水で溶ける材料)を活用することで、オーバーハング(宙に浮いた構造)を持つより複雑な電子機器や、センサーなどを内蔵したロボットのモノリシック製造の実現を目指している。
我々は今、「データを送れば、遠隔地でハードウェアがそのままの姿で出力される」という、物理的制約から解放された製造の未来の入り口に立っている。MITが開発したマルチマテリアル3Dプリンターは、その扉をこじ開ける強力なマスターキーとなるだろう。
論文
- Virtual and Physical Prototyping: Fully 3D-Printed electric motor manufactured via multi-modal, multi-material extrusion
参考文献