米カリフォルニア南部地区連邦地裁の陪審は2026年9月25日、AppleのTaptic EngineがTaction Technologyの特許3件の請求項を侵害したと認定し、損害額を57億2,196万1,750ドルとする評決を出した。対象となったのは、iPhoneやApple Watchでhaptics(ハプティクス、触覚フィードバック)を生み出す部品をめぐる特許紛争だ。

ただし、この57億ドル超という金額が、そのままAppleの支払額として確定したわけではない。6ページの陪審評決書で何が認定され、今後の手続きに何が残されているのかを分けて見ると、この巨額の評決が持つ意味が分かる。

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陪審が認定した4項目、57億ドル超の内訳は示されず

陪審評決書では、侵害、故意性、特許の無効性、損害額がそれぞれ別の設問として示されている。

陪審は、米国特許10,659,885号の請求項17と19、10,820,117号の請求項16について、Appleによる侵害をすべて認定した。一方で、両特許について故意侵害だったとは認めなかった。

さらに、Appleが3つの請求項について特許が無効であることを「明確かつ説得力のある証拠」で立証したかという問いには、すべて「No」と回答した。

評決の争点 陪審の回答 意味
3つの特許請求項を侵害したか 3件すべて認定 Appleによる侵害を認めた
故意侵害だったか 両特許とも否定 侵害は認めたが、故意だったとは判断しなかった
Appleが特許の無効を立証したか 3件すべて否定 今回の審理ではAppleの無効主張が認められなかった
Taction Technologyへの損害額 57億2,196万1,750ドル 製品・特許・期間ごとの内訳を示さない総額

つまり陪審は、3つの請求項について侵害を認め、故意侵害は否定し、Appleによる特許無効の主張も認めず、損害額として57億2,196万1,750ドルを示した。

ただし、評決書には製品別、特許別、期間別の内訳は記載されていない。

評決書に並ぶ「Yes」と「No」も、単純にどちらの当事者が勝ったかを示しているわけではない。侵害についての「Yes」はTaction Technology側に有利だが、「Appleが特許の無効を立証したか」という問いへの「No」もTaction Technology側に有利になる。一方、故意侵害についての「No」はApple側に有利だ。

そのため、評決を単純な勝敗だけで捉えると、それぞれの判断が持つ意味を取り違える可能性がある。

57億ドル超という損害額についても同様だ。評決書には陪審が認めた総額が記されているだけで、どの製品のどの販売期間がどれだけの損害を生んだのか、二つの特許にどう配分されたのかは明らかにされていない。

公開されている評決書だけから、製品1台当たりのロイヤルティ額や対象台数を逆算することはできない。

問題は「振動するか」ではなく、磁性流体と減衰の仕組み

争われた二つの特許は、スマートフォンの振動機能そのものを広く対象にしたものではない。

共通する明細書では、人が触れて感じられる低周波振動を生み出すtactile transducer(触覚トランスデューサ、電気信号を触覚振動に変える装置)について説明している。今回争われた3つの請求項では、その装置を構成する部品や動作条件が細かく定められている。

10,659,885号の請求項17には、筐体、コイル、複数の磁石、動く慣性質量、板ばね、磁性流体などが含まれる。磁性流体は、40〜200Hzの範囲にある機械的な共振を抑える役割を持つ。請求項19ではさらに、ほぼ平坦な側面を持つ細長い楕円形のコイルという条件が追加されている。

10,820,117号の請求項16も、磁性流体によって共振を減衰させる平面運動型の装置を対象とする。ただしこちらでは、ほぼ平坦な長方形の板ばね、その内側へ突き出す部分、筐体の厚さ・幅・長さの比率、磁石を収めるポケットなど、より具体的な形状も規定されている。

したがって、争点は「Taptic Engineが振動するかどうか」ではない。

Appleの装置が、磁性流体や板ばねを含む各請求項の構成要件を満たし、通常の使用周波数帯で共振を抑えた出力を生み出しているかどうかが問われた。

陪審は「証拠の優越(preponderance of the evidence)」という民事訴訟の立証基準に照らして、Taction Technology側が侵害を立証したと判断した。

これに対し、Appleは異なる見解を示している。

同社は評決前の申立てで、Taptic Engineは共振を利用する、減衰されていない線形共振アクチュエータであり、Taction Technologyの特許請求項には当てはまらないと主張した。

AppleInsiderに寄せた声明でも、Taptic EngineはTaction Technologyの技術とは根本的に異なり、同社の技術を利用していないとして、上訴する方針を示している。

これはApple側の主張であり、今回の陪審が認定した内容とは異なる。

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2023年のApple勝訴を覆した控訴審は、侵害そのものを認定したわけではない

この訴訟では、Appleが一度は地裁で勝訴している。

2023年8月、地裁はTaction Technology側の専門家による侵害についての意見を証拠から除外したうえで、Appleが特許を侵害していないとする略式判決を出した。

さらに、「高く減衰された出力」という請求項の文言について、機械的な手段による減衰を必要とし、Q値が1.5未満でなければならないと解釈していた。

しかし、米連邦巡回控訴裁判所の2025年8月13日判決は、この二つの判断を覆した。

控訴裁判所は、地方特許規則に書かれていない「どのように侵害するか」という追加要件を求め、それを理由に専門家の意見を排除したことは裁量権の濫用に当たると判断した。また、請求項を「機械的な減衰」と「Q値1.5未満」に限定して解釈する根拠もないとした。

ただし、控訴裁判所自身がAppleによる特許侵害を認定したわけではない。

Taction Technology側は、閉ループ制御と磁性流体を組み合わせることで、通常使用する周波数帯でおおむね平坦な出力を得ているという侵害理論を示していた。

控訴裁判所が問題視したのは、その理論と専門家証言を審理の対象から外した地裁の手続きだった。そこで事件を地裁へ差し戻し、侵害の有無を改めて審理できるようにした。

一方で、減衰されていない線形共振アクチュエータは請求項の対象外になるという線引き自体は残された。

つまり、2023年から2026年にかけて結果が変わったのは、控訴裁判所が事実認定をAppleに不利な方向へ変更したからではない。

陪審にどの証拠を示せるのか、そして特許請求項をどこまで限定して解釈するのかが変わったことで、侵害の有無を陪審が改めて判断できるようになった。その審理で今回、陪審がTaction Technology側の主張を認めた。

57億ドル超は確定額ではない、次は損害額の根拠が争点に

57億2,196万1,750ドルは、今回の陪審が評決書に記入した損害額であり、Appleが最終的に支払う金額として確定したものではない。

Appleは2026年9月23日、陪審が評決を出す前に連邦民事訴訟規則50条(a)に基づく申立てを提出している。

Appleは、Taction Technologyが提示した証拠では、合理的な陪審が侵害や損害を認定するには不十分だとして、陪審の判断を待たず裁判所が法律問題として判決を出すJMOL(Judgment as a Matter of Law)を求めていた。

損害額についてAppleが問題視したのは、57億ドルという規模だけではない。

Taction Technologyが比較材料として使ったCorsairとのライセンス契約について、実際のロイヤルティ率や対象製品数が陪審に示されていないと主張した。

さらに、特許技術そのものの価値と、iPhoneやApple Watchという製品全体の価値を適切に切り分けて損害額を算定していないとも主張している。

このほか、Apple Watchを対象とした試験結果を他の製品にも当てはめられるのか、一つの磁石しか使わない製品に均等論を適用できるだけの証拠があるのかについても異議を唱えた。

いずれも現時点ではApple側の主張であり、裁判所が認めた結論ではない。

連邦民事訴訟規則50条では、陪審が判断を下すために法的に十分な証拠がない場合、裁判所が法律問題として判断できる手続きを定めている。

評決前に提出された申立ては、評決後に改めてJMOLを求める際の前提にもなる。

地裁は今後、陪審による事実認定を尊重しつつも、その結論を支える証拠が法的な基準を満たしているかを審査できる。その後には、Appleが表明している上訴も控えている。

57億ドル超という評決額が最終的にどこまで維持されるのかを判断するには、今後の裁判所の判断を見る必要がある。

地裁が評決後の申立てをどう扱うのか。最終判決で損害額の根拠がどのように説明されるのか。製品や販売期間、特許技術そのものの価値について、どのような配分が認められるのか。

こうした手続きが進んで初めて、57億ドル超という陪審評決が、Appleが実際に負担する金額にどこまで近いのかが明らかになる。