Appleは米国時間2026年9月9日、Apple Watch Series 12とApple Watch Ultra 4を発表した。最大の変更は、新しい光学式・電気式心拍センサーとS11チップを組み合わせたヘルスセンシングシステム(健康計測システム)である。日常時の心拍を5秒ごと、心拍変動(HRV)を最短5分ごとに測り、朝の状態だけを切り取らず、日中の変化も準備度へ反映する。Appleは「ウェアラブルで最も正確な心拍計測」とうたうが、その根拠はどこまで広く、どこに例外が残るのか。同社が同時公開した9ページの試験報告を読むと、新機能の強みと限界が見えてくる。
5秒間隔の心拍が準備度を動かす

Series 12とUltra 4は、大型化して消費電力を抑えた緑色LEDを光学式センサーに採用し、日常時の心拍を5秒間隔で測る。Series 12の製品ページでは、Series 11の60倍の頻度だと説明されている。心拍変動も最短5分間隔となり、前世代の24倍に増えた。Appleが「連続」と表現する計測は、心電図の波形を常時記録することではなく、ユーザーに示す心拍値を5秒ごとに更新する仕組みである。
測定回数を増やした先にあるのが、0から10で当日の余力を示す準備度だ。直近の活動とトレーニング負荷に、バイタルと睡眠スコアを加えて判定し、「休養」「無理せずに」「準備完了」「絶好調」という4段階の提案を返す。強い運動をしたり、日中のバイタルが変わったりすると点数も更新される。朝に出た点数を固定せず、日中の運動やバイタルの変化をその日の判断へ反映する設計である。

ただし、心拍変動の単発値だけで健康状態を診断する機能ではない。Apple自身も、回復向けの心拍変動は個人の基準値と比べ、長期傾向を見る心拍変動とは分けて扱う。準備度の算出式や各入力の重み、疾病やけがを予測する性能は公表していない。測定頻度が上がったことと、医療上の判断精度が上がったことは別の話である。
S11は何を担うのか、S10との公表仕様比較で見える境界
Series 12とUltra 4は同じS11チップを搭載する。Appleの仕様表で確認できる構成は、64ビットデュアルコアプロセッサ、4コアNeural Engine、64GBのストレージである。ところが、Series 11のS10も公表上は64ビットデュアルコア、4コアNeural Engine、64GBだった。AppleはS11を「Appleの最もパワフルなウェアラブルチップ」と位置づける一方、S10比のCPU・GPU・Neural Engine性能、動作周波数、製造プロセス、消費電力の差を数値では示していない。コア数が同じだから性能も同じとは言えないが、型番が変わったことだけで高速化の幅を語ることもできない。
健康計測では、AppleはS11がヘルスセンシングシステムにパワーを与え、高頻度の心拍数と心拍変動を準備度や日中バイタルへつなぐと説明する。ただし、5秒間隔の測定は、大型で電力効率を高めた緑色LEDを備える新しい光学式センサーとの協調動作である。心拍精度試験も、S11だけをS10と入れ替えた比較ではなく、完成したSeries 12を評価している。従って、S11が高頻度データの処理基盤であることは確認できても、精度向上の何割をチップが生んだかは分からない。
S11の役割がより具体的に示されているのが歩数計測だ。Appleは歩数計モデルを新しい機械学習アルゴリズムで再設計し、S11によって一日を通した歩数記録と、文字盤でリアルタイムに確認できる歩数コンプリケーションを実現したとしている。ただし、「スマートウォッチの中で最も正確な歩数」という主張については、心拍計測で公開した9ページの報告書に相当する比較条件や統計手順が示されていない。ここでも、機械学習モデルの刷新とS11の寄与を一つの性能値として切り分けることはできない。
もう一つの新機軸は、健康計測とは別系統の音声処理である。年内に登場予定のオーディオインテリジェンスとして、日本向け仕様はShazamとサウンド認識を挙げる。S11内のSecure Exclaveは、生の音声をOSやアプリから隔離した区画で処理し、その後すぐ削除するという。この隔離機構についてAppleが説明している対象は音声であり、健康センサーのデータ全般に広げることはできない。
また、Siri AIを含む高度な処理がすべて時計内で完結するわけでもない。Appleの英語資料は、内蔵マイクとS11に加えて、iPhone上のApple IntelligenceモデルとPrivate Cloud Computeを組み合わせると明記している。S11は健康センサーの信号処理や歩数推定を担い、音声ではSecure Exclaveによる隔離処理を受け持つ。その上で、より大きなApple Intelligence処理を必要に応じてiPhoneやPrivate Cloud Computeと分担する中核と見るのが妥当だ。
「最も正確」を支える159比較と、残る18件の判定不能

Appleが根拠にした心拍精度試験は、2026年7月から8月に米国とマレーシアの5拠点で行われた。Apple Watch Series 12に加え、Garmin Forerunner 970、Google Pixel Watch 4、Huawei Watch 5、Samsung Galaxy Watch 8、WHOOP 5を手首に装着し、Oura Ring 5は指に着けた。参照機器には、心拍計測の評価で広く使われるPolar H10胸部ストラップを採用した。
参加者は屋外ランと屋内インターバル走に加え、屋外サイクリングを行った。HIITと筋力トレーニングも含み、各運動は15〜20分である。さらに、安静とデスクワークのほか、食事の準備から歩行までを各約20分こなす日常生活プロトコルも用意した。Apple Watchを利き手に着ける割合は約50%になるよう無作為化し、運動種と競合機器の組み合わせごとに最低50人を集める計画を事前に定めている。登録した1,460人のうち、1,254人が少なくとも1件のペア比較に寄与した。
誤差は、外れの大きな値に敏感な二乗平均平方根誤差(RMSE)、平均絶対誤差(MAE)、セッション平均心拍の3系統で評価した。Appleの心拍精度試験にある159件の活動別・指標別比較は、Apple Watchが99%信頼水準で優位139件、判定不能18件、競合が優位2件に分かれた。
データを表で見る
| 99%信頼水準での判定 (件) | |
|---|---|
| Apple Watchが優位 | 139 |
| 判定不能 | 18 |
| 競合が優位 | 2 |
2件の競合優位は、安静時のRMSEとMAEでPixel Watch 4の誤差がApple Watchより小さかった結果で、差は0.5bpm未満だった。統計的な有意性を問わず点推定だけを比べれば、159件中155件でApple Watchの誤差が小さい。したがって、Appleの主張は対象機器を横断した全体評価では強く支えられているが、「あらゆる活動で常に最良」とまでは言えない。
試験条件にも注意が要る。機器ごとにユーザーへ示す心拍データの取得方法と報告間隔が異なり、Apple Watchについては社内の記録アプリで表示と同じ5秒ごとの単一値を取り出した。日常時にHealthKitへ書き込まれる間隔は、メモリ管理のため30秒である。Samsung Galaxy Watch 8の日常データには個々の時刻がなく、区間平均として扱った。各社製品が実際にユーザーへ見せる体験を胸部ストラップと比べる設計ではあるものの、全機器から同じ経路の生データを取り出したセンサー単体試験ではない。
運営主体も明示しておきたい。AppleはCupertinoの2拠点とAustinを運営し、第三者の医薬品開発業務受託機関がSan DiegoとマレーシアのSelangorを担当した。解析対象者の59%は第三者運営拠点で登録された一方、試験そのものはApple主導であり、独立機関が同じ条件で再現した結果ではない。皮膚色、性別、年齢、BMIに幅を持たせた点は評価できるが、発売後の独立検証を置き換えるものでもない。
同じ健康計測系でも、Series 12とUltra 4の価値は電池で分かれる
Series 12とUltra 4は、ヘルスセンシングシステム、S11チップ、5秒間隔の心拍、最短5分間隔の心拍変動、準備度を共有する。健康計測の中核だけを理由にUltra 4を選ぶ必要はない。両者の差が大きく出るのは、長時間の運動を支える電池と、GPS、耐久性、水中利用といったアウトドア仕様である。
| モデル | 通常利用 | 屋外ワークアウト | 15分の急速充電 |
|---|---|---|---|
| Series 12 | 最大24時間 | 最大10時間 | 最大12時間分 |
| Series 11 | 最大24時間 | 最大8時間相当(10時間÷1.25) | 最大8時間分 |
| Ultra 4 | 最大50時間 | 拡張モードで最大25時間 | 最大18時間分 |
| Ultra 3 | 最大42時間 | 低電力モード、GPS・心拍を維持して最大20時間 | 最大12時間分 |
Series 12の通常利用24時間はSeries 11から据え置きだが、屋外ワークアウトは25%延び、15分充電で得られる利用時間は50%増えた。表のSeries 11の屋外ワークアウト8時間は、Appleが示した「10時間、前世代比25%増」から10÷1.25で算出した相当値である。Ultra 4は通常利用が42時間から50時間、低電力モードが72時間から84時間へ伸びた。GPSと心拍を維持する拡張ワークアウトは最大25時間で、さらにGPSを毎秒取得する最大拡張ワークアウトでは、ランニング、ウォーキング、ハイキングを最大45時間記録できる。
この差は、1日を通じて準備度を見る用途と、数十時間の競技を途切れず記録する用途を分ける。Series 12は大小2種類のケースを用意し、Ultra 4は大型のチタンケースに二周波GPS、高い耐水性、レクリエーショナルダイビング対応を備える。心拍の測定頻度が同じなら、Ultra 4の追加費用は健康スコアの高さではなく、電池と環境耐性に払うことになる。
新センサー、watchOS 27、後日提供のHealthアプリを分ける
両モデルは日本を含む50を超える国・地域で予約を受け付け、9月18日に店頭販売を始める。米国価格はSeries 12が399ドルから、Ultra 4が799ドルからである。一方、watchOS 27は9月14日にSeries 9以降、Apple Watch SE 3、Ultra 2以降へ提供される。OSの更新対象が広いからといって、新センサーを前提にする5秒間隔の計測や準備度まで旧機種へ届くとは限らない。
Apple Intelligenceを組み込んだ新しいHealthアプリも、時計と同時に完成するわけではない。提供は2026年後半に始まり、当初は米国英語に限られる。長期データを年齢と比べるHealth Ageや、心臓、睡眠、運動、バイタルなどを横断するInsightsは、対応するiPhoneまたはiPadと最新OSが必要で、機能によって地域、言語、年齢の条件も異なる。新しい時計を買った時点で、発表された健康体験がすべて日本語でそろうわけではない。
発売後の評価では、5秒ごとの表示が運動以外でも欠測をどこまで減らすか、肌の色や装着状態、低温、発汗、筋力トレーニングで精度が維持されるかを、同じ胸部ストラップと共通手順で確かめる必要がある。準備度については、点数が利用者の主観的な疲労や翌日の運動能力とどう対応するかも別に検証しなければならない。Series 12とUltra 4の本当の前進は、測定回数の多さではなく、その密なデータが日々の判断をどれだけ外さないかで決まる。
